4-12 不器用ゆえに


「纏場、今朝職員室でなにを話していたの」


「……なにもしてないよ? ただの定例報告だ、うんうん!」


「副会長が放送で職員室に呼び出すなんて、よっぽどだと思うけど」


「いや~! その時はたまったま副会長しか空いてる人がいなかったみたいでさっ!」


「……その話し方、なんとかならない?気色悪いわ」


「いやっはっは、そうはいっても僕は元々こんな感じの喋り方だし? それも含めて僕を受け入れて欲しいなぁ?」


「そして話し方がおかしくなっているのは、今朝職員室から出て来てからね」


「……はは」


 放課後に恒例で行われるようになった各クラスの進捗報告。

 そして報告が終わった後に、コーヒーを一杯口にして帰るのも恒例となっていた。


 ……ただ今日ばかりは少しノリ気じゃなくて断ったのだが、エーコは有無を言わさずコーヒーを勧めてきたため、帰るに帰れなくなってしまったのである。


「で、なにを話したの」


「や、こればっかりはちょっと……」


「私には話せないことなの?」


「はは、まぁ誰にでも触れられたくない部分というものもありまして……」


「そう、私に隠し事をしようっていうのね」


「別に隠し事ってわけでもないけど」


 エーコは不機嫌だった。


 そりゃ僕だって相手の機嫌を損ねてしまったのなら、その理由を取り除いてあげたい。険悪な雰囲気、モヤモヤを抱えたままなんて真っ平御免だ。


 ましてやエーコは生徒会で出来た友人だ。

 その関係は大事にしたいし、この生徒会室という格式ばった場所で気兼ねなく話せる貴重な存在。


 でも、ちゃらんぽらんな僕にだって話したくない、いや話せないことだってあるのは事実なんだ。それくらいのことは尊重して欲しい。


「……生徒会長」


「……?」


 おもむろにエーコは学校の代表者を示す単語を口にする。

 そして僕の顔をまじまじと見つめる。


「優佳、がどうかした?」


「……」


 エーコは探りを入れるように、僕の顔を眺める。


「……旧体育館倉庫」


「……だから、なに?」


 なにを意図してか、エーコは僕の顔色を窺いながら焼けてしまった倉庫を口にする。


「副会長」


「……ムカつくメガネだ」


「B・Eクラスの進捗」


「ああああ、燃えたベニヤどうしよおお……」


「生徒会予算」


「……!? 予算が、どうかしたっ!?」


 僕はその単語で過剰防衛に入ってしまう。

 エーコは僕を見据えていた目を見開き「……そう」と言い、何事か思案し始める。


 ……やられた。


 エーコはただ単に僕に揺さ振りをかけてきただけだった。

 そして間抜けな僕は、それをバカ正直にアタリだと大声で、肯定してしまう。


「生徒会予算が、どうかした?」


「どうもしないよ? だから別に話すこともなにもない」


 エーコは面倒くさそうな顔で舌打ちし、コーヒーの残りを豪快に煽る。

 ただ、ごめん……これは本当に話すことが出来ない。


 そのままカップをテーブルに軽く打ち、視線を落とす。


「あくまで、私には話してくれないのね」


「それは、ごめん」


 僕は沸き上がってくる気持ちをそのまま言葉にする。

 そして早々にこの話題が過ぎ去ってしまうことを祈った。


「はぁ……」


 これ見よがしにため息をつくエーコ。


「そんなわざとらしくガッカリしなくてもいいじゃないか」と言いたいところだが、この話題を終わらせたいのでそれ以上のことを口にしない。


「……入学式のことだったわ」


「ん?」


「指定された自分の教室に行き、同じだった小学校から来た知り合いもいなくて不安だった」


「ん、ちょっと待って。なんの話?」


「いいから黙って聞きなさい」


 エーコは視線を明後日の方向に外し、急に自分の過去について語り出した。



「入学式が始まるから体育館への一斉移動が始まった。一斉に、って言ってもまだ割り当てられたばかりの初めてのクラス。みんな自由に動き回るし、浮かれてたから列なんてあってないものだったわ。私は背も低いから人混みに埋もれて、ほとんど身動きが取れなかった。そして列から弾き飛ばされて転び、膝を擦りむいてしまった」


 想像に難しくなかった。

 周りの生徒達に整列を呼びかけるも、自分もおしくら饅頭になっていっぱいいっぱいになってるエーコの姿。


「小学生の時はよく長ズボンを履いてたわ。けど中学に上がって制服に変わったから指定のスカートになった。その時に膝を擦りむいて出血したから当然思ったわ、スカートなんてこの世から無くなればいいって」


 懐かしさの欠片も匂わせず、淡々と自分の過去を語るエーコ。


「……で、その時に駆け寄って保健室まで連れて行ってくれたのが、副会長だった。

私に肩を貸してくれて『小学校とは違うんだ! 列くらいきちんとしろ!』って怒鳴り飛ばしてくれて、私のために怒ってくれた、って勝手に嬉しくなったわ」


 エーコはカップに突っ込んだスプーンを、くるくると回している。


「保健室に連れてきてもらって少し照れ臭かった私は『だから私はスカートなんて履きたくなかった』なんて言っちゃったのね。……いま思うと、キザったらしくてないのだけど、副会長は『似合うのに勿体ない』なんて言うの。そ、それに……まだ、子供だった私は、その、コロッ……と」


