4-10 生徒会室でのお茶会
「ってなわけで諭史、今度紹介されて欲しいんだわ」
「さっきも言ったけど絶対無理」
程よい眠気に包まれる正午過ぎ。
五限の予鈴前になる昼休憩中、僕は一岳の今月何度目か分からない依頼を却下する。
「べっつにいいじゃんよ? お前にその気がないんだったら断わってくれて、それで終わりじゃん?」
「馬鹿、お前の周りの人間だろ? そんな断わられてハイそうですか、で終わるようなタイプじゃないに決まってる」
「ははっ、タイプってなんだそりゃ! お前の希望に沿う女なら会ってくれたりすんの?どーいう系ならいいんだ? 金髪JSとか?」
「……っ、生徒会長をからかうのはやめろよな」
「オレっちはひとっことも会長の話はしてないっつ~の。もしかしなくてもお前、オレの身内には手を出すなとか言っちゃうタイプ?」
僕がギッと睨みつける「お~こわ~」と言いながらケタケタ笑う一岳。
退屈はしないけど、時折本気でウザいクラスメート。
友人……には一応カテゴライズされ、腹が立っても憎み切れはしない猿顔の男子生徒。
「しっかし、お前が生徒会の活動なんて本気でやるとか意外だったわ~。てっきりオレっちと同じ側の人間だと思ってたのによぉ?」
「ふざけんな。誰がお前と同じ側だよ」
「オレっちとツルんでる時点で扱いはオンナジだよ。まーでも諭史なんかがこんなにうまく活動しちゃうと、な~んか面白くねぇなぁ」
「別に誰にでもできることをたまたま僕がやっただけだよ。それに最近は他からも手伝ってくれって言われて、正直困ってる……」
「誰にでもできることとは随分な物言いじゃん? 実際スゲェとは思うぜ? イキナシ上級生のクラスを手伝え、なんて言われたら誰でもテンパるって」
「僕がいなくても上手く纏まったさ、元々協力的ないい先輩たちだったよ」
ふ~んとか言って一岳は興味が逸れてきたのか、ポチポチと携帯電話を触り始める。
……ちなみに校内で携帯電話の使用は禁止だ、没収されたりはしないが。
元々、生徒会長の電撃的登場で生徒会そのものに好奇の目が向けられていたこともあり、僕が二年生のクラス進行を担っているという話はそれなりに有名になっていた。
先ほども昼休憩に入った瞬間に、二年A組から協力要請があった。
僕はそういうのは一切受け付けていない! と何度も断ったのだが……最終的には放課後、Dクラスの相談を受けた後、ということで了承してもらった。
そして結局流されるまま、僕は全クラスの文化祭相談役になってしまっていたのである。本来であれば実際に存在するべき文化祭実行委員の役割を、実質一人でやらされているに等しい。
元々、B・Eクラス一企画だけを完璧にこなすつもりだったので、細部まで調整してことに当たれたが複数クラスになるとそうはいかない。複数クラスになると各々進捗状態ですら全て把握できないし、企画の内容もバラバラで概要を頭に入れるだけで精いっぱいだ。
最近ではそれを意識の外に出来る授業時間だけが、唯一心の拠り所となっていた……
メールかサイト巡回でも終わったのか、一岳は僕に話を戻した。
「ま、お前も有名人になってくれて嬉しいぜ。お前には文化祭が終わった後”ファミリー”に紹介させてくれよ」
「ずっと前からそれは断ってるだろ、僕は普通の学校生活が送りたいんだ」
「もう生徒会でそんな目立ってるんだから普通じゃねーだろ? いまのお前なら入りから下っ端じゃないし、パシリにされたりすることはないぜ?」
「そういう問題じゃないって」
「相変わらず気難しいやつだな~ま、いまはそれでいいわ」
一岳は机の上に脚を投げ出し、悠々と僕の意思を受け流す。
