1-5 で、なんで僕は彼女の妹と暮らすことに?


「愛してるよぉ、サトシくぅ~ん!」


 半年ぶりの再開、僕はその抱擁を……


「クサっ! 暑苦しいっ!!」


 受け入れることなく、抱きつこうとする店長を引き剥がす。


「……暑苦しいはいいけどさ、クサいはちょっとひどくない?」


 拗ねたように言いながら距離をとる、暑苦しいヤジハチ店長こと、サクライさん。


 筋肉隆々で角刈りにした出で立ちは、怖いイメージを持ってしまうが、仕事で怒られたことなど一度もなく、虫一匹殺せないような優しい人だ。


「相変わらず従業員増えてないんですね。生活が変わるシーズンだから、バイトも増えてると思ってたんですけど」


「そんな他人事すぎるぞ、サトシ君? キミがいなくなってから辞めたいってスタッフの声が多くなったんだから」


 腕を組んで、そしりの目を向ける店長。


「それは……そうかもしれませんね」


 僕は顔を伏せる。


「……なにせ厨房もホールも担当して、クレームの土下座部長も兼任。新メニューの試作と新人研修、そんな便利なコマがいなくなったら、現場も回らないでしょうねええ……!」


「あ~悪かった! その節はホント~に申し訳なかった!!」


 半年前に僕が務めていた、そば処ヤジハチ。

 僕が受験勉強を始めるにあたって辞めたバイト先。


 時給は悪くはないけれど、従業員が少なく仕事量も非常に多い。

 そのためコスパが見合ってないと判断した方々は、数ヶ月もしないうちに辞めていく。


 そしていつの間にか僕は最年少で一番のキャリアとなった。

 しかし高校生のため役職を与えられず、給料も変わらない。


 そんなブラックさながらの労働環境で二年間働いてきた。

 ……我ながらよく続いたと思う。


 ちなみにヤジハチは夕霞市内の百貨店上層に内設されており、休日は家族連れが大勢来るので修羅場と化す。


「テンチョ~? も~すぐ夜の仕込みに入んだから、メンセツ早めに終わらせてよ。どうせ採用するの決まってんだしぃ?」


 振り返ると後ろから割烹着姿の女中……もとい華暖が顔を出す。


 昔ながらの割烹着に三角巾。

 よくもまあ派手好きの華暖が、この格好で仕事をする気になったものだ。


 しかも華暖の場合、たすき掛けがやたら胸元を圧迫するので普段ボリュームのあるソレが一層……


「まだ暇だから大丈夫でしょ? それにカグラちゃんがいれば厨房も回るよね?」


「なに言ってんのぉ? こないだだって家族連れが二組来ただけで、テンパってミスオーダーしたくせにぃ?」


「あっ、あれは、フロア入るの久しぶりで……」


「だ~か~ら~! 店長がフロア手伝うこと自体がおかしいって言ってんの!

アンタはパソコンカタカタやって、発注とか売り上げ管理するのが仕事でしょぉ!?」


「ひいい、ごめんなさい……」


 ……店長が現場の従業員から尻に敷かれているのはいつものこと。

 半年前まで見た姿とまるで変わっていない。


 そしてその役割はいま華暖に引き継がれている。

 ……う~ん、今更だけどこれって店として大丈夫なのか?


