4-2 凸凹生徒会


「いはい! いは~い! やえれって~~!」


「やめないよ」


 放課後のとある一室、そこで一人の男子生徒が女子生徒の頬を引っ張ってイジめていた。


「おおひて~!? おえぇひゃん、あ~ぁはえひょ~?」


「なんか生意気だった」


 僕はそう言って横に伸ばしていた、優佳のほっぺたから指を離す。パチン! と音でもなりそうな勢いで元に戻ったほっぺたは、元の白さも相まって少し……いやかなり赤くなっていた。


「サトシ、どうしてこんなひどいことするの~!?」


「優佳が生意気なことをみんなの前で言うから」


「生意気って……ひど~い! お姉ちゃん、サトシに褒めて欲しくて頑張ったんだよ?」


「褒めて欲しいだけが理由なのっ!?」


 ここは多目的教室からできている、別館四階に位置する生徒会室。夕霞中学校では生徒達が授業を行う本校舎と、渡り廊下を挟んだ特別教室や職員室などの別館で構成されている。


 いまの話題は先ほどの全校集会。


 集会を終えてからは優佳に対する周りの目が激変した。

 ……そりゃあそうだろう。優佳が持つ言葉の力は、正直すごい。


 優佳は小さい頃から縁藤のおじさんに連れられ、知らない大人と話したりする機会に恵まれていた。


 小学生の時からその立ち振る舞いや、年上に対する礼儀を熟知していた優佳は、そんな大人たちに気に入られ、たびたび講演会に呼ばれては作文を読み上げたりすることも多かった。


 そんな環境で育ってきた優佳が、中学生の集会くらいで物怖じするはずがないのだ。一度だけ親父の誘いで連れて行かれたけど、人前であまりにもハキハキと喋るものだから……驚いた。


 いつもの優佳は正直ポンコツそのものなのに、大勢の前では全く動じず、本番にも強い。小学生の挨拶とか音読って、大抵「お~は~よ~ご~ざ~い~ま~す!」みたいなゆったり言葉だが、優佳にはその時期が訪れたことはない。


 普段はへにゃっとしているが大勢の前で胸を張れる優佳は格好いい。口には出さないが、いつしか僕も優佳みたいになりたいといつも思っている。


 ……でもそんな優佳を見ると僕は、少し寂しい気持ちになる。いつか、優佳が僕の見えないどこかに行ってしまう気がして。


 だからそんな時、いつも優佳を少しからかった。


 僕の前で見せる、お姉ちゃんぶろうとする姿に戻したくて。

 甘えてきながら、同時に甘やかそうとする、そんないつもの優佳の姿に。



「……いい加減そこでイチャつくのはやめてもらえる?」


 そう言って手にたくさんの資料を抱え、いつもの張り付いた仏頂面で睨みつけるサイドポニーの女のコ。


「エーコちゃん、おつかれさま! 書類ってそんな多かったの? わたしも手伝ったほうがいいかな?」


「お疲れ様です、会長。書類の方は大丈夫です、でも」


 そう言って僕の方にキッと鋭い視線を向けながら。


「こんなグズと話をしても、なんの為にもならないからやめて下さい。もし会長の品格が疑われたらどうするんですか」


「あはは、エーコちゃん冷たいよ~サトシは確かに色々と足りないこともあるけど、やる時はやると……思うよ?」


「なんのフォローにもなってないじゃないか! せめて言い切れよっ!」


 庇う気ゼロの投げやりなフォローにヤジを飛ばす。


「あら、それなら纏場も少しは資料の持ち運びくらいは手伝っ……」


「っしょ、これでいい?」


 僕は少しよろめいたエーコの手にしていた資料を、横から搔っ攫いキャビネットの中に収納する。


「……お礼は言わないわよ? 少しでも周りから良く思われたいんなら、残った資料を運ぶのも手伝ってよね」


「お礼を言って欲しいわけじゃないけど……資料ってまだそんなにあるの? 面倒くさいなぁ」


「あなたも下っ端なんだからつべこべ言わずに手伝いなさいよ。そもそもあなたがこうして生徒会には入れていること自体、奇跡のようなものなんだから」


 エーコは僕に対する文句を忘れることなく「手伝え」とばかりに入口の方を後ろ手に指差す。


「はいはい。じゃ優佳ちょっと行ってくるから」


「サトシが行くならわたしも行く~! 書類持ってくるの手伝う~!」


「それはダメ」「それは駄目です」


 それまで見事に憎まれ口を叩いていた僕たちの呼吸が一致する。ハモったことがシャクでエーコに「チッ」と舌打ちをして睨まれるが、優佳は「仲良しでずる~い」と不満げな声をあげる。


