2-5 デート


 ゴールデンウィークはまさに地獄そのものだった。


 店長の泣き言が厨房に響き、華暖チーフの罵声と叱咤が飛び交い、鈴木さんは貧血で顔が青白くなり、パートで入ってる主婦のおばちゃんは子供が風邪で早退。新人の女子大生は二日前に連絡が取れなくなった。


 僕もさすがに連日の仕事で疲れが溜まっていて、家に帰ったらすぐ寝る、という生活が続いていた。

 

 よく自宅と職場の行き返りだけの社会人、みたいな話を聞くけれど、彼らはもっと忙しいんだろうか……と、夢も希望もない想像さえしてしまう。


 ただ、それも今日で終わり。明日から学校、っていう名目で本日は早上がり。


 今日は華暖とのデートだった。

 待ち合わせ場所は、歩いて五分のショッピングモール。


 そのショッピングモールは緑のある散歩道を一つの売りにしていて、たくさんの樹木が敷地内に植えられている。施設としては映画館の他にファッション、美容院、生活雑貨、ゲームセンター、そして申し訳程度に設置された展望台が三階に内設されている。


 地元民は休日になると集まるが、遠方からも人がたくさん来るか? と言ったら、大手を振ってイエスとは答えられないくらいの規模である。


 華暖は十五時の退勤時間になった瞬間、着替えを済ませてすっ飛んで行ってしまった。一緒に行っても良かったんじゃないかな、と思ったけど、二人で出ていくところを誰かに見られても微妙なので、まあこれでいいのだろう。


 待ち合わせは退勤してから三十分後だったので、いまから出ても十分間に合う。


 僕は少し余裕をもって店を出た。

 華暖と外で時間を取って会うのは初めてだ。僕らはいつも学校と、その帰りに行くバイトでしか会うことがなかった。


 なので当然と言えば当然なのだけど、制服でしか会ったことがない。

 すなわち華暖と僕は、今日初めて私服で落ち合うことになる。


 待ち合わせ場所、ショッピングモールの入口。


 そこに華暖はいた。

 遠目にいつもよりおしゃれをした華暖の姿が目に入る。


 上は腰周りまである白のカットソーに、グレーのショーパンを穿き、足には黒タイツを纏っている。いつものように着くずしている制服の時とは違い、逆にこっちが正装ではないかと疑ってしまうような、落ち着いた色の佇まい。


 けれども本来の明るさを損なわない活発さ、軽そうにも見せるギャルっぽさを隠さない、いかにもイマ風なファッション。


 そんな華暖はスマホに目線を落とし……ているように見えるが、目線はきょろきょろ忙しなく動いていて、ここに来る誰かを探している。


 なんだろう。その姿を見てると少し緊張してきた。


 だっていまの華暖は、明らかに”意識”している。

 そんな姿を見てしまったら、僕だって少しずつ足取りが硬くなってくる。


 今日華暖がここに来たのは、馬鹿笑いのできる女友達としてではなく、一人の女性としてデートをするために来てくれたんだ。


 ああ、だからそんなこと考えたら、足取りがどんどん重くなるんだって!

 その時、華暖と目が合った。


「トッシ~、こっちこっち!!」


 先ほどまでの緊張などなかったかのように、満面の笑顔ではしゃぐ彼女。

 いつもと変わりない、気楽で、気兼ねのない存在。


 ……を装っている。


 それは緊張のせいもあるだろうけど、デートっぽさを意識してなくそうとしている、華暖の気遣いに見えた。


 華暖にとって僕は”恋人のいる男友達”だ。ところかまわず積極的に来られたら、さすがに僕も一歩引かなければって構えてしまう。それを理解しているからこそ、あえて”はしゃぐ”女友達を演出してくれているんじゃないかって。


