4-5 生徒会の仕事


「纏場、君は本当に頭が悪いな。予算を出し物の数で割るだけで、本当に必要な分が計算できると思ったのか?」


「でも実際に去年の資料を見る限り、各クラスの予算はほぼ均等に割り当てがされてます! もちろんきっかり割り切る必要はないですが、ある程度の目安には……」


「それはクラス配分を見ただけの場合だろう? それじゃあ前・後夜祭の分と、ゴミ袋などの消耗品費。それに校舎前の装飾費用は一体どこから捻出するんだ?」


「そ、それは記載されていない以上、倉庫などに残っている去年の備品を代用して……」


「その備品は現物を確認した上で言っているのか? 各クラスの出し物だけ確認していてはそれは読み取れない。なぜ君は総予算の金額を先に確認しない?」


 二階堂は額に手を当て、厭味ったらしく首を振って見せる。


「予算は出し物のためだけに使われるものではないのだから、大局が見渡せる資料を先に確認すべきだろう」


 そう言って前年の決算資料をドスンと机に置く。


「これにそう言った備品の内訳まで書いてある、これを見れば誰だって計算できるはずだ」


「ぐ……わかりました、再計算します」


「そうしてくれ、今日中にな」


 そう言い、さっと身を翻す二階堂。

 ……そんなものがあるなら、さっさと出してくれよ。


 二階堂は優佳と一言二言交わして、教室の外に出て行った。

 教室のドアから離れたのを見計らって、僕は大きくため息を付く。


「くっそ~ムカつくなぁ」


「でも、言ってることは的を射ていたわ。結論、あなたが馬鹿だから悪いのよ」


 エーコは手元の資料から目を離さず、しれっと応える。


「……それは、わかってるよ」


 少しばかり棘が抜けてないのを承知で、言葉を返す。


「本当かしら? わかっているのにわざわざ声に出して、不平を口にしないと気が済まないのなら、救いようのない馬鹿ね、あなたは」


 あ、ちょっとイラッとした。

 いくらなんでもそこまで言うことはないじゃないか。


 僕はその感情に身を任せて、言い返してやろうと……声を掛けようとしたところで、エーコと視線が合う。


「……ごめんなさい、少し言い過ぎたわ。あなただって会計やるのは、初めてなのにね。気を悪くしたのなら謝るわ。ごめんなさい」


 と、自己完結されてしまった。


「あ、えっと……だいじょうぶ、うん」


 急に毒気を抜かれてしまって、逆に僕がしどろもどろになってしまう。エーコはそれだけ聞くと、バツが悪くなったのか視線を戻して自分の作業に戻った。僕は展開の早さについていけず、エーコの後頭部をしばらく眺める。


 なんだろう、エーコって結構いい奴?


 いっつも仏頂面で辛辣な言葉が多いけど、エーコのこんな人間臭い一面を垣間見てしまって、先ほどの二階堂に感じた憤りも一緒に、どこかへ消え失せてしまっていた。


 エーコもなんだかんだ言って、僕とは仲良くやっていきたいのかな。

 そう思うと、自然とにやける。


「これからも仲良くやろう、エーコ」


「なに、いきなり。気持ち悪い」


 エーコはいつも以上に嫌そうな顔でこちらを見る。


「や、なんか急にそう思ったから。それにこうして資料確認を手伝ってくれてるし」


 いま、エーコが目にしているのは、さっき二階堂が持ってきた資料だ。


「あなたの仕事が終わらないと、私の仕事が回って来ないのよっ」


「それでもエーコが手伝ってくれて助かってる」


「いいから口を開いてる暇があったら、手を早く動かしてもらえるかしら?」


「そうだね。こういう時なんて言ったっけ。えーと、猫の手も借りたい?」


「意味わかってて言ってるの? ブッ○すわよ」


 いい形で終わりそうにだったのに、余計なことを言って結局罵倒されてしまった。


 ……でも、認めたくないけど、いまの僕は完全に足手まといである。


 エーコは同じ一年と言えど、最初から生徒会希望で、前期からよく生徒会に顔を出していて仕事の流れが分かっているが、僕はそうではない。


 僕が生徒会に入った理由は二つ。


 一つは優佳の仕事ぶりを見て、僕もカッコよく仕事をしたいって思ったからだ。人を動かす優佳は格好良く、トレンディードラマに出てきそうなキャリアウーマンを彷彿とさせる。