 エーコは聞こえないようにため息をついてから。


「……会長は資料の整理と情報の精査をお願いします。過去の資料を見て、今後を判断するのは会長のお仕事ですから」


「そうだぞ優佳、お前にしか出来ないことだ。たっ、頼りにしてるぞ……っ」


 僕は自分の発言に一瞬吹き出しかけたが、最後まで言い切る。


「え~ホント? そこまで言われたらお姉ちゃん、頑張っちゃおうかな!」


 優佳が自分の二の腕に力こぶをつくる仕草をし、意気込んで見せる。


「それでは、会長お願いします」


 エーコは軽く頭を下げ、僕らは資料室へと向かった。


---


「エーコ、上手く言いくるめたね」


「言いくるめるなんて人聞きの悪い言い方をしないで、適材適所よ」


「そんなこと言って。エーコだって優佳の資料運びには即NG出したじゃないか」


「しつこいわね、だからその代わりに嫌々あなたを連れてきたんじゃない」


 僕はエーコの辛辣な言葉に肩をすくめながら資料室に歩を進める。


 優佳は頭は回るが、いざ体を動かさせると強烈にドジだ。

 資料運びなんてさせたら確実に転ぶだろう。


 縄跳びに絡まって動けなくなったり、運動会の玉入れでは最後まで相手チームのカゴに玉を投げるし、あと中学の入学式なのに間違えて小学校に登校して来たこともあった。


 でも自分の得意分野はハッキリとしていて、自分のフィールドではカリスマ性を発揮し、周りの人々を強烈に惹きつけることができる。

 それが僕の……一応、自慢の幼馴染だ。


「それより『頼りにしてる』なんて浮ついた言葉を、さらっと口にするあなたの神経を疑ったわ」


「でもそれで場を収めたんだからいいじゃないか」


「会長にあんな非礼な態度を取るのは、いまやこの学校であなたくらいよ」


「それでも僕は優佳をサポートしたくて生徒会に入ったんだ、理由は真っ当だろ?」


「……人の耳に入るところで『優佳』なんて呼び捨てにするのはやめておきなさい、会長のファンに刺されるわよ?」


 僕はエーコの言を受け、周りをバッと見回した。

 ……幸い、話を聞いてるものはいないようだ。


「おどかすなよ、シャレにならないから」


「シャレにならないことを平気でつぶやくあなたが悪いのよ」


 別館は学級棟のない生徒会室、資料室、図書室などで作られており、さほど多く人の出入りはないフロアであった。そのため普通の学級棟のある廊下に比べ、掃除がさほど行き届いてはおらず、窓ガラスにはいつも薄っすら土埃が張り付いていた。


 少し薄暗く夜になっても廊下の蛍光灯はまばらに点灯しており、幽霊が出そう、なんて一部では揶揄されている。


「さ、着いたわ」


 エーコが寂れたドアを横に開く。


 中は埃っぽく、このフロアにしてこの部屋あり、と言った具合だ。清潔さとは縁遠く、資料室というよりは倉庫という名称がぴったりな教室だった。その中でも一か所だけ埃の薄いキャビネットがある。エーコは迷わずそれを開錠し、中にある資料を僕に手渡してきた。


『第三十二回文化祭 運営資料・議事録  著:第三十二回生徒会』


 去年の文化祭の資料である。


 僕たち、生徒会の最初であるところの大仕事、文化祭。

 それは翌月十一月に迫っている。


 夕霞中は文化祭のために、文化祭実行委員を組織することはない。各クラスが基本的に独立で企画運営をし、クラス単位での出し物を決定する。


 それを生徒会が各クラスの企画内容、進捗、予算を管理し、指示を出す。言うなれば文化祭実行委員=生徒会ということになる。前生徒会も務めている現生徒会長と現副会長がいるので、なにもわからないということはないが、三年生に協力を得たいのが本音だ。