 僕の考えすぎかもしれない。でも僕はそのお返しとして、出来る限り彼女が望んだ方向に、整え直すことで礼儀に応えたかった。


「華暖、ごめん待った?」


「ぜんぜんっ、待ってないから~」


 お決まりのやり取り、華暖は茶化すことなく控えめな笑みを返す。


「華暖、その恰好……」


「ん~?」


「大人っぽくて、その、すごい似合ってる」


「へ!?」


 すごい声を出して、彼女の顔がボンと赤くなる。

 僕が真正面から切り返してくるなんて想像してなかったのか、予想以上に慌てていた。でもそれは嘘偽りない本心だ。


 だっていまの華暖が纏っている雰囲気は、もともと心根が優しい、マジメな彼女に、とても似合っていた。


「あ、ありがと……」


 鈴の音を鳴らすようなか細い声で、僕の言葉を真正面から受け取った。


「僕もちょっとくらい、いい服着てくればよかったね、ごめん」


「そんなことない……トッシ~も結構ラフな格好、似合うじゃん。イイと思う」


「あ、ありがと」


 対する僕は薄手グレーのシャツに、濃い蒼のジーンズを穿いてきただけ。


 それなのになんだ、この嬉し恥ずかしいやり取り。

 ましてや華暖とこんな会話をする日が来るなんて、夢にも思わなかった。


 なにやら気恥ずかしい雰囲気になり、流れを変えようと違う話題を口を開く。


「……け、結構待たせちゃった、かな?」


「ふふ、トッシ~? その話、さっきしたでしょ?」


 けど緊張のあまり失敗する。


「なに、トッシ~緊張してんの? カワイ~とこあるじゃん」


 華暖が上目遣いになって、人差し指で僕の鼻を軽く押す。


 弱みを見つけたような顔して……!

 対抗心が燃え出し、反撃の材料を探す。


「華暖だって待ってる時、めちゃくちゃソワソワしてたじゃないか。緊張してたんでしょ?」


「なっ、そんなことないわよ! なんでアタシがトッシ~と会うのに緊張なんか……」


「スマホも内カメラにして髪型セットしてたし」


「み、見てたの……? このスケベ!」


「バイト先出ていくの早かったのも、いまだったら納得いくよ。……いつもより少し清楚な感じがするのも、いいと思う」


 男の僕には細かいことはわからないけど、今日の華暖はいつもより柔らかい色使いの化粧をしている。


「あ、あれはトイレ! トイレに行きたかっただけだって!」


 誤魔化そうとして「トイレ!」なんて叫んでいるが、それ自体が恥ずかしいことに気付き、照れ笑いを浮かべ一層顔を赤くさせる華暖。


 それを見ていると胸の奥がかゆくなるような、不思議な感じがした。


 ……こんな華暖、誰か見たことあるのだろうか?

 普段はバカ騒ぎして一緒に大笑いしてくれる友達、けどいま僕の前にいる華暖は、困ったような顔で照れ笑いなんて浮かべているんだぞ?