 この状況を見て、チーフとしての仕事とはなんだったかを思い出してみる。


「お! 華暖の割烹着見るの久しぶりだなぁ、やっぱ似合うね」


 話の流れなんて関係なく、空気を読まず会話にしゃしゃり出る。


「……カッポー着のカッコ褒められても別に嬉しくないっての」


「華暖が嬉しくなくても、僕は嬉しいよ? 普段は快活な女の子が、着るもの一つでこんな家庭的に見えるなんてね」


「そんなにジロジロ見ないでよ」


「いいじゃないか、減るもんじゃないし」


 少しブスっとした顔で、視線を逸らす華暖。


「……トッシ~は家庭的なのと、普段のアタシどっちがいいと思う?」


「難しいなあ、やっぱり普段の華暖があってこそ、いまの家庭的な雰囲気にグッとくるものがあるというか」


「どゆこと?」


「ギャップってやつかなあ、普段は明るい女の子が急にしおらしくなると、かわいく見えるとか、そんなの」


「なんかオタクくさ……ほぼコスプレじゃん、それ。ホントに褒められてるのか分かんないけどぉ」


「普段の明るい姿の華暖はいいな、ってそういうことだよ」


「……普段のアタシ、かわいいと思う?」


「うん、自信もっていいよ」


「そっか、ならいいや。褒めてくれてありがとね~」


 そういって袖口握り、フリフリしながら厨房に戻っていく。

 僕は店長に向き合いなおして、ちょっとドヤ顔をしてみせる。


「ああ……本当に助かるよぉ、それでこそサトシ君だぁ~~!」


 僕はそう言われて少し悦に入る。


 でも、もしかすると僕が華暖にそうしたように、店長もそう言って僕を持ち上げているだけなのかもしれない……


---


 そんなこんなで即採用、即出勤……は出来ないけど、主なここ半年の変化とか、

人の出入り(出の部分しかなかったんだけど)新メニューなんかを軽く聞いて、華暖の退勤まで軽く時間をつぶしていた。


「おっつ~待っててくれてて、ありがとねぇ」


「いいよ、僕も忙しいわけでもないし」


「受験生だろ、少しは忙しくしたら?」


 店長の好意でまかないを食べさせてもらえることになった。

 帰りにタダでまかないを頂けるのが、この店で働く数少ない利点だ。


「テンチョ~!? シメ鯖定食ワサビ盛り盛りでぇ~!」


 厨房から「はいよ~」と返事。


「新メニュー?」


「バリ美味いよ、アタシ的にはここ最近じゃ一番のヒット」


「そば屋なのにしっかりした定食があるのがいいよね。ただシーズン変わるとメニューがごっそり変わるから、厨房やる側は大変なんだけど」


「そう? なんだかんだ季節の魚変わるくらいで、レシピはあんま変わんないじゃない?」


 そんな経験者だけにしかわからない、話をとりとめもなく続ける。


「華暖も厨房も入るようになったんだ?」


「あったりまえでしょぉ? だってやる人抜けたけど穴埋まんないしぃ?」


「それはごめん……」


「あ~……それはいいって、トッシ~にはもろもろ借りがあるし?」


「そういえば箸なくなる事件は?」


「あ~六十過ぎのジジイがバッグの中にジャラジャラ入れるの見つけたからゲンコー犯。最初は間違えたなんの騒いでたけど、オマワリ呼んだら一瞬でゲロっちゃった」


「華暖、仮にも食事中なんだから言葉選んで……」


「あ、しっつれ~」


「まったく……それと吉田の社長は?」


「いまもまだよく来る。トッシ~いなくなってから前にも増して、粘着して声かけてくるからウザいのなんの!」


「なぜかあの人、僕がいるときは大人しかったよね?」


「そ~ね、トッシ~が一回メンチ切ってからじゃない?」


「メンチなんて切ってないだろ、ちょっと言って聞かせただけだ」


「……ま、そ~いうことにしとくわ」


「ちょっと!?」



「は~い、お待ちどう。山菜そばとシメ鯖定食ね」


 店長がスッとまかないを差し出す。


「いやあ、久しぶりだな~ヤジハチの山菜そば」


「サトシ君、それ好きだったよね?」


「そりゃもう! 小学生の時に初めて口にしてから、僕の好物ナンバーワンですから」