 けど、やや文化祭の開始も遅い夕霞中では、あまり先輩方に付き合わせてしまうと、受験勉強に影響してしまう問題がある。


 先輩方も前運営として気にはかけてもらえるが、付きっ切りでいてもらえるほど本人達も余裕がない。だからこそ運営時の資料をしっかり残し、それを後輩がなぞって運営するというのが夕霞中伝統の文化祭準備であった。


「なにボーっとしてるの、早く持っていって」


 エーコはそう言って両手いっぱいに持てるだけ資料を抱え、資料室を後にしようとしていた。


「……ねぇ、エーコ」


「なによ」


「そんな両手にいっぱい抱えて、あと何回往復するつもりなの?」


「ここ十年分くらいの資料は持っていきたいわ、ざっくり七・八回にはなると思う。まさかとは思うけど、ここに来てめんどくさいからやらないとか言い出さないでしょうね?」


「いや、そうじゃなくてさ、あそこにある台車を使えば纏めて持っていけるんじゃないの?」


 僕は積み重なった机の横に鎮座してある数台の台車を指さす。

 L字型をした台車で、手押しで纏めて荷物を運べるアレだ。


 エーコはそれを見て少し固まり、Uターン。


「……たまには役に立つじゃないの」


 小さい声で言った。


「だからさっきからボーっとしないの、早く台車に荷物を積んで?」


 その表情は暗くてあまり読み取れないが、僕を睨み付けてることだけはわかった。


「はいはい」


 僕はその台車の埃を払い、キャビネットの横に付けてから、エーコと一緒に数年分の資料を積み上げていった。



 ――林 映子(はやし えいこ)

 今年度、生徒会書記を務めることになった隣のクラスの女生徒である。


 小柄……と言っても優佳よりは数センチほど高い。平均よりは低いだろうけど、いつも話している優佳に比べればそれでも大きく見える。


 トレードマークは「活動しやすい」がモットーの後ろ縛りにされてるショートポニー。そして茶に縁取りされたメガネから覗く、いつも半開きで訝しそうに人を見る……いわゆるジト目。


 僕と同じ時期に生徒会の仕事見学にも参加しており、生徒会に入る前は特別話をすることもなかった。


 話す前は無口で無表情の冷たいイメージ……いや、いまもそのイメージは大きく変化してはいないんだけど、実際は無口ではなかったし、無表情だがそれなりに感情を読めるようにはなっていた。


 判断するのは主に眉の形。


 いつもゆるっとしたハの字になっているが、怒ると僅かに向きを変える逆ハの字、あとは声のトーンでも少しばかり判断できる。まあ、それくらいでしかエーコを判断する物差しはないんだけど。


「それにしてもウチの学校は頭おかしいわね」


「どうしたんだよ、急に」


「だって生徒会発足から一ヶ月もせずに文化祭準備を丸投げよ? しかもその運営は資料を読んで勝手にやってください。って適当が過ぎるわ」


「そこには僕も色々思うところもあるけど、いままでの生徒会もやって来たんでしょ? だったらなんとかなるって!」


 僕はサムズアップして、ウインクなんかしてみせる。


「……根拠もなく楽観的ね、だから副会長にボロボロに言われるんだわ」


 エーコは心底呆れたような顔をして、僕が苦手とする奴の話を持ち出す。


「それは僕の良さを分からないアイツが悪い! 後に生徒会長になってアイツをぎゃふんと言わせてやる!」


「ぎゃふんって、いつの時代の言葉? それにあなたが生徒会長になったとしても、彼は三年で引退しているから興味ないと思うわよ?」


 相変わらずエーコは冷静に話の腰を一つずつ丁寧折って、僕の気力をガンガンに奪う構えだ。そうして無駄口をいくつも挟みながら、台車に一通りの資料を積み終えた。


 それでも、もう二・三回ほどは往復が必要そうであるけれど。


「これをエーコは台車なしでやろうとしていたのだから、あながち僕を馬鹿呼ばわりするできるほど、エーコの頭は良くなさそうだった」


 僕のすねに蹴りが入る。


「わざわざ思ってること声に出してんじゃないわよ」


「痛ってて、ナイスツッコミ……」


 弁慶の泣き所を正確に蹴り上げるエーコの爪先に、僕は素で目を潤ませる。ふんと鼻を鳴らしながらエーコが台車のハンドルを握ろうとしたので、僕はそれを片手で制し、ハンドルを横から奪う。