「あ、話は戻るけど一応会ってくれよ、さっき話したオンナ。オレっちのアニキとも知り合いだからさ、あんま機嫌損ねたりはしないほうがいいと思うぜ?」
相変わらず「知り合いの知り合い」がたくさん出てくる一岳の話に嫌気が差し、僕は溜息をついて「ハイハイ」と返事を返しておく。
虎の威を借る狐、という単語がここまで似合う男も中々いない。こいつの会話には無数の先輩と、アニキと他校の知り合い、彼の言う”ファミリー”がいる。
口から出てくる一岳の知り合いが実在するかどうかなんてどうでもいいし、脅しめいたことを口にしても現実的に行動したなんて聞いたことない。そんなことばかりなので一岳の話は、正直いつも話半分しか耳に入ってこない。
「それとよ、諭史」
「なんだよ、まだなんかあるの」
僕はもう一岳の方に顔を向けることもせず、適当に返事を放る。
「副会長の二階堂? だっけ? あいつってどんなやつなんだ」
「二階堂? なんていうかあまり好きな奴じゃないな。副会長として仕事はできると思うけど」
「へ~なるほどねぇ」
「なんだよ、それだけか」
「まぁな、精々オテツダイ頑張ってくれや」
そう言うと一岳にしては珍しく早々と話題を切り上げ、いつものように伏せって昼寝の姿勢に入る。
なんだこいつ? と訝しんだが五限の予鈴が鳴り、僕の疑問も霧散していった。
---
「エーコは僕のこと、好き?」
「そんなの決まってるじゃない。大嫌いよ」
半ば分かり切っていた答えを聞いて、僕は声を出して笑う。
「ちなみにエーコって人を好きになったことある?」
「なによ、さっきから……いつにも増して気持ち悪いわね」
机越しに向かい合わせになっている僕たちは、各クラスから提出された報告内容に目を通しながら、男女の会話(?)を繰り広げていた。
校庭で声を掛け合っていた野球部も、トンボ掛けを終えて帰ろうとする時間帯。
僕とエーコは今年から増えてしまった、合同企画の資料造りを行っていた。
最初の頃は新しく増えた仕事にぶつくさ文句を言っていたエーコも、最近は少しばかり関係が改善して、文句を言いながらも話には付き合ってくれるようになっていた。
「僕はあるよ、エーコは?」
「そんなの聞いてないわ。自分が言ったからお前も言え、みたいな流れにするのはやめてちょうだい」
段々と声質がよろしくない方向に傾いていくのが分かったので、僕はあえなくエーコから答えをもらうのを諦める。
「そっか、残念」
「不愉快になるような質問は最初からしないで欲しいわね。……纏場、合同出店の当日人員割り当て、配膳担当がほとんど女子じゃない、これはなぜ?」
「ああ、それは女子がチャイナドレスでコスプレをすることになってるから」
「なにそれ、女子側から反対の意見は出なかったのかしら」
「意外とみんな満更じゃないみたいだ」
「……もし私のクラスが飲食を企画した時は、なんとしても阻止しないといけないことが分かったわ。そんな意見に呑み込まれてコスプレするなんて、私だったら絶対イヤよ」
「別にいいんじゃない?」
「は……?」
エーコはキョトンとした顔をする。
「チャイナドレス、いいじゃん。エーコの着てるとこちょっと見てみたいし」
僕がそう言うとエーコはペンを取り落とし、顔を逸らせて目を白黒させる。
「冗談、やめてよ……またそうやって、私のことからかおうとして」
いつもの仏頂面も首を縮こまらせ、背筋の綺麗な彼女にしては珍しく自信無さげな所作だった。
「あ、でも。着るのは任意のコだけだからさ。着たくないコには普通にビラ巻とかしてもらうよ」
僕がそう言うとピタッとエーコが動かなくなり、急に顔を紅潮させて「なんっか、腹立つわね」とドスの聞いた声で言われた。
……なぜ?