「小学生の時に山菜そばがナンバーワンって……」


 子供の時、両親と一緒に来て山菜そばを分けてもらって以来のファンだ。

 それ以降にこの店でその他を口にした記憶はない。


「別におかしいことはないですよね? 素朴な味わいにこの歯ごたえ、日本人に嫌いな人はいませんよ」


「随分、大きく出るねえ……もちろん山菜好きなのはおかしくないけど、ただ普通は山菜よりかは年相応に好きなものがあると思うんだが……」


「アタシも山菜とか昔から好きよ? ひじきでご飯いっぱいおかわりしてたもん」


「あ~わかるなあ、給食とかでも漬物出た時は、みんな残すからいっぱい食べられて幸せだった」


「なになにトッシ~、アタシとおんなじじゃん。給食でたくあん出た時はみんなから集めて、大根一本分くらい食べたコトだってあるわよ?」


「それは言い過ぎでしょ、あっ、だからいまそんな大根足になっちゃったのか!」


「アッハ! なにいってんのトッシ~殺すぅ~♪」


「わからない……最近の若者はわからない……」


---


 それから店の話や好物の話なんかを適当にし、次の出勤日とシフト調整だけして店を後にする。


「じゃ~店長おっつ~」


「はい、お疲れさま。今日もありがとうね」


「じゃあ店長あさってからよろしくお願いします」


「こちらこそ~バックレないでよ~?」


 店長が満面の笑みで答える。


「うわテンチョあんなに笑顔だ、キモッ」


「キモッとか言わない」


「や、でもテンチョも嬉しくなるのわかるわぁ、トッシ~いるかいないかで、だいぶ違うし」


「そう言ってくれるのはありがたいけど、いつまで続けるかわからないし、バイトの募集は続けてよ?」


 今回はあくまで一時的な処置、そこは念押しは店長にもしておいた。


「だいじょぶだいじょぶ、それはテンチョも分かってるよ。あ、でも人増えるまでは辞められないから、そこんトコよろしく」


「全然だいじょばないじゃん……」


 駄弁りながらバイト先の入っている百貨店を出た。月にかかった雲が光を浴び、藍色の陰影を浮かび上がらせている。


 少し肌寒さを感じる夜の空気に、気兼ねな友人との談笑が心地いい。

 自分の心落ち着ける場所は安心できて、どこか暖かい。


 それはぬるま湯かもしれないけど、少し気落ちした今の僕には、とても大事なものに感じられた。


 華暖との会話は一時の休息。

 だが気安い関係である華暖だからこそ、その話題は当たり前に出てくるものだ。


「そういえばぁ、ユ~カさん元気?」


 だからその話題が出るのも当然だ。


 ……優佳とはこの百貨店で買い物もよくしていたし、近くには映画館もあるので食事に寄ることも多かった。


 優佳は人目とかあまり気にするほうじゃなかったし「仕事をしているサトシが見たい」って何度か店に訪れていた。


 客としては来たけれど、店での態度は”客”が”店員”にする態度じゃなかったため、

目ざとい華暖に問い詰められ、付き合ってることを白状したという按配だ。


「……トッシ~?」


 僕は返事に詰まってしまった。

 これが”ただの仕事の同僚”だったら違和感は持たなかっただろう。


 でも華暖との関係は、それよりか少しだけ深かった。


「え? ……あれ? なんか上手くいってない?」


「……そう、かな?」


「もしかして、別れた?」


「……」


 否定の言葉を言おうとしたけど、ためらいのようなものが混じってしまい、無残にも沈黙という結果に終わる。


 華暖の顔に「うっわ、地雷踏んだ」と書いてあり、口元は引きつって、黒目を忙しなく動かしている。


 本当は否定するべき、なんだろうけど……でもこれが”破局”意外でどう説明できたものか。


 それに本当に否定できるのかも怪しい。

 優佳にはもう金輪際会うつもりがないのかもしれないんだから。


 それなのに明確な別れを伝えられていないからって「理由は分からないけど失踪した、でも別れてはいません」なんて、そんなバカバカしい説明ができるだろうか……?


