2-4 浮気性?


 現在、十九時。ヤジハチの事務室での一幕。


「店長、おはようございま~す」


「ああ、鈴木君かい? おはよう」


「出勤時間、十九時からですけど、もう出たほうがいいですか?」


「ん~確かにちょっと混んでるけど、チーフの二人が出てるから大丈夫だと思うよ?」


「でも纏場君、事故って骨にひび入ってるって聞いたんですけど……」


「あぁ、あれかい。確かにびっくりしたけど、意外と大きいケガにはならなかったみたいだ。ホントはもう一週間休んでくれてもいいんだけどね」


「じゃ休ませてあげればいいじゃないですか」


「本人たっての希望なんだよ。なんでも『いまのうちにもうちょっと稼いでおかないと』ってなにに使うかは知らないけどね」


「そしたらきっとアレでしょう、佳河ちゃんとデートに行くとか!」


「カグラちゃんと? そりゃまたなんで?」


「だって事故ったのって佳河ちゃん庇った名誉の負傷なんでしょ? だったら二人の間に愛が生まれてもおかしくないじゃないですか!」


「ははは、君は知らないかもしれないけどね、どうやらサトシ君はあれで他に彼女がいるらしいんだよ」


「えっ、マジっすか!?」


「ああ、どうやらそれはカグラちゃんも知っているらしくてね? ここにいると真面目に見えるけど、彼は結構色男なのかもね?」


「へぇ~そりゃ意外だなぁ、でも別に彼女がいてもいいんじゃないですか?」


「ん? いいって言うと?」


「だ・か・ら!愛人ですよ、愛人。佳川ちゃんはチーフですけど、彼が入ってきてから全く頭上がってないじゃないですか。アレはもう纏場君にプライベートも振り回されてる証拠ですよ」


「ん~そうかなぁ」


「そうですって! それに事故だってカガワちゃんを庇っての名誉の負傷ですよね? もう一層盛り上がってるに違いないですよ!」


「それにしても愛人かぁ。我々の世界では金持ちの間にしか出ない話題だと思ってたけど、最近は若者でもそういうこと言うんだねぇ」


「いわゆる体だけの関係ってやつですよ、お互いがその関係で満足してればそれでイイ的な?」


「……高校生相手に君も良く言うねぇ。ちなみに鈴木君は結構詳しそうに話すけど、そんな相手はいるのかい?」


「えっ俺ですか、え、えっと~、この間大学で、合コンには行ったけど、その……」


「なんか悪いこと聞いちゃったね」


「ええ、どうせ俺は年齢イコール彼女いない歴の妄想野郎ですよ……」


 そのとき、厨房から大きな声が聞こえてくる。 


「こらトッシ~! アンタは厨房入ってなさいって、あれだけ言ってるでしょ!?」


「しょうがないだろ? もう二番さんと七番さんを二十分も待たせてるんだ」


「まだ完治してないじゃない! 中でサポートするだけって約束したっしょ!?」


「非常事態にそんなことも言ってられるか! そんなことより華暖は五番さんのオーダー取ってきて!」


 そんなケンカでもするような剣幕で、仕事に従事する新旧チーフたち。


「……鈴木君、やっぱりちょっと早めに用意してもらえる?」


「そ、そっすね」


 その時、店内に食器の割れる音が響く。


「あぁぁぁ~お客様すみません!」


「トッシ~!? 言わんこっちゃない……すみません。お客様、代わりのお食事をすぐにお持ちしますので」


「……これはマズイなあ、店長も厨房入れます?」


「そうだねぇ。こういう時にサポートできてこその店長だしねぇ」


 二人は用意を済ませ、厨房に入ると……


「だからっ! いまのトッシ~が仕事しても迷惑にしかならないの! 