 エーコはなにか言いたげだったが黙って手を引っ込め、先に出口に向かって歩き出した。僕はそれを見て少し苦笑いし、エーコの通った道に従って、生徒会室へ台車を押し進める。


 ……これが林映子と僕との関係である。

 仕事だけの関係とでもいうのだろうか、不思議な関係だった。


 いままでは”仲良し”か”嫌な奴”の二択でしか人間関係を測れなかった。


 それが学校が変わり、生徒会という組織に属して初めてそんな人間と出会った。でも一緒にいて気まずいということはない、沈黙を当たり前に受け入れられる女のコ。


 それが僕とエーコの間に存在する、奇妙で不思議な関係だった。


---


「おっそ~い、サトシ! エーコちゃんとなにしてたの~!?」


 半時ほど過ぎ、生徒会室に戻った僕たちを迎えたのは優佳の不満そうな声だった。


「言ったじゃないか? 去年の資料を持ってくるって」


 僕は深く取りあわずエーコと台車に乗った資料をキャビネットに収納し、直近で使いそうな資料を机の上に重ねていく。


「あんまりにも遅かったから文化祭準備のスケジュールと、予算の代案は作り終わっちゃったんだからね!」


「え? もう!?」


 僕は聞き間違いかと優佳の方に視線を向けると、その隣には目にもしたくないイヤな奴も揃っていた。


「俺も確認したが、全く問題なかった。さすがは会長と言ったところだろう」


 ……なんの意味があるのだろう、片目を手の平で覆い、背筋をスッと伸ばした、小顔で高身長のメガネ男がそう答えていた。


 二階堂 傑(にかいどう すぐる)


 生徒会副会長にして二学年成績トップの男子学生、身長も中二の癖に百八十近い。


 無駄に三ヵ国語を話すことができて、家庭教師には既に高校の授業内容も教わっているという、誰得なハイスペックを兼ね備えた時代錯誤の三高少年。


 既に高校の推薦枠も確保されていて、冬休みからはイギリスの中学校に交換留学性として赴くらしい。そのまま帰ってくるな。


 先輩だから形式上の敬語は使うけど、態度とか言葉遣いが鳥肌モノ過ぎて、生理的NG判定が出ている残念な先輩だ。


「纏場、君は過去の資料を取りに行くだけで、なにをそんなに時間をかけているんだ?」


「はあ……すいません」


「文化祭までもうほとんど時間は無いんだ、それはいくらお前でもわかるだろう?」


「それは、はい」


「だったらあまり作業に時間をかけてくれるな? あと持ってきた資料はそれぞれのクラスの出し物別に分けておいてくれ。頭が不自由な君でも、さすがにそれくらいは出来るだろう?」


「……はい、最初からそのつもりだったので」


「オーケイ、それでは頼むよ。会長、今日の打ち合わせはこのくらいで大丈夫でしょうか?」


「そうだね、わたし一人だと進められないところがあったから助かっちゃった」


 優佳はいつもの調子で、あんなキザ野郎にも分け隔てなく笑顔を振りまく。


「そう言っていただけりゅ、と、俺もきゃう、協力した甲斐があるというものです」


 そしてまた二階堂は優佳の前だと噛みまくっている、意識していることがバレバレだ。優佳も優佳だから意識されているなんて思ってもいないだろうけど。


「それじゃ会長、今日はこれで失礼しゃせていただきます。……じ、自分の心はいちゅも会長と共にあります、何か悩みや打ち明けたい想いなどがあれば、い、いつでも相談してくだしゃい」


「ありがと~でもそれは大丈夫そうかな? でもなにかあったらお願いするね~」


 副会長は少し残念そうな顔をしたが、表情を引き締め直して踵を鳴らすと、

スッと頭を下げ、流れるような動きで生徒会室を後にした。



 ……これが現生徒会である。


 放課後に決まって集まるのは以上四名で、その他は生徒会会議の時に各クラスの学級委員長(三学年×五クラス)十五人が集まり総勢十九名。


 なんとも個性のある面々だ。優佳はその後姿に向かって笑顔で手を振っていて、エーコは黙々と優佳の作った資料に目を通している。


 そんなマイペースな集まりであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る