 いつもの華暖だっていいと思うけど、これは……卑怯だ。


「どうしたの、急に黙っちゃって?」


「……なんでもない」


 さすがにそこまで正直にはなれない、なっちゃいけない。


「やっぱり、ちょっと変えすぎてて、引く……かな」


 僕の心中を読み、華暖が視線を斜に落とす。


「そんなことない! ただいつもと雰囲気違うから、僕もちょっと緊張しちゃって」


「そ、そう?」


「だからさ、華暖」


 次の言葉を待ち、華暖が軽く息を呑む。


「今日はゴールデンウィークのお疲れさま会だ。ガッツリ遊んで、昨日までのこと忘れてやろう!」


「……うん!」


「よし、行こ!」


 心の中で優佳に一言謝ってから。

 僕は今日これからの時間を、精一杯楽しもうと決めた。


---


 と、意気込んだものの……


「も~ホンット、最悪だし!」


「ごめん、ホントごめんって!」


 映画が終わった三十分後。僕らは喫茶店に入ったが、ぶう垂れた華暖からはいまも文句をまき散らしていた。


「トッシ~、なにかアタシに恨みでもあんの!?」


「あるわけないよ、だからごめんって」


「ごめんで済んだら警察いらないっての! は~もうほんと時間、無駄にしちゃったじゃん」


「映画、つまらなかった?」


「……違うのわかってて聞いてるっしょ?」


 華暖が不満げな口調で、未だに瞳を揺らしている。


 時間を無駄にした。それだけ聞くと映画のチョイスに失敗し、つまらない時間を過ごしたように聞こえる。


 けれど実際は違う。無駄にした時間は映画を見終わった後の話だ。だって普通だったら映画を見終わった後、喫茶店に入るのに三十分もかからない。


 じゃぁ無駄にした時間って……


「山頂でのシーンはグッと来たよねえ」


「やめてやめて、映画の話は~! 思い出す、思い出しちゃうぅぅ」


 映画の事前知識なしで行ってしまった僕たちは、決してマッチングしてはいけない”泣ける作品”に出会ってしまう。


 その感動作の前に、映画館から出た僕の頬には涙の跡。同じく遅れて出てきた華暖の目から流れるのは、大量のマスカラとアイシャドウ……


 そしてそれの復旧作業に、三十分ほど時間を費やす必要があった。


「も~ほんっと台無し」


「や、だからホントごめん」


 待ち合わせ時の初々しい華暖はどこへやら。交わされる会話の温度は、いつもの僕達へと戻っていた。


「も~許すまじ、カム着火くらいまではいったかんね?」


「僕としては面白い映画見れたから、感想戦くらいはやりたかったんだけど」


「やるなら今度。会わなくても済む電話とかで、ね」


 そう言う華暖は泣きそうな弱々しい声とは裏腹に、次に連絡を取る口実くらいは取り付けようとする。そんな策士っぷりを見せるくらいには本調子に戻っていた。


 でも面白いと思ってくれてよかった。

 元々、この映画は華暖も気に入ってくれるような予感はしていた。


 だって華暖とは好きな食べ物、趣味嗜好を違えることはほとんどない。日本食が好きなところもそうだし、二人ともここで頼んだのは抹茶ラテだったり。


「でも久しぶりに映画見たけど、やっぱこ~いうとこで見るのっていいね。近くにあんだからもっと来てもいいかな~って思った」


「そうだね。でも毎回見るっていうと、なかなかお金的にきついものがあるよ」


「そっか、トッシ~ってお金自分でやりくりしてんだもんね」


「そういう華暖だってバイトしてるじゃん」


「アタシは別に小遣いも貰っちゃってるし、足りない時に言えばその分出してくれる。だからそういう考え方ってあんましたことない」


「そっか……でもバイトしなくてもいいのに、してるのは偉いと思うよ?」


「あんがと、でもアタシにはそういうとこでみんなとの考え方に齟齬が出る。本気でやらなくても親が助けてくれるって、どこかで思ってんだから」


「それは普通だろ? 僕たちまだ高校生なんだから」


「でもトッシ~は違うじゃん、したら意味ないよ。普通の高校生の考え方なんて、アタシ知りたいわけじゃないし」


 そう言うと僕のほうを恨めしい表情で見つめてくる。


「アタシ、トッシ~にだいぶ毒されてるんだからね」


「毒されてるなんて、人聞きの悪い」


「バイト初日に言われた言葉がまず『クサい』だったしね?」


「仕事場に香水なんてつけてくるほうが悪い」


「アタシとしてはいい匂いのする香水をつけてくるのは、身だしなみのつもりだったんだけど」


「だからそれは違うって指摘してあげたじゃないか」


「そういうトッシ~も大概でしょ。女性に向かってクサいなんて、デリカシーなさすぎ」


「それは、そうかもしれないけど……」


「そんなこと言いだすから最初は驚いた。男なんて女を適当に持ち上げて、一発ヤりたいだけの生き物だと思ってたしぃ?」


「一発ヤりたい、て……」


 相変わらず歯に衣着せぬもの言い。苦笑いするしかない。


「それなのにさ~? 『濃い化粧はやめろ』だの『言葉遣いを勉強しろ』『心がこもってない』とか散々こき下ろして」


「全部、事実だったでしょ」


「そうなんだけどさ、だからそれがムカついて、いつか土下座させてやりたくて、なんとか言ってることに粗を見つけてやりたかった」


「性格悪いなぁ」


「だけどアタシの代わりにお客さんに謝ったりとか、アタシのミスで文句言わず残業被ったりとか、なんか色々考えてくれてんだな~とか思って」


「……気付いてたんだ」


 華暖は得意そうな顔を見せ、グラスのストローを回す。


「それくらいはね。だからアタシもツマンナイこと考えてもしょうがないな。って。トッシ~はアタシを敵と思ってるわけでも、チョロい女だと思ってるわけでもないって分かったから」