なんでわかんないかな!?」


「悪かったって、今回は僕のミスだよ。後は中で調理のほうに回るって……」


「ミスがどうとか言ってんじゃない! あんたはまだ治ってないからもっと休めって言ってるでしょ!?」


「そうもいかないって説明しただろ? それに元々人が足りないって話だから仕事始めたんだし、お金だって必要って……」


「もうなによ! 仕事とかお金とかって! アタシはこれだけ心配してるってのに! アタシと仕事どっちが大事なの?」


「ええっ!? その天秤どこから出てきたんだよ!?」


「ううん、もうここで決着をつけるしかない。アタシを選んだらトッシ~は専業主夫となって養われてもらうわ。仕事を選んだらその時は、フフフ……」


「なに笑ってるんだよ! 誰かに操られてるの!?」



「店長、これは……」


「う~ん、思ったよりも七面倒くさいことになってるねぇ」


「あっ、鈴木さん、店長おはようございます、すいません、いまお食事を落としちゃって」


「あ~嫌でも聞こえてるよ、サトシ君。後は任せて二人はちょっと休憩行ってきなよ」


「そんな、でも」


「こういう時に俺たち先輩がいるんだろ? ケガしてる後輩だけに頑張らせるわけにはいかないじゃないか?」


「鈴木さん……」


「ほら、だから二人はちょっと落ち着いて来な」


「わかりました、ありがとうございます。ほら華暖行こ?」


「まだ決着はついてないわよ? ほら決めた? アタシのヒモになるか、それとも奴隷になるか」


「後者の選択肢って奴隷だったんだ!?」


 そう言いながら、二人は休憩室に消えていく。


「店長」


「なんだい?」


「俺はまだ、彼女とかそういうのはいいかな~って、思いました」


「ははは、そうだね……」


---


 そのあと数十分の休憩を噛んでから業務に戻り、二十一時前にお客さんの入りが少なくなったということで、早めに上がらせてもらった。


 僕が退院してから二週間ほど過ぎ、四月ももう終わりだ。世間では新生活が始まったにも関わらず、ヤジハチのアルバイト希望者は一向に増えず、ゴールデンウィークのフル出勤が回避できないという、危機的な状況が差し迫っていた。


「ふ~ん、じゃぁレ~カとは五年の月日を越えて仲直りしたんだ?」


「仲直り……っていうかケンカもしてないんだけどね。状況だけがそのまま進んで、いまの状態に落ち着いたというか」


 先日、病室で華暖とレイカは数年ぶりに顔を合わせた。

 いまの話題はレイカの家に居候になった経緯についてである。


「でも、疎遠になったのはレ~カが離れていったからでしょ? なんでいまさら同棲なんてワケわかんない状況に収まるの?」


「同棲じゃなくて、同居ね。ハッキリした理由は僕にも定かじゃないけど、姉妹だからね、責任を感じてるのかもしれない」


 華暖は僕とレイカの数少ない共通の友人だ。


 元々疎遠になった経緯までは話したことがあったが、入院した時に優佳のことを聞かれ、その流れでレイカの家に世話になってることも話した。


「そ~そ~! それで思ったんだけど、ユ~カさんとレ~カが姉妹ってのにも驚いたわ」


「あれ、華暖は知ってたんじゃないの?」


「そんなの知らないって、こないだ病院で聞いたのがはじめて。いま考えても意外、ってか信じらないわ。顔もショ~ジキ似てなくない?」


「はは……まぁ確かに、あんま似てないかもだけどね」


「なんかユ~カさんはほわわっ! って感じだけど、レ~カは殺すッ! って感じだし」


「殺すッ! て表現でもなんでもないよね」


「実際、そうじゃん?」


「……ノーコメントで」


 この道は先日、事故にあった道だ。


 華暖はあれ以降、当然なのだが縁石を平均台にして遊んだりすることもなく、僕の後ろを半歩下がってついてくるようになった。僕としては、真隣にいてくれたほうが話しやすいのだけど。


