2-3 新聞部


 少し話は飛ぶが、その日の放課後、僕は新聞部に呼び出しを受けていた。


 昨日リリースされた僕と華暖の記事が公開された後、新聞部のアクセス数が爆発的に伸び、日別で過去最高になったことで簡単な祝勝会(?)を開くとのことだった。


 華暖は惜しくもバイトがあったので参加できず、僕が単身での参加だ。

 ……まあ本人は「休みでも行くワケないじゃん」とか言ってたけど。


 ちなみに僕は一応ケガをしているので、華暖のゴリ押しで店長に一週間のバイト休みをもらえることになった。


 人が足りないのは承知していたので、簡単な手伝いだけでもと思ったが、店長にも「ウチのチーフを守ってくれたヒーローに、そんなひどい扱いはできないよ」と断わられてしまった。


 僕はそれに甘えることにしたのだけど、そんな店長だからスタッフの辞めたいって声を、引き止めたりもできないんだな……なんて思ってしまった。


 それはさておき、そんなわけでやってきました新聞部室。

 扉を開くと今日何度目か分からない注目を集める。


 こっちを見てパッと笑顔になったのは、ちっこい部長こと明智さん。


「おお! マトバさんお早いお着きで! ささ席は用意しておりますのでこちらに~!!」


 そして僕は長机を四つ付き合わせたお誕生日席に座らされ、近くにやってきた下級生に「失礼しますね」と言われ、三角帽子を丁寧にゴム付きで被せられる。


 それからも代わる代わるの部員と思しき下級生たちが、机にお菓子やらジュースをセッティングしていく。


 待たされる僕は、自然と手持ち無沙汰。


 一言手伝うことがないか声をかけたが「主役にそんなことはさせられません!」と一蹴されてしまった。


 と、そんな居心地の悪さを感じていたところ。


「纏場サン、今日はわざわざお越し頂きありがとうございマス」


 目の前にコーラの注がれた紙コップを置き、斜め前の席に大江戸君が腰かける。


「こちらこそ招待してくれてありがとう」


 やっと知り合いと話すことができて、ホッとする。


「新聞部、たくさん部員いるんだね」


「エエ、なんだかんだ自分も入れて二十三人いマス」


「そりゃ多い」


「そうイエば、今朝職員室に呼び出されたって聞きましたがナニかあったんデスか?」


「ああ、あれか……特にはなにも」


 呼び出されはしたけど覚悟していたことはなにも起きず、僕と華暖は拍子抜けした。


昨日、休校の連絡をした時に、担任の先生には交通事故にあったことを伝えている。電話では同情されたり、お見舞いに行くか? など言ってくれたが、その日に公開された新聞部の記事には、キスシーンだけがデカデカと載っているのだ。


 それだけ見てしまえば不純異性交遊云々に問われることは間違いないし、僕たちになにかしら処分があることだって考えられた。


 けれども先生方はその新聞に書いてあることをちゃんと読んでくれていた。


 華暖にケガがほぼないこと、僕が入院することになった経緯。問題にするどころか職員室にいる先生から、お褒めの言葉をもらってしまい僕らはタジタジだった。


「ひとつ、言われたとしたらバイトのことだけだったよ。一応バイトは学校の許可制になってるから、いまからでもちゃんと申請してくれって」


「ヘエ、ウチの学校って意外と理解あるんデスね」


「ね。僕も驚いた。むしろ先生方にも華暖との関係を冷やかされたくらいだよ」


「ハハ、それはそれで複雑デスね」


 大江戸君と話がひと段落すると用意が一通り済んだのか、忙しくしていた部員たちがみんな着席し始めていた。


「始まりマスよ」


 部長以外の全員が座り、

全員に飲み物とケーキが行き渡っているのを確認すると、部長は鼻息を荒くし――


「みんなァ~~!! ノってるか~い!?」


「「イエ~イ!!」」


 ……僕だけを取り残しなにか、始まった。


「今日はっ! 夕霞東高新聞部の祝勝会にお集まりいただきっ、ありがとうございます!」


 小さい体にありあまる元気を振りまいて、部長が熱弁する。


「先日アップした記事、これが初の日間一万アクセスの大台を突破! 過去のアクセス数十三万のうち二万アクセスを短日で記録し、県内の新聞部アクセスランキング月間一位という輝かしい記録を達成しました!」