 人に信頼され、それに付き従う社員。そんな社会のワンシーンを、この学校で体現している姿に憧れを抱いたんだ。


 そしてもう一つは……優佳を支えたかった。

 レイカと離れた優佳は、明らかに前より元気がない。


 先日の集会や、生徒会でみんなと話している時。学校生活を普通に過ごす分には、おそらくその断片を見つけることはできないだろう。


 だが僕には見えてしまう、いつもの優佳とのズレを。


 瞬きが多くなってることや、隙のある顔を見せること。

 ……優佳は普段ぽーっとしているコだし、人によっては変わらないようにも見えるだろう。


 けれど、それに気付けないほど僕だって間抜けじゃない。そんなことに気付こうとしなくても、気づいてしまうくらいには優佳のことをわかっている。


 おそらくレイカだって気づいているはずだ。

 だって僕とは違い、レイカはいまも優佳と同じ家で生活しているのだから。


 そう思うと、レイカには怒りさえ覚える。だってそうだろう? レイカは自分が原因だとわかっていて、態度を改めようとしないんだ。


 そうして僕らのことは完全無視。レイカのことを……そう見てしまってるのを自覚していても、その点においては許すことができない。


 横目に優佳の顔を覗き見る。

 当の本人は生徒会室に唯一鎮座しているパソコンと向かい合っていた。


 その横顔には、昨日演台で見せたような研ぎ澄まされた剣幕もなく、家族の不仲を嘆く悲しんでるわけでもなく、ただ仕事に没頭しているだけだ。


 ああ……そういう意味では生徒会長という役職は、そんなことを忘れられる絶好の役職なのかもしれないな。そんなことを思ってしまった。


 気づくと僕はそんな優佳の顔を、長い間見つめてしまっていた。

 そしてその視線に気付くと、優佳は笑みを作ってこっちに歩み寄ってくる。


「サ~トシ♪ なに、みてんの?」


 優佳は僕の背中に被さり、腕を回してくる。


「こ、こら優佳。いまは生徒会室だから……」


「資料の確認は、終わった?」


 そういって手元の資料を覗き込む、必要以上に近い距離で。


「いま、副会長にもらった資料を確認してる。去年より予算額は減っちゃったけど、基本は同じパーセンテージ配分でいいんじゃないかなって思うんだけど……」


「それはダメだよ、諭史? 予算に合わせて配分減らしても、使う費用は安くなるわけじゃないんだから」


 優佳はいつものお姉ちゃんモードになって、問題点を指摘する。


「同じ比率で見ちゃうと去年カツカツでやってたところは、今年はなんにも回らなくなっちゃう。他に削れそうなクラスをピックアップしたり、去年の展示物の再利用出来ないかって考えないと」


「そっか……なんだかんだ優佳は会長なんだなぁ」


「ちょっと! それど~ゆ~意味! わたしだって去年は会計だったんだから、それくらいわかるわよっ!」


 優佳は腕を組みながらぷりぷりと怒る。


「でも、こうしてサトシと一緒に生徒会やってるなんて、ちょっと嘘みたいだなぁ」


「……僕は優佳が一人でちゃんとやってるか、心配で来たようなもんだよ」


「ま~たそんなこと言って! 素直にお姉ちゃんと仕事がしたかった、って言えばいいのに」


「ソーダネ、お姉ちゃんの失敗の後始末が少なくて、よかったナァー!」


「なぁ~に、後始末って~! お姉ちゃん別に失敗とかしてないでしょ~!?」


「……二人共、それ以上の続きは下校した後にして頂けます?」


 僕らの騒ぎっぷりにエーコの「爆発しろ!」と呪詛が籠った視線を浴び、僕らはそそくさと作業に戻る。


 去り際に優佳から目配せをされた。

 ――わたしはいつも通り、気にしないで。


 僕はそう解釈し「無理するなよ」って気持ちを込めて視線を返す。

 ……きっと僕の視線を感じたあたりから、気にかけてたことを悟ったんだろう。


 いまの目配せは、その返事。


 優佳とは少しばかり言葉を交わさなくても意思疎通ができる。言葉いらずの会話、おおげさに言えばテレパシーみたいなもの。


 もちろん全部が全部伝わるわけじゃないし、時には思い違いをすることだってある。けれどなんとなく空気? 雰囲気? みたいなものや表情なんかで、相手の言いたいことって意外とわかってしまうものだ。