 だから「別れた?」って質問にだけは、答える術がない。


「ごめん……ちょっとまだ割り切れてなくって、落ち着いたらちゃんと話すから、時間もらえるかな?」


「それは、もちろんだけど……」


「悪いね」


「こっちこそゴメン。ってかマジ、ゴメン!!」


 華暖は両手を合わせて大マジに頭を下げる。


「いや、華暖はなにも悪くないから」


「でもさ……」


「いいから気にしないで、これは僕の問題だからさ」


 わかってたけど僕も全然割り切れてないな……自分のメンタルの弱さに辟易とする。これじゃ僕が戻ったところで職場に活気を戻すどころか、暗くさせてしまわないか不安になる。


 ……いやいや、そこはしっかり引っ張っていくとアピールしないと。

 新人もいるんだ、元仮チーフとしてイイトコ見せてやろう。


 僕は気合を入れるように自分の頬をピシンと叩き、気合を入れなおす。


「……なに急に頬叩いてんの? こわっ」


「ちょっと気を引き締めようとね」


「仕事は今度からでしょ? 今日はもう帰って寝るだけじゃん」


「そうなんだけどね」


「……いまはアタシも前よりは使えるはずだし、トッシ~のサポート出来ると思う。だから無理に一人で気張る必要ないよ、仕事だけじゃなくてね」


 華暖は少し怒ったような、マジメぶったような顔で、僕の目を見据えていた。

 プライベートに踏み込もうとしつつ、仕事という緩衝材を挟みながら。


「ありがとう、そんなつもりはなかったんだけどな。もちろんドンドン仕事は任せるし、わからないことは教えてもらうよ。……仕事以外のことでもね」


「ふん、言いたいことわかってんじゃん。アタシら仲良しかよ?」


「ただの同僚だよ」


「キズつくわ~」


 弾んだ声で、華暖が空を仰ぐ。


---


 華暖と別れて、縁藤家へと足を向ける。

 この時間にこの道を歩いているだけで、懐かしい気持ちになる。


 だって縁藤家の隣は元自宅なんだ。

 つい半年前は当たり前のように「疲れた~」とか言いながら、制服でベッドにダイブしていた部屋。


 けれどその家の換気扇からは、知らない食卓の匂いが流れてくる。

 それが少し寂くて、どこか暖かい。


 そんな時の流れみたいなものを感じて、僕は二〇一号室の扉を開ける。


「……」


 ええと、なんて言おう? ただいま? お邪魔します? 帰ったぞ?