「華暖の中の僕は、すごい両極端だな……」


「ま、でもそ~いうのに気付けたからアタシはこうやって、気兼ねなくトッシ~と話せるようになってんじゃん?」


「……そう思うとこうやって映画を見に来てるのが、奇跡としか思えなくなってきたよ」


「気づけて良かったよ、ホントに」


 華暖はふと無表情になり、グラスに浮かぶ氷をじぃっと見つめる。


「……本当に」


 そう繰り返す華暖に、僕は返す言葉が思いつかず、氷が解けて薄くなった抹茶ラテを飲み干す。


 華暖の勤務態度は最初、ヒドいものだった。


 ……店長とか先輩がしてくれればベストだったんだけど、店長は華暖の視線になんかビビっちゃってたし、先輩は華暖に近づこうと褒めちぎる。


 だから僕が注意をし始め、険悪な師弟関係は始まった。

 そしてその結果は、先ほど華暖が話してた通りだ。


「でもやっぱ、バイトしてよかった」


「そっか」


「バイトし始めた時の第一目標はクリア~したし」


 僕は大昔に聞いたその理由を思い出しつつ……今度はそれに反応しないことを選んで、高い天井に視線を向ける。


「相手は彼女持ちだし、本当は最後まで我慢するつもりだったんだけどね」


 ……なんかのどが渇いてきたな。先ほど空にしたばかりなのに。


「だから本当は既成事実作らせたり、新聞部に外堀埋めさせたりして、それからそれから……」


 いつの間にか氷を見つめる華暖には、邪悪な笑みが浮かんでいて、ぶつぶつと独りごとを言い始める。


「そしてアタシも家賃出してもらって、同じマンションに引っ越して、レ~カの家からトッシ~の家具を……」


 不穏な妄想を垂れ流しにして、いまにもケケケと笑い声を出しそうな勢いで……

 いつの間に華暖はこんなに濁りを溜めていた!?


「か、華暖、あのさ!」


 僕は立ち上がって店の外を指さす。


「せっかくだしモールの中、見てまわらない?」


 苦し紛れに、残りの時間の使い方を提案する。


「……いいよ」


 華暖は一瞬きょとんとした表情を見せた後、僕のとってつけたような提案に、柔らかい笑みで応えてくれた。


---


 夜に入ったショッピングモールは、屋外に設置された大光量の照明でライトアップされていた。敷地内に植えられている細身の樹木が、春風に揺られて一斉に葉擦れの音を響かせる。


 ゴールデンウィーク中の館内には、家族連れやカップルの姿も多く、それらに紛れて僕らは色々な店舗を回っていた。


 基本はウインドウショッピングで、目に入ったものに「かわいい」とか「くだらない」なんて適当な感想を言うだけ。


 キャラクターショップに入った時間より、陶器の置いてある店にいる時間が長かったり。メンズファッションコーナーではなぜか華暖が気合を入れ、僕はB系やらビジュアル系やらの服装に着替えさせられた。