「……アタシたち、さ」


「うん?」


「ゴールデンウィークって、全部シフト入ってんじゃん?」


「ホント、ひどい話だよね」


「近くの映画館も新作とか三作もぶち込んでくるし、ヤんなるよね」


「連休だからしょうがないよ。かき入れ時に新作をぶつけるのは当然といえば当然だし」


「でもさ、それでもアタシらだって遊び盛りの高校生じゃん?」


「自分で言うなよ、まあ言う通りだと思うけどさ」


「だ・か・ら! ってわけじゃないけど、休み明けは学校だからって理由で、アタシら二人とも十七時上がりのシフトねじ込んだんだ~」


「えっ、ホント? ナイスチーフ! いい仕事するじゃないか!」


「だからさ、バイト終わったらアタシらも映画見にいこ?」


「もちろん! 男女が入れ替わっちゃう映画、気になってたんだよねって……ええぇ!?」


 危うくイエス取りさせられるところだった、微妙にお手付きだけど。


「……なによ」


「いや、だって一緒に映画見に行くことなんて、これまでなかったのに」


「いつも一緒に帰ってるじゃん。……そのおまけで、映画に付き合ってくれてもいいでしょ?」


「別に嫌ってことはないけど、僕には……」


「ストップ、そんなの知ってるし。でも付き合ってくれないなら、アタシにも考えがあるな~?」


「なんだよ、考えって」


「実はこないだの事故について、アタシにもチョクで他校の取材が来てるの」


 えっ? 取材って新聞部を通して来るもんだと思ってるけど、華暖の場合そうでもないのか……?


「別に取材なんかどうでもいいんだけど、トッシ~に映画断られちゃったら、悲しくてヤケになっちゃうかも」


 急に華暖はバッグからハンカチなんて取り出して、わざとらしく目に押し当てて見せる。


「取材受けてスキャンダル的な、プラトニックな、あることないこと喋っちゃうかも……?」


「僕らは健全な関係でしょ! それにまずいことなんてなにも起きてない!」


「でも、当事者が涙ながらに語っちゃったら、そのないことも真実に……」


「ならないから! でもやめてくれ! なに書かれるか分からないけど、怖いから!」


「じゃあ映画いこっ、別に取って食いやしないって」


 な、なんてヤツ……! 人の風上にも置けない、悪魔の所業っ……!


「はあ、マジか……」


「なによ、別にいいでしょ~! ……それとも、そんなにイヤだった?」


 急に自信無さげに肩を落とし、憂いを帯びた笑みを浮かべる。

 くっそぉ、そんな顔見せられたら、断るに断れないじゃないか。


「わかった! いこいこ!! ゴールデンウィークは華暖と映画だ」


「ふふん、それでよし。あ、映画はトッシ~の見たいやつでいいよ~」


 いや、もう「映画に付き合ってくれ」ってアプローチから「映画はトッシ~の見たいやつでいい」でクローズしてる時点で目的と手段が……


 その時、華暖の方からけたたましくスマホが鳴り響く。

 いつも電話がかかってきた時の着信音だ。


「あ、なに? ……い~や」


 華暖はそう言うと電話に出ん……スマホを仕舞い、嬉しそうにバッグからいつもの手帳を取り出して、僕との予定を書き込む。


 その嬉しそうな顔を見てると、最近の変化に戸惑う反面、悪くないなって感じてしまう自分がいた。



 華暖は僕と一緒にいることが、自然じゃなくなった。


 以前だったら帰り道に僕の前を歩きながら、歩きスマホで喋っていたし。注意しても自分が楽しけりゃいいとばかりに、縁石を平均台にして遊んだりしていたし。


 電話がかかってきたらその場で他校の友達と盛り上がって、合コンの予定を入れていた。


 ……着信が来たとしても、スルーしたりなんてしなかった。

 相手の機嫌を伺うこともなかったし、視線をチラチラ感じることもなかった。



 華暖は空気を読まず、話の流れをぶった切って僕を映画に誘った。


 いつも一緒にいたからこそ分かる、いつも違う行動。

 なにかを変えようとする、意志。


 それは空気なんか読んだりしては永遠に変わることがない。


 先日の宣言をもって、華暖は変わった。


 きっと華暖にとっては、いい方向に。

 そしてその変化に僕は、戸惑っている。


 けど少し羨ましかった、すぐに行動を移すことができる華暖が。

 自分の手に入れたいもののために、これまでの物を壊し前に進む。


 それは空気を読まない行動なくして、できることではない。


 でも……僕はどうなんだろう。

 欲しいものがあって、手に入れたいものがあるはずなのに。


 それを空気を読んだりせず、しっかり手にしようとできているのだろうか……?