 至る所から歓声が上がり、部内のテンションは最高潮だ。


「そして! 今日は号外記事のヒーロー、マトバサトシさんにもお越しいただきましたぁ!」


 そうするとみんなが隠し持っていたクラッカーが硝煙を上げ、僕の頭上目がけて祝砲という名のテープを飛ばしてきた。


 僕は一身にテープの洗礼を浴び、頭にクラゲでも乗せたかのような姿で、シャッターの嵐に苦笑いとピースで応えてみせる。


「交通事故とはとても恐ろしいものです。ですがクラスメートの危機に自らを顧みず手を差し伸べる、これは並大抵の精神ではできないことかと思います!」


 部長は凛としてそう言い放ち、みんなウンウンと真面目な顔で頷いている。

 ……ちょっと照れクサくなってきた。


「そしてご自身もケガを負われてしまったのにも関わらず、記事への取材協力、

そして無理を押してこの会に参加して頂けたマトバさんのなんと器の広いことか! 我々も見習わなければなりません!」


 すると今度は人懐っこい笑みを見せ、近場に置いてある紙コップを取る。


「さて、そんな前置きが長くなりましたが、マトバさんへの感謝と、完治への願い。それと新聞部のこれからの発展を願って!」


「「「乾杯!!」」」


 音頭が上がり近くの人とコップを打ち付けると、みんな僕のほうに集まり乾杯を求めてくる。


「キャー! 本物の先輩、写真で見るより格好いい!」

「骨折って聞きましたけど、もう繋がったんですか!? 恐ろしい生命力ッス!」

「先輩、一緒にツーショットの写真撮ってもらっていいですか!?」

「俺、感動しました! サイン書いてください!」


 次々とハイエナのようにやってくる新聞部のコたち。

 あの部長にして、この部員。


 野次馬根性……いや好奇心を持て余す彼らは、立派な資質を持ったコたちなのかもしれない。


 何人かのリクエストに応えていると一団から割って入ってきた影がいた。部長と大江戸君だ。


「マトバさん、このたびはほんと~にありがとうございます!」


「これで新聞部も安泰デス」


「そこまで言われちゃったら、僕も嬉しいよ。ありがとう」


 そう言いあって三人で紙コップを打ち付けあう。


「マトバさんはもうご覧になりました? 私たちのトップページ」


 そういって先ほど部長が用意したプロジェクターに画面を表示させる。そこには嬉し恥ずかし、僕と華暖のキスシーンとアクセス数がそこには乗っていた。


 昨日: 12,634

 今日:  9,503

 合計:136,255


「新聞部のページも運営し始めて五年デスが、このアクセス数見れば纏場サンにも伝わりマスよね?」


 これは確かに……すごい数値の伸びだ。


 五年で十三万、昨日今日で二万も稼いでいるということは、約一年分を二日で稼いでしまったことになる。


「特に他校の新聞部からの連絡が凄いんですよ! ウチにもお宅のマトバさんを取材させてくれって、アポが既に四校から来てます」


「うわぁ……」


 先日の病室のやりとりが思い出されて僕はげんなりする。


「モチロン取材の条件として、探し人に協力する話は他校の部長さんにも話してマス。だからできるだけ取材を受けてあげたほうが、情報の精度としては良くナルかと……」


「そっか……そりゃそうだよね」


 僕は少しこれからのことを思い、机に上体をぐで~っと伸ばしため息をつく。


 他校の新聞部長に面識もできれば、綿密な協力が受けられるし先方の心象もいい。 行動力の限界がある個人の力に頼るより、何倍も成果が上がるだろう。


 でも、さすがに人目にさらされ続けるというのは、結構疲れる……


「でもでも、いいじゃないですか! どこでもヒーロー扱いなんですから! これはこれで楽しくないですか?」


「そりゃ、僕だって悪い気はしないですけど、あんまり人前に出たり目立ったりするのって得意じゃないっていうか」


「慣れですよ、慣れ! 自分を売り込む力! これはオトナになった時に大いに役に立ちますから!」


「ほんとポジティブだなぁ……」


「ワタシなんて体も小さいですからね! だから少しでもインパクトを自分に持たせないとやってけないんですよ!」


「……いろいろ考えてるんですね」


「ま、一応部長ですから」


 そう言って腰に手を当てフフンと鼻を膨らませる。


「――ちなみに一つ聞きたかったんですが」


 そう言って部長は初めて少しためらいのようなものを見せた。


「そのユウカさんって方が、本当の彼女さんなんですよね?」


「うん、そうだよ。だから華暖には悪いなって思ってる」


「……? ユウカさんにではなくてカグラさんに罪悪感、ですか?」


「うん、ウソのウワサが広まって周りに祝福なんかされたら居たたまれないでしょ」


「確かに、それはそうですね……」


 部長は少し苦笑いを浮かべる。


「それにそのウソを否定することができないところまで巻き込んじゃったんだ。最終的には僕が振られたことにしてメンツは立てるつもりだけど、なんていうか心苦しいなって思って」