 それがわかってしまうのはとても心地いい瞬間だ。自分が誰かと繋がっていることが感じられる充足感、相手をわかってあげられることの優越感があった。


 優佳は友達でもなく家族とも違う”優佳”という一つのポジションだった。


 それを踏まえて考えれば、なるほど。

 優佳を好きか特別かと聞かれれば、疑う余地もない。


 この優越感・充足感は僕、いや二人だけの中で感じられるものであって、お互いを好き合っている者同士だとも言えなくない。


 ただ僕はこの感情と別に感じてしまった、レイカへの気持ちを無視できなかった。離れていく幼馴染の姿が放つ強烈な引力、目を惹かれる艶やかな髪、女の子として成長していく体や顔つき。


 それに感じる気持ちは近くに向ける安心とは違う、惹きつけられる衝動のようなものだ。


 心を掴んでやまないそれこそが、きっと恋って感情なのだろう。

 ……そう思わなければ、やっていけなかった。


---


 それからしばらくの間、生徒会室の中は静かなものだった。


 優佳の指が叩くキーボードの音、時折エーコが走らせるペンの音。そして僕はしきりに前年の予算票をペラペラと捲っているが、その比率には未だ頭を悩ませていた。


 模擬店の数が去年より多い……展示物を出すクラスは設営をして終わりだが、模擬店は少し違う。


 夕霞中文化祭で模擬店に割り当てられる予算は、前年に模擬店が出した売上合計を見て学校から支給される。だから単純に模擬店の数が増えると、一クラスに割り当てられる予算が減ってしまうのだ。


 だからといって展示をするクラスから予算を分けるわけにもいかないし、企画の却下を出すのは一度承認した手前、心苦しい。


 それに予算を増やすように掛け合うにも、時間が足りない。もしその申請を出したら職員会議にまで意見が上がり、そして承認されてはじめて下りてくるのだから、時間がかかり過ぎる。


