1-4 騒がしいクラスメート


 夕霞東高には桜がない。


「おい、佳河! 今日という今日は見逃しておけんぞ!」


 別に学校に桜がないのは普通と言えば普通かもしれない。


「バッグ掴んでんじゃね~よ、千切れたらど~すんだよ!」


 ただ幼稚園・小中学を通して、学校といえば桜があるイメージが根強い。


「お前のその金髪、何度言っても直らないじゃないか。一人でもそういうやつがいるから、周りが真似をするんだ」


 というのもどうやら戦時中に散りゆく桜の儚い美しさ、短命でもその瞬間に咲き誇ればそれは素晴らしい、という戦争教育を学校で行うことが目的だったらしい。


「は!? ふざけんなし! アタシが髪染めの最先端みたいな言い方してっけど、

染めてるセンパイがいっぱいいたじゃんか!」


 いまの僕たちにとっては桜がきれい、の言葉で終わりだが、当時の人たちそれを知っていたら、たまったものじゃないだろうなぁ。


「そうだ、だから今年から最高学年になったお前に言ってるんだ。さあ来い、職員室には黒染め用のスプレーがある」


 僕は日本という国が好きだ。だが、こうした過去の過ちを忘れず、常に向上心を持って生きていきたいものである……


「おい、こら離せし! あ、トッシ~! ちゃんと見えてんでしょ? 助けて~!!」


「……」


「ちょ、コラ無視すんな! トッシ~! サトッシ~!! マトバのサトッシ~!!!」


「…………」


 校門前で緑のけやき並木を歩いている中、僕のことをトッシ~と呼ぶ、クラスメートの声がする。


「お? なんだ、纏場。お前ら知り合いだったのか? だったらお前からも言ってやってくれ」


 そう言ってうんざりした様子で生活指導のゴンダが言う。いや、まぁうんざりする気持ちは分かるけど、そこに僕を巻き込まないでよ……


 二人から話を振られたら、さすがに無視して通り過ぎることが出来ない。


「……で、なんかあったんですか?」


「これから新学期で一年ボウズが入ってくる。そんな中、髪を染めた連中がたくさんいたらどう思う? 間違いなく五月頃には髪染めデビューだ」


 まあ、そうでしょうね。


「だからいまのうちに佳河を黒い髪に戻さないと大変なことになる、わかるな?」


「腐ったミカンが一つでもあると、周りのミカンまで腐っちゃうってやつですね」


「そうそう、そんな感じだ。ということだ。ほら佳河行くぞ」


「え、待って、トッシ~助けてくれんじゃないの!? あ、コラ、腕引っ張んな、こんのエロオヤジ!」


 ……一通り、これからの会話の流れを頭に組み込んで、筋が通っているか確認して、口を開く。


「……ゴンダ先生」


「ん?」


「髪を染めるっていうのは、そもそも悪いことなんですかね?」


「なにをいってるんだ、お前。風紀が乱れる、悪いことだろう」


「風紀が乱れる、それは確かに良くないことです。しかし佳河はそこまで生活態度が悪い人間であったり、成績が悪かったりはしないですよね?」


「ん~まぁ、そうだな」


 そう、意外も意外。

 このギャル、頭は悪くないのだ。金髪なのに。


「そして考えていただきたいのが、去年です。去年の三年生は髪を染めたり、化粧をしたりする女生徒がとても多かった」


「ああ、そうだ。それは間違いない。正直どこから手を付ければいいかわからないくらいにはな」


「そして今年の新入学生ですが、去年より受け入れ人数が多い。それはなぜですか?」


「それは……希望者数の倍率が上がったからな。受け入れも少し多くせざるを得なかったと職員会議で聞いた」


「そうです。この学校は倍率が上がり希望者数が増えているそれはいいことですよね?」


「ん? 纏場、お前はさっきからなにが言いたいんだ?」


「結論から言いますと……倍率が上がったのは校則が緩く見えたから、だと僕は思っています」


「なに?」


「この学校は公立です。進学の費用を出すのは保護者であり、高校にさえ行ってくれればという親御さんが少なからずいます」


 僕は一気にまくしたてる。


「すると必然的に生徒の志望が集まるのは、自由な校則がある学校、つまりこの夕霞東であるということに……」


「待て待て、言いたいことは分かった。ただそれだと風紀上の問題や、そんな高校に入れたくないって親御さんも……」


「それこそ大丈夫です」


「なぜそう言い切れる?」


「ウチの学校がインターハイの実績を落としてないからです」


 進学させたい、専門知識が学びたい、高校だけは出ておきたい。など色々な高校に来る理由はあるが、やはり部活動という点は全学生にとって最も大きい項目の一つだ。


 甲子園に出たいと思っている中学生が、普通の高校で一から野球部を盛り返すのと、甲子園出場歴がある高校どっちに行きたいと思うか?


 当然と出場歴のある、強いメンツが集まる高校を選ぶだろう。

 ……いや、弱小野球部を立て直す、サク○スモードみたいな展開は燃えるけどね。


「部活動が強ければ、必然的に一定の志望層は集まります。それにマジメに部活をする層は毎年決まった人数が入りますし、なんとなく校則が緩そうって集まった生徒は結局落ちるわけですから」