 いろんな服装をさせてはいちいち爆笑し、挙句の果てには「普通の恰好しか似合わないね~」なんてひどい採点をした。


 その意趣返しに華暖に女性モノの服を見立ててやろう、って言ったら、ランジェリーショップに連れて行かれ、女性定員と結託した華暖にからかわれるハメになった。


 ――そんなどこにでもいるけど、どこにもいない、平凡なカップルの一組としてショッピングモールに溶け込んでいた。



「あ~楽しかったぁ~!」


「そりゃ華暖は僕を着せ替え人形にしたりして、楽しかっただろうね」


「にしてもトッシ~は相変わらずツマンナイ男ね。あんだけアタシが見立ててあげたのに、シャツ一枚しか買わないなんて」


「だから先立つものがないんだって」


「アタシはトッシ~に勧められたら、なんでも買っちゃうつもりだったよ?」


「……ランジェリーショップと水着売り場にしか連れて行かなかったくせに、よく言うよ」


「いいじゃん。トッシ~の好きなもの着てあげるよ? 着せたい下着も選ばせてあげるって言ってんだから、選べばいいのに」


「僕が目にすることは無いからいいの!」


「ま~たそんなこと言って~ガッコでは振り返りザマに胸元チラチラ見てるくせに~」


「!?」


「トッシ~結構ムッツリだよね。アタシ結構視線感じてるよ~?」


 ム、ムッツリって言われてしまった……


 そういうネタにはオープンでいたつもりだったのに、ムッツリって言われると自分のイメージが、その、すごい、おっさんになったような……


「あ、なになに? グサってきた? しょうがないじゃん、トッシ~下ネタとか弱そうだし、アハハッ」


 華暖は僕の動揺した姿を見て、カラカラと笑っている。


「そ、それはっ、たまたまそういうこと話す機会がなかっただけでっ……」


「なに言ってんの~? 話し出す奴は聞いてもないのにす~ぐ話し出すって。トッシ~はアレだね、オクテってやつだよ」


 華暖は僕の言い分にとりあわず、オクテだムッツリだとからかい続ける。

 なんでここまで言われなければいけないんだ……


 むしろセクハラ発言をしてほしいってことなのか?そうなのか!?


「じゃあわかった! そうだよ僕はおっぱいが大好きだ! いつもワイシャツのボタン開けすぎなんだよ! 見るに決まってるだろ、むしろ見せてるんだろ!?」


 僕はヤケになって、思ってもみなくなかったことを言ってやる。


 どうだ言ってやった!

 けれど華暖はそんな僕を鼻で笑い、ゴミを見るような目をしていた。


「なにそれ意味わかんないし、めっちゃサムくて、キモい。あとここにはウチの高校のコもいるから、周り注意したほうがいいよ?」


 と、通りざまに僕の発言を聞いたカップルも、ゴミを見るような目を向け……って二人とも僕たちと同じ高校の制服を着てるじゃないか。


「あ、えと、その、違くて」


 僕の消え入りそうな声に耳も傾けず、足早に通り過ぎていくカップル。


「アタシたちさ? 一応校内じゃ有名カップル扱いなんだから、顔割れてるし注意しなよ? 明日にはどんなウワサが流れてることやら~」


 絶望的な僕の表情とは対象に、華暖はずっと笑い続けていた。


---


 モール内に入っているショップも、早いところだとぼちぼち閉店作業を始め、僅かに館内から明かりが消え始め、蛍の光が流れ出した。


「もう閉館かぁ、はや~」


「それでも結構遊んだでしょ、まさか閉館までいると思わなかったよ」


「アタシのスケジュールでは人気の少ない散歩道のベンチに座って、暗闇の中でイイ感じになる予定もあったのに」


「それは……聞かなかったことにしてもいい?」


「いまからでも全然できるんだけど~? ま、これはこれで楽しかったからいっか」


 なんでも楽しければいいと、華暖らしくケロッと言う。


 ゴールデンウィークは本当に思い出したくもないくらい忙しかったけれど、最後は華暖も楽しんでくれたようだし、僕も楽しかった。


 華暖の新鮮な姿と、意外な一面を見ることもできたし。


 僕は少し浮ついていた。

 華暖とデートするなんて、これまで考えたことすらなかった。


 学校やヤジハチにいる時はたまたま同じ境遇なだけで、決して華暖と会いに来ることが目的だったわけではないんだ。


 けれど今日は違う。

 お互いのために、お互いが時間を作って会いにきた。


 どちらかが先に歩いて行ってしまうこともないし、目についた行動に小言を言うこともないし、相手がそこにいるって確かめるように、何度も相手の姿を、笑顔を目に収めた。


 それは磁石のように離れようとしても、寄ってしまう不思議な間柄で、そしてその引力に、熱に、どうしても”悪くない”って思ってしまう。……だから、少しばかり熱を冷ます必要がありそうだった。