 そもそも、そんな案を出してしまえばまた二階堂の嫌味が飛んでくるのは目に見えている。それだけは意地でも避けたかった。


 ……ここで優佳の知恵を借りれば、すぐに妙案が出てくるかもしれない。前年の会計担当でもあるし、こういったことを考えるのは優佳の十八番だ。


 でも相談するわけには行かない。


 ――優佳を支えたい。


 そんな理由で生徒会に入ったのに、それではあまりに面目が立たない。優佳のサポートを受けるわけには行かない。この問題は僕自身で解決しなければならないんだ。


「作業は、進んでいるか?」


 ふと、声のする方を眺めると、職員室から戻ってきた二階堂の姿があった。


「はい、頂いた資料もあってだいぶ形が見えてきました」


「当然だ。俺はそれが分かった上で、君にも出来る作業だと踏んでやらせているのだから」


 二階堂はそういうと高い鼻をふんと鳴らして顔をあげる。


「ただ前年より飲食をやりたいクラス数が二クラス分多いんです、なので今回予算の追加をしたりすることは……」


「出来ない、それは当たり前だろう」


「ですよね、なので……今回二年B組と二年E組の内容が近いので、合同で企画させようと思うのですが、どう思いますか……?」


 おっかなびっくり二階堂に意見の申し立てを行う。

 生徒会室にいるもう二人の意識も、こちらに向けられたのがわかった。


 僕が提案した、思いついた方法。

 それは当然、これまでの文化祭でも行われたことのない奇策。


 ……予想を裏切らず、二階堂の目には鋭角な眉を作り上げられていた。


「それは誰かの進言か?」


「いえ、僕が思いついたことです」


「だとしたら出来ない相談だな、そもそも過去にも他クラスと合同作業なんて例はない」


 だとしたら、って誰かの進言だったら通ったのか? そう思わざるを得ない滅茶苦茶な論理だ。


「でも副会長、いまからクラスの出し物を変更となるとまた調整に時間が」


「であればそれこそ模擬店の数を前年と揃えればいい。じゃんけんでもさせて負けたほうに枠の余った市の社会科展示を勧めろ」


「でも……」


「いい加減にしてくれ、そもそもだな……」


「いいんじゃないかしら?」


 男同士の低い声に割り込んだ、子供のようでいて自信に満ちた声。


「会長?」


 二階堂が怪訝な声を出し、薄っすら微笑む優佳を見た。優佳はその視線を浴びてなお、穏やかに言葉を継ぐ。


「せっかくそれぞれのクラスの希望が出たのだし、出来る限りそれに沿ってあげましょうよ?」


「しかし調整には時間もかかります」


「そうね、だからこそ纏場君?」


 優佳がフォーマルな呼び方で、僕の方を見る。


「纏場君がそれぞれのクラスに話を通して、それで調整してみて」


 そんな突飛なことを言いだした。


「……いいんですか?」


「ええ、やれるかしら?」


 優佳が少し、挑戦的な笑みを見せる。


「はい、出来ます!」


 僕は”生徒会長”に仕事を任されたことが嬉しく、反射的にそう答えていた。


「しかし、会長!」


 その傍らには二階堂がバツが悪そうに佇んでいる。


「彼にそんなことを任せて大丈夫ですか? 調整に時間がかかるだけの可能性が高いですし、事実合同でやったとしてクラス間のトラブルに発展する場合も……」


「そうね。でもそこは私達が心配しすぎてもしょうがないじゃない? それに生徒たちを信用しない生徒会なんて、それこそ本末転倒でしょう?」


 柔らかく副会長の意見を呑み込む。


「わたしたちがみんなを信用して、できるだけワガママを聞いてあげなくっちゃ。でも聞けないところはもちろん聞けないし、もしこれで受け入れられないって言われるのなら、じゃんけんも仕方ないなって思う」


 二階堂は視線を落とし、優佳の言葉を黙考する。


「だからそこはみんなの協調性を信じてあげよう? もしそれでだめな時はわたし達が前に出よう? 時間はないけれど、それを考える時間はまだあると思うの」


 優しく二階堂をそう諭す。


「……わかりました」


 短くそう口にし、僕に視線を向ける。


「纏場」


「はい」


「交渉を任せる、そして二日後にここでどうなったか報告しろ」


「わかりました!」


 そう言うや否や二階堂は自席に戻り、手元の資料になにやら書き込み始める。


 僕はしばらく立ち尽くした後、小さく安堵のため息をついて椅子にもたれかかった。


「大きく出たわね」


 呆れ顔のエーコがそう口を開く。


「だってさ、そのクラスみんなでやりたいって申請があった出し物だし、それが出来るようにさせてあげたいって思うじゃん」


「その意見は立派だけど、大変よ?」


「まあ、それは頑張ってみるよ。せっかく優佳に生徒会としての仕事をさせてもらえるチャンスをもらったんだし」


 そう言い生徒会室で一番の権力者の方を見ると、既にその姿はパソコンの前に戻っていた。


 優佳とチラッと目が合うと軽くウインクだけされた。二階堂とのやりとりがあった手前、今日はこのまま”生徒会長”と”会計”で最後まで過ごすつもりみたいだ。


 優佳もああは言ってくれたが生徒会長の仕事は多く、余裕はないのだろう。


 ……そんな状態で僕に助け舟を出してくれたことに心の中で感謝する、と同時にまた助けられてしまったことに歯噛みする。


 ここまで来たらなんとしても期待に応えないと。僕はくるっと振り向き、笑顔でエーコの方を向く。


「ということでエーコ、手伝って」


「絶対イヤよ」


「……少しくらい考える間があっても良くない?」


「あなたなら絶対にそう言うと思ってたから」


「なら少しでもその期待に応えようって気概があっても……」


「あなたが言い出したことでしょ? 男なら自分で責任もって最後までやりなさいな」


「ええ、いいじゃないか。昨日資料運び手伝ってあげたじゃないか」


「あれは生徒会全体で必要としてる仕事でしょ、あなたが単独でやるといったことに巻き込まないで欲しいわ」


「でも~? なんだかんだで~? 最後には手伝ってくれるんでしょ~??」


「イラッ」


 わざわざ擬音を声に出して、拒絶をアピールするサイドポニーの生徒会書記。そんなキツめの視線も嫌いじゃないけど、これ以上は本気で怒りそうなので首をすくめて一時撤退する。


 そんなこんなで僕は明朝のHRで相談に行くクラスと、担任の名前を確認し伝える内容の言葉選びをすることに集中する。


 そう、だから集中しているから気づくはずもないのだ。


 エーコを頼ってることに嫉妬し、その一部始終に聞き耳を立てていて、頬を膨らませた幼馴染の視線が突き刺さっていることには、決して……

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