3-6 東部瀬川高校:新聞部長
『纏場、背伸びたわね』
「久しぶり。エーコも……少し伸びた?」
『まあね、一応優佳さんよりは高くなったんだから』
「……そうか」
『ま、いいわ。それよりさっさと話を始めましょう』
「にしても意外だったよ。エーコが東部瀬川で新聞部長をやってるだなんて」
『三年だからもう引退だけどね。って私がなにをしていても、あなたには関係ないでしょ』
「そう、だね」
『纏場は少し大人しくなったかしら?』
「そんなつもりもないけど、五年前に比べたら変わってても不思議じゃない」
『全然ちがうわ、気持ち悪いくらい別物。やりづらいったらないわね』
「やりづらいってことは、昔の僕は話しやすかった?」
『前言撤回、その人の上げ足を取ろうとするところは変わってない。やっぱり、あなたのことは……キライよ』
---
「それで、今日はいったい?」
『あなたが話のハンドルを握らないで。今日は私の聞かれたことにだけ答えればいいのよ』
「休日にまで呼び出しておいて、横暴だ」
『うるさい。まず一つ目』
「はいはい、どうぞ」
『あなたの提案でこんなセンスのない、薄汚い喫茶店に来たのだけれど、女性をこんなところに連れ込むなんて、一体どういう了見かしら?』
「いま、例の新聞のおかげで一応僕は有名人ということになってる。その状態で女の子と二人で会うのは良くないってので、人目のつかないところにしたんだ」
『そう。人の目を気にするくらいの頭はあるってことね』
「僕、どんだけエーコからの評価低いの?」
『質問はナシ。二つ目、あの新聞の中身はどういうこと?』
「あれは部長から記事にしたいって頼まれたんだ。僕も英雄的な内容で記事にされるんなら悪い気はしない、って」
『それはウソね、あなたが目立ちたいなんて理由でそんなこと許可するわけない。
私だってあなたと同じ夕霞中の生徒なんだから』
「そう言われても、僕はなにも言わないよ」
『構わないわ、はい次、三つめ』
「追及しないの?」
『いまはいいわ、私の知りたいことと直接関係がなさそうだもの。はい、三つめ』
「はあ、続けてどうぞ」
『あの新聞の女、誰?』
「佳川華暖、同じ高校で同じアルバイト先のコだよ」
『新聞の原文ママじゃない』
「といっても他に説明することないよ?」
『なんでキスなんかしてたのかしら?』
「それは……まあ押し切られたというか、なんというか……」
『はあ、乳繰り合った末に交通事故になんて遭ってりゃ世話ないわね』
「色々言いたいことはあるけど、ノーコメントで」
『あなた、その女と付き合ってるの?』
「そんなわけ! って、ちょっと待ってくれ。今回の件は取材じゃないって聞いてるんだけど、なんでそんなこと聞くんだ?」
『記事には載せないわ。私が……興味本位、で聞いてるだけよ』
「本当に?」
『あなたに不利益だけは起こさない、それだけは、絶対約束する』
「……」
『信じてもらえないかもしれない。でもそれだけは、本当だから』
「僕にとってなんの利益もないなら、応える必要もない」
『……信じて』
「……はあ、わかったよ」
『ありが、とう』
「いいよ。もう一回言っておくけど、華暖とは付き合ってない」
『でも普段からまるで恋人のような振る舞いだと聞いているのだけど、本当に付き合ってないの?』
「なに言ってるんだ? そんなこと聞かなくてもエーコにはわかるだろ?」
『四つ目。いま交際している人は?』
「……」
『いまのが一番大事な質問よ、答えなさい』
「いるよ」
『名前は?』
「縁藤……」
『エンドウ、誰?』
「優佳だよ、決まってるだろ」
『……そう』
「……」
『優佳さんは元気?』
「ああ、もちろん」
『いまはどうしてる?』
「……いつも通り。ふわふわしてるよ」
『ふふっ、ふわふわ、ね』
「ああ、ふわふわだ」
『どんなところが好き?』
「なんだよ、その質問」
『いいから答えなさい』
「……難しいな」
『それでも』
「頼りになるところ、かな」
『それは確かにあるけど……あなた男でしょ、言ってて恥ずかしくない?』
「恥ずかしいよ、でもエーコになら別に話してもいいかなって」
『……なによ、それ。謎の信頼だし、意味不明。他には?』
「ちょっと抜けてるところ。一見したら完璧なのにどこか抜けてて放っておけなくて、かなりの甘やかしぃだし、あと甘えん坊だ」
『ごちそうさま、ちょっと惚気すぎじゃないかしら』
「エーコが聞いてきたんだろ? ここまで来たら最後まで聞いてもらうよ」
『……いいわ、私が聞きたいことだもの』
「――元々、甘やかしぃな近所のお姉ちゃんだったけど、付き合ってからは甘えん坊になった」
「――なにかについてベタついてくるんだ。当時は中学生だったし、周りの目が気になって恥ずかしくてやめろって言ってたけど、やっぱりヤな気はしなくて」
「――気にし過ぎるくらい気にかけてくれるし、必要以上に心配する。僕が泣きたい時、怒りたい時には代わりに泣いたり怒ったりしてくれて」
「――それが本当に嬉しかったし、幸せだった」
「――だから優佳とは、恋人になれて、本当によかったっ……」
『ほら、拭きなさい』
「優佳といるとさ、本当に幸せで、明るいこれからが見えて、優佳と一緒なら頑張れるって思って、これからもずっと一緒だって思えてた」
『……そう』
「ごめん、ちょっとトイレっ」
『…………はあ、やってらんないわね』
---
『じゃ最後の質問、五つ目』
「はい」
『優佳さんの他に好きな人はいるのかしら?』
「……」
『別にはい、って言っても軽蔑しないわ。あなたのことなら最初から嫌いだし、軽蔑してるから』
「ははっ」
『いいから答えなさい』
「わからない」
『好きなんでしょ? その女の子』
「……わからない」
『どーなの?』
「好き、だったことはある」
『いまは?』
「やっぱり、わからない」
『わかったわ』
「悪い」
『いえ、それが聞けただけでも十分よ』
「なぁ、エーコ」
『なによ?』
「……君は、どこまで知ってるんだ?」
『なんの話かしら』
「わかった。なんでもない」
『それがいいわ』
---
『悪かったわね、私が呼び出したのに奢ってもらっちゃって』
「考えたけどね。あれだけ一方的に質問されて、罵倒されたのに、僕が奢るのか? って」
『そこまで思ってたのなら、無理しなくてよかったのに』
「僕も吐き出したかったこと、吐き出したかったから。自分一人で貯め込むのはキツイって、最近になってやっと理解したからさ」
『そう』
「うん。ありがとう、エーコ」
『……私なんて、礼を言われる価値もない女よ』
「……」
『ねえ、纏場』
「ん?」
『聞いて』
「うん」
『女って……子供を産むじゃない?』
「はあ? 一体なんの話を?」
『いいから!』
「……はい」
『お腹を痛めて、子供を産むの。その間、男はなにかしたくても、なにもしてあげられない』
「……」
『女が頑張ってる時に、男は自分の無力さを感じても、黙って見守らなければならないのよ』
「エーコ?」
『だから纏場――あなたは、なにがあっても耐え続けなさい』
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