 モールの出口に到着し、警備員に促されて敷地内を出る。


「もう遅いし、そろそろ帰ろうか?」


「ん~!? もうちょっと名残惜しんでよ~」


 今日何度目になるかわからない、華暖のぶう垂れた声。

 気の置けない関係だからこそ、気軽にぶつけられる不平不満の類。


「ごめん、でもレイカも仕事から帰ってきてるだろうから」


 僕はそこであえて、僕らと同年代の大家の名前を出す。


「……レ~カ、か」


 華暖の笑顔が少しずつ夜の闇の溶けていく。


「そうだ、今度レイカも入れて三人でまた来ようよ」


「……」


「華暖も知ってるだろうけど、馬鹿だけどいいヤツだしさ。ちょっと世間知らずなとこ、イジってやると結構面白いよ?」


「あのさ……トッシ~、さ」


「ん?」


「レ~カ、のことそんなに好き?」


「……どうしたの、突然」


「いやね、別にレ~カに妬いてるとかじゃないんだけど、レ~カからはアタシのこと、なにも聞いてない?」


「特に、は」


 そういえば二人が知り合いだというのは知っていたが、特に仲良しだとかそういう話は聞いてなかったな。


 先日、病室で顔を合わせていた時は、新聞部と一緒にレイカがまとめて全部追い出してしまったし。


「じゃぁ言っちゃうけど、アタシ特にレ~カと仲良くないよ? 強いて言うならアタシ正直アイツ嫌いかも」


「え……?」


 それは意外、いやショックだった。


 仲良しだというのが百歩譲って勝手な思い込みであったとしても、華暖の口から直接「嫌い」という単語が出てきた、そのことがショックだった。


「そっ、か……まぁそうだよね。人には好き嫌いがあるし、レイカは跳ねっ返りだから、しょうがないよね」


「そ~ゆ~のとは、ちょっと違うんだけど……」


「でも僕は好きだよ? いいところいっぱいあるし」


「……良かったら、教えて?」


 なんだ、この話の流れ。


 先日、華暖はレイカの名前を出した時に怒った。

 けど今日は打って変わって、レイカのいいところを教えてくれと言う。


 華暖がどうしてそれを聞きたがるのかも、わからない。

 僕はとりあえず歩きながら、レイカについて思いつくことを並べたてる。


 幼少時代の思い出、優佳と三人でよく遊んだこと。

 ぶっきらぼうだが、意外と他人思いで喜怒哀楽が激しいこと。


 思ったことはなんでも言ってくれて、謝るときはしっかり謝れること。

 あとはここ最近のエピソードなんかを交えて。


「優佳がいなくなった日には、感情振り切れちゃってなぜか胸倉だって掴まれた」


「ふ~ん」


「あとなぜかカップラーメンのヒヨコが好き。あれのグッズもらおうと箱買いなんかしてる」


「へえ」


「それに学校に通いながら、僕達と同じようにバイトだってしてる」


「……」


 華暖はそこで立ち止まった。


「やっぱ……知らないんだ」


「え?」


 華暖はすこし言いづらそうに、あさっての方を向く。


「このままでもいいかと思ってたけど、なんかよくない気がするから言っとくわ」


 でも、それは華暖の気遣いだったのだろう。


「トッシ~の見てるレ~カ、ニセモノだよ」


「……ニセモノ?」


「だってアタシが知ってるレ~カはさ、クラスの誰とも話さない冷たい印象のコだった」


 喜怒哀楽が激しく、表情がコロコロ変わって見てて飽きないヤツ――


「確かに二年の時に結構やんちゃな女だってウワサは聞いてたけどさ」


 僕達と疎遠になってからは新しい友人関係を築き、男女問わず慕われている存在だって聞いた。


「だけど三年で同じクラスになった時、必要以外のことはぜんぜん話さなかった、笑わない女だった」


 黙っていればカッコイイ女のコだけど、喋るとボロが出て以外にもイジりがいがある。


「連絡先を知ってるのは、修学旅行で同じ班だったから。彼女は事前に来ないって言ってて、本当に来なかったから仲良くしようもなかったけど」


 中学に上がってすぐの頃、まだ話すことはあったから連絡先は知っていた。


 だから優佳がいなくなった日、助けを求めるため数年ぶりに使った連絡先が、未だに生きているアドレスだったことに、ほっとした。


 ……あれ、そういえば。レイカに久しぶりにあった時、LINEすらインストールしてなかったような。


 未だに友達と連絡するとき、LINEを使わず、あえてメールでやりとりするようなこと、あるか?


「あと、これは聞いた話だけど」


 まだ、なにかあるの?


「レ~カ、一年の時に高校中退してるって」


 ……え?


 そういえば。


 一緒に住んでからレイカが制服着ているのを、一度も見ていない。

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