「……なるほど。しかしユウカさんは気にしなくていいんですか? もしどこかでこの記事をユウカさんが見てしまったら、新しい彼女ができたって思って余計マイナスなのでは?」


「それに関しては大丈夫。優佳がこれを見たら『サトシが私のいない間に浮気してる!』って怒って戻ってくるはずです。その反応に期待して今回の記事にオーケーをしたっていうのも少しあります」


「ハハ、なるほど! 怒るのを逆手に取るってことですか。マトバさん、やり手ですね」


 部長は笑って手を打つが、必ずしもそうなるわけではない。


 僕が優佳に見捨てられた可能性がゼロでない以上、この記事が決め手になって戻るのを断念する可能性だってあるんだから。


 あ、少し暗い気持ちになってきた。


「……それより楽しい話しましょうよ、今日はあくまでパーティなんですよね?」


「そっ、そうですね! ほらエリ! マトバさんに追加のコーラを注いで差し上げて!」


 そうすると部長よりちんまいツーサイドアップの女の子がトコトコ近寄ってきて、ペコっと一礼をすると両手で一生懸命コーラを注いでくれた。


「ありがとう」


 そうすると首を縦にぶんぶんと振り、ニコッと笑ってくれた。小動物みたいで可愛らしい。


「あ、あのっ先輩! なにか記事で気になるところとかありませんでした?」


 注ぎ終わるや否や、エリと呼ばれたコが控えめに記事のお伺いを立ててきた。


「特に……いや気になると言ったら全部気になるけど、なんで?」


「纏場サン、エリは今回の記事の一面を担当したんデスよ」


 大江戸君がコーラを飲みながら教えてくれる。


「えっ、でもエリちゃん、かな? は一年生なんだよね?」


「そう! エリは我々新聞部の期待の星なんです!! 彼女の文章にはパワーがあって、いつかは一面を書かせたいって思ってたのですが、それが今回の記事の内容と相まって、大爆発したんですよ!!」


「今回の爆発は纏場サンのおかげですが、それを影から持ち上げたのがエリなんデスよ」


「そ、そんなっ、そこまで褒めてもらうなんて……恐縮ですっ」


 エリちゃんはとても恥ずかしそうに眼を><の形にして照れる。

 すると他の一年二年の子たちも集まってきた。


「いやエリちゃんはすごいよ~私にはあんな踊るような文章書けないって!」

「普段は大人しいのに本物の新聞のみたいな文章書けるなんて思わなかったぜ!」


 周りが褒めまくるので彼女の顔がどんどん真っ赤になっていく。


 そして熱暴走を起こしてしまったのか、顔を真っ赤にしたかと思うと、ヘナヘナと近くの席に座りこんでしまった。


 周りのみんなは微笑ましそうにその姿を眺め、温かい雰囲気に包まれている。


 ……僕が知らなかった学校の一つの姿。

 こういうのを青春の一ページっていうのかもしれない。


 僕は高校に入学してからすぐにバイトを始めた。


 別にそれは辛いことでもなく、バイトを楽しんでいたので、僕にとっての青春(のようなもの)はなにかと聞かれたら、それはアルバイトだったともいえるだろう。


 けど僕に違う道があったとしたなら、部活動をやるのはアリだなと思えた。

 こんな素敵な空間で素敵な仲間と、時を過ごしてみたいって。


 ……少しだけ昔を思い出し、胸が痛んだ。


「さて、それではワタシも後輩たちに混ざってきますか!」


 部長は椅子から飛び跳ねるように立ち上がると、後輩たちの中に走っていく。


「相変わらず元気な部長だね」


「ハイ、そんな部長だからみんなちゃんとついて来るんデス」


 大江戸君はプロジェクターに移った新聞部のサイトの画面を更新する。


 当日アクセス数は9,500から10,200に伸びていた。


 僕はもう一度、新聞部員たちのほうを見る。

 みんな笑顔で、冗談を言い、ふざけあっている。


 その幸せそうなワンシーンを眺めながら、僕はふと逆のことを考えていた。


 華暖はアルバイトと合コン。部長と大江戸君は新聞部。


 みんな、それぞれの生活がある。


 でもレイカはどうなんだろう。

 レイカは過去のことも、派遣のことも、学校のことも僕には話さない。


 僕の見えていないところで、レイカはちゃんと楽しいプライベートを過ごせているのか、って。

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