---
「とりあえず今日までもらった報告は纏めたわ。あとは副会長以上に見てもらって、問題なければ合同企画の資料は完成かしら」
「お手間かけます」
「ほんとにね」
いまのエーコはとりわけ機嫌がいい方のようだ。
淡々と言われたその相槌にも、トゲは一本も見当たらない。
エーコは真面目ぶった顔をずっとしているが、喜怒哀楽は意外と見て取れることが最近分かってきた。
これも合同企画の副産物だろうか。エーコにしてはいい迷惑かもしれないけど、僕はそういったことも含めて生徒会活動に少し充実を感じていた。
いままでの繋がりで接して来なかったようなコのことを、少しずつ知っていくのは楽しいしね。
当のエーコは資料をキャビネットへ丁寧に収納した後「お先に失礼するわね」と、背中を向けていった。
「……エーコ、あのさ」
僕は”なんとなく”名残惜しくなって、呼び止めてしまった。
いつもなら「なによ、待ったりしないわよ」とでも言って、扉の外に向かっただろう。でもエーコもその時に、きっと”なんとなく”足を止めて振り返ってくれた。
少し視線を交差させた後に、僕は呼び止めた理由がなかったのを思い出した。
「……コーヒー、淹れてくれない?」
と、苦し紛れに理由を後付けした。
……おいおい、言いながら自分にツッコミを入れたくなった。
「コーヒー淹れてあげる」ならともかく、淹れてくれってどんだけだよ。
断わられるだろうなぁ。
さすがに僕はいまの発言を撤回しようと口を開こうとしたが、エーコは一つ大きなため息をついた後、僕の意思とは裏腹に……いや望んだとおり、戸棚からコーヒーカップを取り出してくれていた。
「コーヒー淹れたら、帰るからね?」
エーコはクスリとも笑わず、いつものような仏頂面でそう答えたのだった。
---
「……」
「……」
別館四階の一室から、零れる僅かな灯り。
その中からはペンを走らせる音が聞こえるわけでもなく、お互いの主張は譲らないと白熱した議論が行われることもない。
もう十九時近いだろうか。
本校舎の教室にでも居残っているのなら巡回の先生に叩き出される時間だが、特別教室が多いこの四階まで声がかけられるのは稀だった。
その一室、生徒会末端の二人が机越しに向き合い、カップからの湯気を眺めていた。
……エーコは僕の分だけではなく、自分のコーヒーも入れて腰かけ直していた。
エーコが淹れてくれたコーヒーは、至極普通のインスタントコーヒーだ。
早く、コーヒーを口にしたい、それは別にコーヒーを飲みたくて仕方ないわけではない。コーヒーを口にして場を持たせたかった。だってその間は会話がなくても不自然ではないのだから。
どうして、こうなった?
市販のポットに記されている”保温:九十八度”の文字は、無情にもすぐ喉を潤すことを許してくれず「いい加減、なんか気の利いた会話でもしろよ」と僕に迫って来る。
別にエーコと一緒にいることが気まずいわけではない。
だって思わないだろ? エーコが自分の分も淹れて、目の前に座るなんて。
普段のエーコの行動からすると、僕の分を用意したらそのまま帰ってしまうと思っていたんだ。
いつもみたいに作業しながらであれば、会話は自然と出てくる。別にエーコに気まずさみたいなものを感じて、会話ができないとかそんなことはない。
けれど今回、僕はわざわざ帰ろうとするエーコを呼び止めてしまった。なにか話す理由があって呼び止めたのであれば、それを話せばいいんだろうけど……
僕は、なぜエーコを呼び止めたのだろう?
バカ過ぎると思うかもしれないけど、なんで呼び止めたか自分でも説明できなかった。
けれど呼び止めてしまった僕には、自分から話し出す義務がある。
呼び止めるに値する会話を用意するくらいは、最低限のマナーだとも言える。
けれどいくら考えても……そして考えれば考えるほど、エーコとしたい話を思い浮かべることが出来なかった。
エーコは、優佳やレイカとは違う。
だから気軽に雑談する内容なんて思いつけない。
じゃあ、いつも優佳とはどんな話をしてた?
……あれ、優佳と雑談って、いつもなにを話してたっけ?