 その時の気恥ずかしさが爆発したのか、「あ~っ!」と声を出して顔を伏せってしまった。

 そしてバッと顔を上げた時、照れに染まっていた赤い顔は、そのままじわ~っと怒りの赤に変わる。


 なぜって……その時の僕の顔は、ものすごくニヤニヤしていたのを自覚していた。

 だからそれを見たエーコは気恥ずかしさが限界に達し、目の前のコーヒーカップを振り被り……


「って、うわ、ごめん! それだけは勘弁して!」


 フーッ! フーッ! と息をするエーコをなだめ、なんとかカップをソーサーの上に落ち着かせる。


「……ま、でも副会長は生徒会に入ってきた私のことなんか、さっぱりと忘れていたけど」


 カップを置くと同時、一息深呼吸を入れて自分を落ち着かせる。


「それに生徒会として一緒に仕事をしていて、かなり控えめに言ってドライな人だって言うのが分かったし。言葉の節々が冷たくて魔法にかかった私でも、その言葉を浴びている内に気持ちも冷えていったわ。……そんな話、おしまい」


 そして唐突に終わる。

 質問の余地なく、綺麗さっぱり。


 ……エーコにそんな乙女なエピソードがあったなんて、驚いた。

 正直、エーコはそんな色恋話とは縁遠いと思っていたから。


 エーコは顔を赤くし、未だちょっと俯いている。新鮮だ。

 けど嬉しかった。自分からそんな話をしてくれて……


 …………あ。


「さっ、纏場」


 エーコはヤケクソになったのか、顔から恥ずかしいという感情を振り払って乱暴に向きなおる。なんで急にこんな話をされたか、わかってしまった。


「私はね、あなたになら話してもいいって思ったの」


 これは少し押しつけがましい、友達同士の秘密の共有だった。


「私じゃ頼りにならないかもしれないけどね」


 エーコはそう言うけれど、全然そんなことない。


 話したら楽になっちゃうよ? ――そんなメッセ―ジが見え隠れする、煮え切らない態度をする友人への荒療治。

 困ったことがあったら助け合うという、心がアツくなってしまう魅力的な提案。


「なにかの助けになれるかもしれないから、話しなさいよ」


 先日まで笑顔なんて見たことが無かったのに、いまは僕のために作り笑いなんかしてくれている。だけどその全ては、いまの僕にとっては酷でしかなかった。


「……本当に、ごめん」


 ――その期待には、応えられない。


「なぜ?」


 エーコの顔から笑みが消える。

 普通の悩みだったら、打ち明けたい、意見を仰ぎたい。


「これは、これだけは本当に話せない。エーコがそう言ってくれたことは嬉しい、でも――」


「……纏場にとって、私ってその程度なんだ」


 落胆に満ち満ちた声。


「そういうのじゃ、なくて……」


「私は、纏場にだったらなんでも相談出来る。だって私、あなたと、友達になれたと思ってたから」


「それは僕だってそうだ、エーコとは友達のつもりだ」


「でも纏場はなにも言ってくれないじゃない!!」


 ――生徒会室に響く、怒鳴り声。

 普段落ち着いているエーコが、初めて見せた剥き出しの感情。


「人になにか相談したり弱みを見せるのは恥ずかしい。でも私は纏場になら話せる、自分を見せてもいいって思える!」


「僕が言えないのは、恥ずかしいからじゃない!ちゃんと理由が――」


「ウソ! この意気地なし!」


 僕はなにも言えず唇を噛む。エーコは怒りに涙さえ湛えていた。


 そして机の脇に掛けてあるバッグを乱暴にひったくって席を立つ。

 でも僕は、それを見ていることしか出来ない。


「私にこれだけ言われても、なにも言い返さないのね」


 僕はとっさに言い返そうとし――やめた。

 結局、僕はエーコに、抱えている物を打ち明けられないのだから。


「ごめん」


「……なにそれ、謝ることしかできないの?本当にハッキリしない男」


 エーコは踵を返し、出口に向かって行く。

 呼び止めたいけれど頭に浮かぶ言葉は「ハッキリしない」物しか用意できないから、それは叶わない。


 姿が見えなくなる前、僅かに立ち止まったが、結局そのままなにも言わずに出て行ってしまった。


「……」


 教室にただ一人残された僕。


 定例で行われる静かなお茶会、その静かな雰囲気が僕は好きだった。

 空の明かりが次第に民家の明かりにシフトしていく。帰宅の途に就く、車の風を切る音。


 そんな中で開かれるエーコとのお茶会。

 たまに会話が無くなってコーヒーの啜る音だけになるのも好きだった。


 口を開かなくったって、無理に喋らなくてもいいんだって安心感。

 そんな気の置けない関係が、生徒会の激務の中でどれほど癒しになったか分からない。


 だけどそれも壊れてしまった。



 僕は堅い椅子にどっかり腰を落とし、手を頭の後ろに組んで大きくため息をつく。


「はぁ、ふざけんなよ。好き勝手言ってくれちゃって……」


 しょうがないじゃないか。


「エーコが勝手にベラベラ喋り出したくせに、よく言うよ」


 僕だって悪くないんだから。


「話せるなら、話したいよ……」


 むしろ被害者は僕の方なんだから、励まして欲しいくらいだ。


「いったいどこに行ったっていうんだ……」


 本日、職員室内にある金庫が開けっ放しで見つかった。

 中に入っていたのは全クラス分の文化祭買い出し用の予算。


 鍵の場所を把握しているのは生徒会顧問の先生と僕だけ。

 纏場諭史は職員室内で横領の罪に問われており、現在仮釈放中の身であった。

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