---


 それから数日、五月の初日。


 早い人はこの平日に休みを入れて十連休を作り、そうでない人も来たるゴールデンウィークに、自然と浮き足立ってしまう、そんな夕方。


「ほら、諭史遅いよ?」


「ま、待ってよレイカ、いつからそんな力付いたの……?」


「ん~仕事始めてからかな? 力仕事も多いしね」


 レイカが一週間分の食材が入ったビニール袋を、軽々と頭の位置まで持ち上げて見せる。


 そんなレイカは紺色の作業服に身を包み、一仕事終えた後とは思えないほど、ケロッとした顔をしている。


 それに対して僕は飲料も大して入ってない一袋で、息も絶え絶えだった。


「……ケガに響いたりしてない? 大丈夫?」


「大丈夫、右肩はまだ動かさないようにしてるから」


「だから私が全部持つって言ったのに」


「居候してる上に男の僕がなにも持たないわけにいかないだろ? ただでさえレイカに多く持たせちゃってるのに」


「そんなこと気にしなくていいのに」


「そう言うわけにもいかないって。僕だっていちおう男なんだから、女の子に甘えてばっかなんていられないよ」


「……そ」


 そう言うとレイカは背中に夕陽を浴びて先を歩いていく。

 今日は二人ともバイトが早めに終わったので、一緒に近場のスーパーへ買い出しに来ていた。


 にしてもレイカにこんなに体力がついてるのは意外だった。

 昔は病弱で季節の変化に弱く、いつも後ろ手に引っ張る足は遅かったのに。


 そんなレイカが僕の前を意気揚々と歩いて、後ろを気にする姿は、弱さを克服してくれて嬉しい反面、その変化に立ち会えないことに少し寂しさを感じた。


「見てよ、諭史。いい感じの夕焼けだ」


 両手の塞がっているレイカがあごで指し示したのは、国道沿いの防砂林の上に浮かぶ、強い赤を放つ太陽。


 赤と紫のグラデーションが空の境を曖昧にし、林立した黒い影絵の下で、帰宅ラッシュの車が忙しなく動いていた。


「もう陽も長くなったなあ」


「うん、春もそろそろ終わりだ」


 長年付き添った老夫婦のような、変哲もない会話。

 それが当たり前に出来ることが嬉しい。


「なんかいいな~こういうの」


「相変わらずそういうジジくさいの好きだよね、諭史は」


「いい感じの夕焼けって振ったのはレイカだろ?」


「目に入ったらイイとは思う。けれど花よりだんご、さっさと帰って夕飯を食べたい」


「風情がないなあ、レイカは」


 帰りを知らせる市役所のチャイム、適当な約束をして別れる子供たち。

 包丁がまな板を叩く音、どこからか漂う焼き魚のニオイ。


「そういうのを考えると、なんともノスタルジーな気持ちにならない?」


「なに? のしてやる、ジジイ?」


「……そのボケはさすがに無理がない?」


 そのツッコミにもレイカはシカトを決め、僕は溜息をついて、道脇の大きい公園に目をやる。


 通称ロケット公園。


 本当は市営第二公園といったお堅い名前だが、アスレチックがロケットのようなオブジェをしていることから、みんなにそう呼ばれていた。


 ベッドタウンでもあるこの地域は、国道からちょっと歩いたところに公営団地が連なっている。その子供達の遊び場とするべく、各地にこういった公園が点在していた。


 ブランコ、シーソーなど一般的な遊具に、盛り上がった小さな丘に、土管を突っ込んだトンネル。ジャングルジムなどは危険と言われて撤去されてしまったが、比較的遊具の多く残っている公園だった。