あああ……なんか頭の中がグルグルしてきた。
そしてコミュニケーション能力に自信があるわけでもない僕は、結局なにも思いつかず、コーヒーを冷めるのを沈黙して待つという体たらく……
そしてその場の気まずさに耐えられず、思わずコーヒーを口にする。
「あちっ」
「……さすがにまだ飲めないわよ」
なんていうか……もういろいろとダメだ。
僕はコーヒーの水面を眺めながら、心の中でだらっだらと汗を垂らしていた。
おかしい。
エーコ相手にこんな緊張してしまうのもおかしいし、会話を探していること自体も変だし、なんか会話しなければって考えてしまうことが既におかしい。
僕はエーコの方を見れず、コーヒーの水面を延々と眺めて……
「ふふっ」
聞き慣れない、声音を聞いた。
「纏場、さっきからすごい面白い顔してる」
無表情だったエーコの顔に、笑みが浮かんでいた。
「自分で呼び止めたのにダンマリなんて、あんまりじゃない?」
少し肩をすくめてエーコが同じように口元へコーヒーを運ぶ……が、やはり熱かったのかほとんど口に含まず置いてしまう。
「……ウンザリした?」
「そうね。女の子を呼び止めておいて、話もしてくれないなんて、男としてのどうなのかしら?」
口元に笑みを浮かべ、せせら笑うように僕の甲斐性なさを罵ってくる。
なぜか僕はそこに、エーコという人間らしさを見たような気がした。
「……いいじゃん」
「なにがいいの?」
「エーコが笑ったの、初めて見た」
「そうだった?」
また初めて見る、驚いた顔。いつもが仕事モードのエーコだとしたら、いまはまるでプライベートモードのエーコだった。
「驚いた顔も、初めて」
「……そう言われると、なんか恥ずかしいじゃない」
そして今度は少しばかり首をすぼめて目を逸らす。
――外から見える住宅街の明かりは少し多くなっただろうか。もう夜と言える時間になったにも関わらず、僕たちはより深く椅子に腰かける。
ようやく口にしたコーヒーはちょうどいい温度になって、僕の緊張に乾いていた喉を気持ちよく潤した。生徒会室の空気は、十月とも思えないくらい暖かく感じられた。
---
「私、副会長のことが好きだったのよ」
「ぶほぉっ!!」
「うわっ、サイアク! きったな……!」
「コーヒー飲んでる時にそんな話しないでくれよっ!」
あれから数十分。
温まった部屋の空気にほだされ、僕は合同企画を任されていた数日間をエーコに話していた。会計が書記にするのは報告だ。けれどいまは友人に対する愚痴であった。
いつもなら報告の合間に愚痴が入っても「そんなことは聞いてないの」と、ピシャッと言い放っていたエーコだが、いまは別人じゃないかって思うほど話を聞いてくれていた。
その話がひと段落した頃、エーコが唐突にコイバナをし始めた。
「なによ、私が人を好きにならないロボットみたいな人間だと思った?」
「……少しだけ」
「ホント、あなたって失礼に足を付けたような男ね。私だってね、副会長に憧れて生徒会に入ったクチなのよ」
「ま、マジ?」
それまたエーコとは対極の位置にありそうな志望動機だった。
「ていうか、なんで急にそんなこといきなり……」
「なに言ってんのよ、さっき纏場から聞いてきたんじゃないの」
「……あ」
そういえばさっきそんな質問をしていたな……
「にしても、コーヒー飲んでる時にするかよ、そんな話」
「知らないわよ、そんなの。そのタイミングでコーヒーを飲んでる纏場が悪いんでしょ」
横暴すぎる。
ボックスティッシュを取り出し、惨事の後始末をしながらそう思った。
「ねえ、あれってどういう意図で聞いてきたの?」
エーコは探るように、僕の目を覗き込んできた。
覗き込んでくるエーコの目元は、いつもの退屈そうなジト目じゃない。
しっかり僕を真正面から捉えて、興味の色がありありと滲んでいる。
僕はその視線に気圧されてる。
「い、いやちょっと。相談に乗ってもらいたいことがあって」
「相談?」
エーコは前のめりになっていた体を椅子に戻し、小さく嘆息すると残っていたコーヒーをくっと一気に飲み干した。
「相談って言うと、もしかして、そういう相談かしら?」
「……うん」
え、本当に言おうとしてるのか、僕。
もちろん相談に乗ってもらいたいこと、というのは優佳のこと。
優佳を知ってる人に、それもこんな個人的なこと話しちゃっていいのか?
それを話してしまうことで、優佳を裏切ってしまうことにならないか?