 とりあえず、言うだけ言ってみた。

 別に本気でゴンダを説得しようなんて、僕も思っていない。


 ただそれっぽいことを言って、頭ごなしに金髪を引っ張ろうとするゴンダの出鼻を挫いてやっただけだ。


「それで倍率、人気だけは確保できるってことか。……だけどなぁ、纏場」


 ゴンダが鼻で笑いながら、頭をボリボリ掻く。


「ここで俺と、お前が学校の理想について話し合ってもしょうがないだろう」


 全く持って……その通り。


「お前は頭が回るし、どうしてそこまでこの高校の行く末を考えていてくれるかは知らんが……そんなこと言っても決めるのは理事長なんだからな?」


「いや、意味はありますよ」


「……なに?」


「先日の日曜日、親父と叔父さんと話した内容ですから」


「ん?纏場、お前の親父さんって確か……」


「はい。海外で学校の普及していない国に教育を届ける仕事をしています。先日、親父が帰国して叔父さんと会食する機会があったので、僕もその場に同席しました」


「おいおい、じゃあお前の言う叔父さんって……」


「はい、田中のおじさん、いえ東高の田中理事長ですね。僕も将来、親父の跡を継ごうと思っているので、叔父さんの話を聞かせて頂きました」


 それを聞いて、ゴンダは笑い出した。


「ははっ、なるほどな! 理事長の意向ってことか? お前の方が先に聞いてるってか、そりゃ冗談きついわな」


 僕は笑いながら答える。


「生意気にもすいません。でも近日中には職員会議で話が落ちてくるか、もしくはそれとないお達しがあると思います。そう厳しくしなくても大丈夫だと思いますよ」


「わかった、わかった。お前がそうまで言うなら、このままでいいだろう」


「はい。それに周りの目から見ても、この現場は厳重注意をしたと見てもらえるでしょう」


 周りを見回すと「かわいそ~」「ゴンダがカガワの腕掴んだって~」という、

”指導している現場”は周りの目を集めていた。


「なので誰もゴンダ先生が適切な指導をしなかったって、揚げ足取りはされないと思います」


「ふん、相変わらずお前は面白い奴だな」


 ゴンダはそう言ってようやく肩から力を抜く。


「もうすぐ予鈴が鳴る、早めに席に着け」


「ありがとうございます」


---


「華暖(かぐら)? 終わったよ」


「……」


 僕に助けを求めた華暖は惚けたように口を開け、去っていった生活指導のほうをまだ眺めていた。


「……華暖?」


「トッシ~、さあ……」


「なに?」


「凄まじいほど平気な顔でウソつくんだね、アタシうすら寒くなっちゃった」


 そう言う華暖は、引きつった笑顔で僕を横目に見ていた。


「終わりよければいいじゃないか。僕だって言ってて、うさんくさいかなとは思ってたよ」


「いやゴンダじゃなきゃ、きっとダマされなかったって。特に”その場で同席しました”なんて澄ました顔して言うから、アタシ吹き出しちゃいそ~だったよ」


 いまになって面白くなってきたのか、弾んだ声で笑いだす。

 予鈴ギリギリなので早歩きで移動しながら、いまの演劇についての反省会をする。


「オト~サンとリジチョ~が知り合いってのは?」


「それは本当、会食してるのも本当。僕が同席なんてしたことないけど」


「えげつな~! アタシはウソだってわかったけど、そこまでホントだったら信じるかもね~」


「いまだけ信じてくれればいいんだよ、いまだけ」