「ねえレイカ、ちょっと公園に寄っていこうよ」


「は? 私はもう帰ってゆっくりしたいんだけど」


「ここからそう遠いわけでもないし」


「私は労働後だっての」


 僕はレイカの意見を無視して一目散にブランコのほうに駆けていく。

 買い物袋をベンチに置き、そのままブランコを漕ぎ出す。


「ったく、諭史は変なところで子供っぽいんだから」


 そういうレイカもなんだかんだ言いつつ、同じように隣のブランコを漕ぎ出す。


「うわっ、座高低っ!」


 久しぶりに座って気付く事実、地面とブランコの位置が驚くほど近い。子供に合わせて作ってるから当然なんだろうけど、地面がスレスレ過ぎて逆に怖い。


 片手を庇いながら足を最低限だけ動かし、体重だけをかけてブランコを漕ぐ。


「あーした、天気に、なぁーれっ!」


 そう言って片方の靴を飛ばす。

 フライで飛んで来たら間違いなくキャッチできそうな、飛距離のない高さだけの射出。


 そしてパタと倒れた靴は横向き、だった。


「諭史らしい、つまんない結果だ」


「なにを~!?」


 そういってもっと強めにブランコを漕ぎ。


「表だったらっ、優佳が帰ってくる!!」


 今度は先ほどより高く、鋭斜角九十度にも匹敵する打ち上げ!

 ロケットの発射をも思わせる計算しつくされた、世界最高峰の技術力!!


 その人類の英知をもってして発射された、栄光の結果は……


「キターーー! おもてっ!」


 渾身のドヤ顔をレイカに披露したところ、永○君に嫌味を言われた、藤○君のような顔をしていた。


「って、靴両方飛ばしちゃって! 靴下に土付けた足でなんて家上がらせないからね!?」


「じゃあレイカ取ってきてよ」


「調子に乗んな!」


 そう言いながらレイカもブランコを激しく漕ぎ出す。


「私だって、私だってなぁ~!!」


 レイカも右足の靴を脱ごうと、左足で右のかかとを引っ掻く。


「表だったらっ! 諭史が私の言うことをひとつ聞くっ!」


 レイカの足から勢いよく靴が射出される。


「えっ、ちょっと待った! 僕は許可なんて出してないよ!?」


「もう賽は投げられたのっ!」


 なんて横暴な……まあ結果はどうあれ、僕が願いを聞いてやる義理なんか……


 レイカの靴はまだ空中を舞っていた。


 回転して、回転して、回転して。


 そのまま公園の敷地を飛び出し。


 軽トラックの荷台に着地し。


 そのまま国道へと入っていった。


 ……カァカァというカラスの鳴き声が遠くで聞こえる。


「……」


「……」


「よ、よしっ! 表っ!!」


 レイカが拳を夕闇に掲げてガッツポーズをする。


「は?」


「諭史には言ってなかったけど私、視力五.○あるから」


「いや五.○あってもアオリに囲まれた荷台の中身まで見えないよね??」


「それくらい想像できるようにならないと」


「それは想像じゃなくて創造だよ……」


 レイカは顔に冷や汗を流しながら、去っていくトラックを見つめる。


「じゃ諭史! 覚悟しな!!」


「ちょっと待ってよ! トラック追いかけなくていいの!?」


 レイカは質問には応じず、ニヤリとイタズラな笑顔を見せる。

 どんな理不尽なことを言われるのか……


「諭史、来週の日曜ってなんの日か知ってる?」


「来週の日曜……?」


 五月の二周目。


 ゴールデンウィークが終わり、社会人たちが精神病を訴え始める頃、やってくる誰かにとっての特別な日。


「……知ってる」


「じゃあさ、買い物に付き合ってよ。久しぶりに」


「今日、付き合ったばかりだけど」


「違うって。……わざと言ってるでしょ?」


「わかった、行こう」


 それを聞くとレイカはなにも言わずブランコから飛び降り、僕の分の荷物もベンチから抱えて、片靴下のままでそそくさと家に向かって行ってしまった。


 ……わかりやすっ。

 荷物が多くなったにも関わらず、軽くなったレイカの足取りに笑みを零す。


 買い物に付き合うってのは建前だ。

 それに言うことを聞く、なんて言わなくてもその日だったら聞いてあげるのに。


 買い物という単語は照れ隠し。

 目的は買い物じゃなくて、その日に誰かといるということ。


 その日は僕が五年間祝えなかった、レイカの誕生日だった。

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