「……レイカ? 入るよ?」


 けど優柔不断な僕は挨拶をしないという、最近のけしからん若者代表みたいな中途半端な声をかける。


「あ、諭史、ちょうどいいところに来た」


 空き部屋からレイカの声がした。

 それと合わせて昨日玄関前で待たされた時のような、ゴソゴソとした音を立てている。


「なに、やってるの?」


 覗き込むとそこは昨日一泊させてもらった、布団一式しかない部屋だった。

 他にあるものと言えば、コンセントに刺さったままのスマホ充電器だけ。


 その他なに一つ置かれていないフローリングに、真っ白な壁。


 ……だったはずなのに、朝にはなかった段ボール箱が、部屋の中央に積み重ねられている。


「ここが今日から諭史の部屋ね」


「……は?」


「いや、服を梱包するだけでも結構大変だったよ」


 おそるおそる一つの段ボールを開封すると、そこには僕のTシャツやパンツ……


「知り合いに車持ってるヤツがいてさ」


 もう一つを開けると教科書、辞書に参考書、赤本と……押し入れに隠しておいた青年雑誌。


「段ボール梱包して二往復。平日の昼間だったけどさ、今日は暇だから即日でいいよって言ってくれてね」


 レイカは両手に腰を当てて勝ち誇った顔をする。


「それでこの通り。悪いけど机とか棚とか大きいものは置いて来た」


「ち、ちょっと待って」


 僕はしゃがみ込んで頭を抱える。


「なに、諭史、頭痛いの? 風邪?」


「いや、頭痛くなるでしょ……」


 レイカは∵みたいな顔をして首を傾げている。


「ていうか家には鍵がかかってたと思うんだけど」


「あ、それは針金でなんとかなった」


「なんとかなるなよ! 許可取って鍵で開けろよっ!?」


「な、なんだよ、せっかく人が良かれと思って……」


 そう言いながらとレイカはようやく、僕が怒っていることに気づいたらしく、バツが悪そうに頭を掻く。


「悪かったよ。でもここまでしたんだからさ……今日からウチに住みな」


「……なんで、レイカはそうまでしてココに住ませようとするの」


 大きなため息を付きながら、僕はフローリングにあぐらをかく。

 昨日レイカには言ったはずだ、あの部屋で優佳を待つんだと。


 それなのにレイカは無断で引っ越しの手続きを取り、勝手に僕の部屋を移設した。


「昨日から言ってるじゃん、あそこに一人でいたら良くないって」


「でもこんな勝手な真似しなくてもいいじゃないか」


「そうでもしないと諭史は絶対あそこから動かない。それに一人であの部屋を維持するのは無理だよ」


「そんなことレイカが勝手に決めるなよ。僕はこの部屋を借りることになったとしても、あの家を引き払ったりしないからね」


「……家賃は払い続けるっていうの? 誰も住んでない部屋に?」


「そうだよ、だからそのために」


「私が一番嫌なのはそれだよ」


 レイカは強い言葉を掛ける僕に動じず、ピシャリと言い放つ。


「私はアネキと諭史のやりたいことを知ってる、そのために進学するんでしょ?

だったらアルバイトにうつつを抜かす暇なんて無いんじゃないの?」


「でも仕方がないじゃないか」


「仕方なくなんてない、もう少し周りを見なよ諭史。アネキが帰って来た時に、諭史の勉強が追いつかなくて進学できなかったらアネキどう思う?」


 その言葉を聞いて、すっと体から温度が下がっていった。


 そうだ、レイカの言う通りだ。

 僕は平静を装えてはいるけど、優佳を待つということにこだわり続けている。


「いまの諭史のしようとしてる行動は……破滅的だよ。アネキを信じることに意固地になって、周りが見えなくなってるよ」


「……大丈夫だ、勉強もちゃんとする」


「国立行きたいんだよね? だったらそんな生半可な努力じゃダメなんじゃないの?」


 ひと昔前、僕の後ろをついてくるだけだったレイカに諭される。


「在学中から勉強とアルバイト両立しながらでも、絶対合格できるって自信をもって言えるの?」


 少し見くびっていたのかもしれない、いまのレイカを。


「いまの諭史じゃ真正面から話をしても聞いてもらえないと思った。だから怒られるのも承知で勝手に動いた。それはその、ごめん……」


 そう言われたら僕だってなにも言えない。

 結局、僕自身が一番自分のことを分かっていなかった。


 確かに僕は自分の未来を削って、優佳を待つ生活を軸に生きていこうとしていた。でも本当に優佳を戻ってくるのを信じているのなら、変わらずに勉強していくのが正しいのではないか?


「レイカの言いたいことは、わかった」


「……」


「でも、あの部屋はまだ残す」


「……諭史?」


「そんな顔しないでよ、三ヶ月……あのままにさせて。それまでは優佳がいつ戻ってきてもいいように残しておきたい」


 レイカは少し納得いかないような顔をしたが「わかった」と呟いた。


「僕もレイカに黙ってたけど、バイトは今週から再開することに決めた。それも三ヶ月、少なくともそれまでは維持させて」


 家賃の支払いと生活費、それといまと変わらない勉強量、その維持。

 いままで以上に大変になる。


「だから、と言ったらなんだけど、レイカにお願いがあるんだ」


「なに」


「光熱費はさ、縁藤家に全部任せたいんだけど、いいかな?」


「……そんなことなら」


 レイカの肩から、ようやく力が抜ける。


「ここまでやられたらさ、もうあっちに戻るのも大変だし。……今日からしばらく世話になるよ」


「へへっ……決まり、だね」


 ようやく僕らの顔に笑みが戻る。


「あ、それと諭史」


「なに?」


「……おかえり」


「た、ただいま」


 やや上擦った声になってしまい、それをレイカが笑う。

 家族でもない人とこんな言葉を交わすのは、照れ臭い。


 昨日から復活した、か細い糸のような繋がり。

 この日を境にそれはまた太く、絆と呼べるような存在に戻るのだろうか。


 優佳がいなくなってしまった理由はいまもわからない。

 戻ってくるかどうかも定かじゃない。


 でも僕は少し安心してしまった。


 優佳がいなくなってしまっても、僕には助けてくれる人がいたんだって。

 そんな最低の安心を。

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