4-4 縁藤姉妹
「ってなわけで諭史、会長紹介して欲しいんだわ」
「何度も言ってるけど、絶対無理」
程よい空腹に苛まされる三限後の休憩中。
僕は今日三度目になる一岳の依頼を突っぱねて、四限の用意をする。
「べっつにいいじゃんかよ? 会長にその気がないんだったら、振ってくれりゃあ終わりじゃん?」
「馬鹿、お前の先輩だろ? そんな振られてハイそうですか、で終わるような人種じゃないだろ?」
「人種ってヒドイ言い分じゃんお前? それこそセンパイに言いつけっぞ」
「僕のことはいくらでも言いつけていいけど、絶対に優佳を紹介したりしないからな?」
「お前、頭が硬いねぇ~」
一岳は頼み込んでる側にも関わらず「ぶっちゃけイエスでもノーでも構わない」というスタンスだ。
クラスの中、いや学校中は生徒会の話で持ちきりだった。
話題の中心はもちろん会長、こと縁藤優佳だ。先日のスピーチを経て、ようやく優佳が会長になったことを心から納得できたようだ。
というのも夏休み前まで、優佳が生徒会長になるとは誰も思っていなかった。それまでの会長有力候補は二階堂傑、彼ひとりだけだった。
しかし彼は立候補をせずに、あろうことか縁藤優佳の推薦人に名乗り出た。立候補者が他にいなかったため、そのまま優佳が生徒会長に当選した。
けれど二階堂に比べて表舞台に立つことが少なく、優佳を知らない生徒たちも多かったので、本当に適任なのか疑問視する声も多かった。
だがそれが昨日のスピーチを聞き、その疑惑は霧散した。誰もが優佳の動向に目をかけ、期待し、憧れの視線を向けている。いまや優佳は夕霞中の時の人となり、生徒会という組織そのものに期待が高まっていた。
「ま、いいや。センパイには適当に断わっとくわ」
「悪いな」
「悪いと思うくらいなら受けてくれや」
「それは無理」
一岳は僕の拒絶を聞いて、心底愉快そうに笑う。
「あれか、お前もやっぱ会長に惚れてんのか」
「優佳はそんなんじゃないよ、幼馴染で……」
「べっつにそんなの関係ないじゃんよ。あんだけ可愛くて仲良いなら、惚れてもしょうがないって思うぜ?」
「仲良いってより、昔から一緒にいるだけだ」
「にしては会長はお前にべったりに見えるけどな?」
「それは穿って見過ぎ」
「でも昨日よ、会長と腕組んで帰ってたろ?」
僕は後頭部から背中にかけて、サーッと血の毛が引いていく。
「一岳、お前見てたのかっ!?」
一岳はその僕の反応を見て、腹立つくらい目尻を嫌らしく歪ませ。
「お、ビンゴ~!? 言ってみるもんだねぇ?」
指を鳴らして人差し指を向けられ、僕は自分が墓穴を掘ったことに気付く……
「ウチの連中がたまたま夕霞中の近くを通っててな? なんか抱き合ってるカップルを見たって、それが夕霞中の男子なのは制服で分かったらしいんだけどな?」
僕は固唾を飲んで、一岳の言葉を待つ。
「その相手が、金髪の小学生って話でよっ」
一岳が下卑た笑みを浮かべる。
小学生、それは確信して言ったわけじゃないだろう。単にそう見える背丈の女のコだ、って話で……
「話だけ聞いて女の方は会長だろうと思ったから、こりゃいいスキャンダル掴んだ! と思ったけどよ? 相手が諭史じゃぁ義理難いオレっちも迂闊に口は開けねぇなぁ? でも、諭史がこ~も分かりやすくキョドっちまうとはねぇ? ハハッ!」
一岳が僕の肩をバンバン叩きながら、けたたましくクラスに笑い声を響かせる。
「おい! 隠すつもりあるんなら、もう少し小さな声でしゃべれよっ!」
「お!? 悪ィ悪ィ、でもお前ら抱き合うほど仲ならもう後に引けなくね? 会長のファンとかにバレたら刺されんぞ?」
「あれは抱き合ってたんじゃないっての、強引に……腕を取られただけだよ」
「なっんだよ、それ! あの会長からいったとか、余計にヤッバイだろ~!」
「だから声でかいっての!」
一岳はいちいちオーバーリアクションをしてみせる。バレたら刺されるとか言いつつ、コイツ自身がバカでかい声でのべつ幕なし喋り散らす。
逆にいつも五月蠅いだけあって、遠巻きに見ているクラスメートも「また一岳が騒いでる……」くらいにしか思われないんだけど。
「もちろんこのことは男同士の秘密だ、でもまぁその代わりと言っちゃなんだが……」
「わかってるよ! ……牛乳一本でいいか?」
一岳は今日の給食の献立を眺める。
「今日のメシは……シケてんな~情報の重さ考えたら一本じゃ見合わねぇな。よし、帰りのコンビニでジューシー照り焼きマンだな?」
「はぁ、もう好きにしろよ」
そういうと一岳はまた指を鳴らし、無駄に流暢な発音でYEAHHH!と騒ぎ始める。本当に、やかましい奴。
一岳はここら辺の学校ではそこそこ有名な奴だ。
が、一岳自身が有名というわけでもない。その牛木って苗字が有名だった。
一岳には少しばかり、素行がよろしくない兄がいて、同系統のお友達が多数いらっしゃり、尚且つ一岳もその仲間と絡んでることが多い。
先ほど話に出てきた「センパイ」や「連中」ってのは、そいつらのことを言っている。牛木兄は学校間も跨いたそっち系のグループを形成していて、他校のふりょ……先輩たちにも顔が利く。
数百人とも言われるそのグループの頂点に立つのが、一岳の兄、牛木先輩である。
さっき口にしていた”センパイ”は夕霞中の三年らしいが、彼らに属するグループの一人と考えると、優佳を紹介なんてしたくないと思うのが普通だ。
「じゃこの件はここまでにしとくぜ、ダチのよしみでな!」
「ふざけんな、取るもん取っといて友達面しやがって」
文句を口にしながらも、僕は一岳のことが嫌いなわけじゃない。いままでこう愉快というか、男臭い奴は周りにいなかったから、こうやって馬鹿な知り合いがいる、って状況がちょっと楽しかったり。
なんだろう。THE男子学生、みたいな?