「なによ、はやく言っちゃいなさいよ」
エーコにしては珍しく押せ押せだ。流石にこういう話題は老若男女問わず興味津々なんだな、ってそれはエーコに失礼か、うん。
そんなエーコを見てると、なんか話してもいいかって気になった。
「実は、優佳に好きって言われて……」
「えっ、うそっ!」
エーコは心底驚いたのか、立ち上がって目を輝かせる。
「会長も物好きね……それで? 纏場はオッケーしたの?」
「や、文化祭までに返事をくれればいいって言われたから、返事はしてない……」
するとエーコは凍り付き、信じられないモノを見る目をする。そして凄い速さで僕のコーヒーカップをかっぱらったかと思うと、なにも言わず自分のカップと共にコーヒーを淹れ直しに行った。
「で、答えは決まってるの?」
ドスの効いた声と共に、エーコがコーヒーをガチャリと僕の前に置く。
このコーヒー飲み終わるまでは逃がさないわよ、と暗に告げられる。
「それを実は相談しようと思ってて……」
「はぁ、なにそれ、情けない。……纏場、どうしてあなたはそうまでして纏場なの?」
ジュリエットみたいなことを言い出し、これ見よがしにガックリと肩を落とす。
「しかもそれを女子に相談しようなんて、友達いないの?」
「そんなことないけどさ……いや、相談できる友達いるかって言われると微妙だな」
牛木の気色悪いウインク姿が頭に思い浮かんだが、秒で吹き飛ばす。
「そんな辛気臭い話はいいわ、それで、なんで私に?」
「そう言われると難しいけど、あの時は会話の流れでなんとなく」
「生徒会の報告業務中に、コクられたことをカミングアウトする流れはなかったと思うのだけれど」
「最近、顔を合わせることが多かったし、エーコになら話してもいいかなって思って……」
それを聞いた後、エーコは真顔になり、なにか考え込んだ仕草をした後、ため息をついて口を開いた。
「私には別に豊富な恋愛経験があるわけでもないし、なにかアドバイスができるとは思ってないわ。でもあえて言うなら私は生徒会長の味方」
エーコは一気にそこまで喋り、目を閉じて最後にぽつりと呟く。
「一番大事なのはあなたの正直な気持ち、それはもちろんなのだけど……」
「うん」
僕はエーコの一語一句を聞き逃すまいと、息を止めて言葉を待つ。
「会長がそれで幸せになるなら、私はそれを応援したいと思ってる。そして纏場が会長を幸せに出来ると思うなら応援する……そんなんじゃダメかしら?」
と、先輩の幸せを祈ってくれていた。
「そっか……なんか、ありがとな」
「なんで纏場がお礼を言うのかしら」
「いや、優佳のためにそこまで思ってくれたのが嬉しくて」
「なに、付き合ってもいないのにもう彼氏面してるのかしら?」
「いやそうじゃなくて、優佳の幼馴染として……って、あまりこういうことは言わないほうがいいのかな」
「そうね。好きな人に友達とか幼馴染って言われると、いくら優佳さんでもあまりいい気はしないと思うわ」
僕はその時ハッとさせられた。
優佳は幼馴染でもあり、親友でもあり、家族だった。
確かに優佳は僕のことを好き……でいてくれるのなら、そう呼ばれたくないと思うのは当然だ。現に優佳は、僕を友達だとか幼馴染だと呼ぶことはなくなっていた。
自惚れかもしれないけど、だとしたら優佳はもっと前から僕のことをそう思ってくれていたということだ。それを思うと……胸の奥が熱くなった。
「エーコ、ありがとう。なんかわかってきた気がするよ」
「あら、そう? よかったわね。でも誤解しないでね。会長は応援するけど別に纏場は応援してないのよ」
「それでもいいよ、ありがとう」
「ふふっ、変なの」
お互い示し合わせたようにコーヒーカップを傾け、最後の一滴まで飲み干し、僕らは同時に帰り支度を始める。
最初にあった気まずさはもうない。エーコと帰りの道を一緒にするのは初めてだが、もう不安みたいなものはなかった。
そして僕は今更ながらに気が付いた、僕がエーコを呼び止めた理由。
僕はやっぱりエーコにいまの話を聞いて欲しかったんだ。同じ空間を共にし、優佳という共通の知り合いがいて、それでいて生徒会という戦友である彼女に。
そう、僕らは戦友だ。
きっと前からそうだったけど、この一時間ほどで僕はそれを確信する。
――その時、この階には不釣り合いな駆け足が聞こえてきた。
その駆け足はこの教室を向って近づき、そのまま生徒会室へと入ってきた。
「纏場君! いるかい!?」
「木南先輩?」
二Bのイケメン木南先輩が、珍しく慌てた様子で大声を張り上げた。
そのまま視線が僕とエーコを行き来し「あ……」となにかに気づいた声を上げ。
「お取込み中のところゴメン、でも大変なんだ!」
「と、取り込んでません!」
と、なぜかエーコが大声で否定する。
――それはともかく。
「どうかしました?」
「旧体育館倉庫が、火事で燃えてるんだ!」
一瞬で、頭の中が真っ白になった。
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