牛木先輩やガラの悪い連中のことを考えると、深く付き合わない方が賢明なんだろうけど、こいつとは上手く付き合っていけるんじゃないかって思っている。
正直、一岳はバカ過ぎてそんな「本物の悪いヤツ」と言うものとは結び付かないし、こうやって中華まん一つで大騒ぎするような奴が、根っからの悪人だとは思えない。
不良というファインダーを通して、友達をみたくない。付き合ってる友達がワルだからって、本人もワルだなんて思いたくはなかったから。
――予鈴が鳴り、教師が入ってくる。
一岳は自席に戻ると、速攻で眠りに落ちていた。……大したものだ。
そして僕は先ほど一岳に指摘されたことを、担任の声をBGMにしながら反芻する。
……僕は優佳に惚れてるように見えるのだろうか?
だけど僕自身、優佳にそういう気持ちを抱いてるとは思っていない。ただ、気持ちがないことに気付けた理由は、別の人間にそういった感情を持ったからだ。
一岳にはそこまで説明してやる義理はないし、説明してやる必要もない。
そりゃ優佳は可愛いし、放っておけない存在だ。
付き合いも長く一緒にいて、楽しいし、飽きないし、これからもずっと続いていく関係だって信じている。……ただ、永遠に続く関係がないことを知ってしまった。
レイカ。
彼女は中学に入ってから顔を合わせることが少なくなった。もちろん入学したての時はクラスを跨いでも会いに行ってたし、あっちからも訪ねてきてくれたりもした。
それはこれまでも当たり前のことだったし、わざわざそのことを特別なことだとも思わなかった。
けど中学生活に入り、レイカの周りは大きく変わった。それはレイカを受け入れてくれる人が増えたことだ。
これまで外国籍の名前はマイナスに働くことがほとんどで、クラスメートとの間に言葉にできない溝を産んでいた。
ただ中学生に上がり、皆の精神年齢は確実に上がっていた。
普通の名前と違うことは良い意味での目立ちとなり、積極的にレイカに声をかけるクラスメートが増え、結果多くの友達を作ることになった。
ここまでは、良い。
ただそれまで僕と優佳しか知らなかったレイカは、いままでと違う新しいタイプの友達ができたことで、学校内での生活も変わった。
同じクラスで仲のいい人がいるのに、わざわざ他のクラスの友達を優先させる人は少ない。したがって仲良くなる比重は当然クラスメートの方が大きいわけだ。
過去よりも今――当然のことだ。レイカもその例に漏れなかった。
同クラス内で友達と談笑できること。それは他愛もないことに思えるが、レイカにとってこれまで欲しくても得られなかったものだ。
だからこれは間違いなく良い変化だった。
けれど、レイカはクラスメートと仲良くになるにつれ、僕たちと疎遠になるのではなく……避けるようになった。原因は聞けていない、話を無視されるので聞くこともできない。
それは家族である優佳も同様だった。同じ家にいるのに、必要以上のことは話さない。そんな状態らしい。
おそらく新しい刺激を受け続けているレイカにとっては、僕達といるほうが退屈なのだろう。いやレイカの絡んでいるメンツからすると、僕達は「ダサイ」と思われているんだ。
レイカがいま過ごしている友達と比べたら、刺激的な出来事も起きないし、新しい出会いがあるわけでもない。
夏休み中、一度レイカとマンションの入り口で会った時に言ったことがある。優佳とくらい話をしてやって欲しいって。
けど、それは優佳の時と同様に無視された。
話聞く以上に、僕はショックを受けた。
これまでレイカが僕を無視したり、否定することなんてなかったから。いままで僕と優佳に手を引かれてきたレイカが、自分の意思で僕に背を向けたんだ。
普通の友達であれば、ケンカしたらそんなこともあるだろう。ただ僕にとってレイカはそうではなかった、気づいてしまった。
僕にとってレイカは……なんでも言うことを聞いてくれる女の子だったんだ。それが当たり前だと思ってしまっていた、そんな都合のいい存在にしか思っていなかった。
だからレイカは離れて行ったのかもしれない。
僕がそう扱ってしまってることに、薄々気づいてしまったから。
そのぽっかり空いた心の穴を埋めるように……僕はレイカを意識するようになった。レイカを引き戻したかった、そのことに不思議なくらい執着した。
レイカの姿を求めてクラスに押しかけに行った。特に話をするわけでもなく、遠巻きに眺めていた。変わったレイカを単純に見たかった。
授業中に校庭のトラックを走るレイカを眺めていた。身長が伸びた、足も長くなった、髪が前より伸びた、胸が他の女生徒に比べてあるとか、そんなことが気になりだした。
廊下ですれ違った時には、僕も声をかけなくなった。それより気になるのは、僕の知ってるレイカとは違う人の香りがしたこと。
振り返って、レイカの姿を眺める。レイカも振り返って目が合う……なんてことは起きない。そうなったらいいな、なんて妄想に浸るだけ。
無自覚に意識して、執着する自分。
そして気づいた、僕はレイカを好きになってしまったんだ、と。
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