「そんなことで大丈夫なん? 生徒指導が緩くなったりするってのもウソなんでしょ?」


「あんまりウソウソ言わないでよ。……まあ、そうだけど」


「あとでゴンダにバレた時ヤバいんじゃない? アイツ怒るとすっごいデカイ声で怒鳴るから気ィ付けなよ?」


「ああ大丈夫だよ、どうせ明日になれば忘れてるって。それに本当だとしても、注意するのをやめないと思うよ? ゴンダにとっての生きがいみたいなもんだし」


「それ、言えてるわ」


 大きな口を開けて笑う華暖。

 けれど、ふっと真面目な顔になったと思うと。


「……でも、アタシ思ったわ。こ~ゆ~ヤツがオレオレ言いながら電話してるんだなぁって」


「詐欺師と同じ扱いにするのはやめて!?」


 ジョ~ダン、ジョ~ダンとカラカラ笑いながら、バッグのキーホルダーを鳴らし隣を歩くクラスメート。


 生活指導の検問に毎度引っかかる金髪ピアスと厚めの化粧。

 誰もが一言で”ギャル”にカテゴライズする、やかましい外見。


 彼女の名前は佳河華暖(かがわかぐら)。同じ高校、同じクラスの、女の子。


 彼女の家はこの土地でも地主として有名で、一族の名前に豪奢な名前を付けていることでも知られている。


 確か父親の名前は塁守(るいす)だったハズだ……


 身長はやや僕より低く、平均よりちょっと高いくらいだが、男性ウケのよさそうなポッチャリ(自称ではなく)で健康的な丸みを帯びている。


 目尻も全体の印象に違わずちょっと垂れ目だ。

(本人は毎日ビューラーで上げてきてるので言われたくないらしい)


 服装もゆるくミニスカ・タイなし、ルーズソックスも含めて「いかにも」って出で立ちである。


 華暖は一番後方の窓際席で、僕はその前の席。


 授業中に背中をつつかれては振り向くのだが、第二ボタンまで開けた状態で前屈みになりこちらを見てくるので、その、なんというかムネが……


 そんな役得もあってのギブアンドテイク(?)で、彼女とはうまくやっている。


 中学も同じだったのだが同じクラスになったことは一度もなく、逆に高校からは一年から三年を通して、ずっと同じクラスだ。


 ちなみにレイカとは中学時代に友達だったらしい。

 他にある共通点としては、半年前まで働いていたバイト先の同僚でもあった。


「それはそうとトッシ~、今日は珍しく遅くない?」


「そう? 別に普通だけど」


 ……結構よく見てるな。


「いや、だってトッシ~いつもアタシより早く来てるし」


「寝坊だよ、寝坊」


「トッシ~でも寝坊することなんてあるんだね~」


 華暖とは普通の女のコより仲がいい。

 それは繋がりが多いことも含めて、当然と言えば当然だった。


 親友、は言い過ぎかもしれないが、学内では僕が心置きなく話せる数少ない一人だと言えるだろう。


 ……優佳のことを話す、かどうかは少し迷う。まだこの問題は僕にだってどう扱っていいか分からない問題なのだから。


 でもタイミングを見て、相談することも必要なのかなとは思う。

 僕には思いもつかない解決方法が出てくるのかもしれないし。


 その折衷案、じゃないけれど華暖に少し探りを入れてみる。


「……ところでさ、ヤジハチっていまもバイト募集してる?」


「トッシ~が辞めた時からずっと継続で募集中」


「ちょっといろいろあって、戻ろうか考えてるんだ」


「え、ウッソまじ!? 戻ってきてよ~フロア全然回ってなくてさぁ」


「そっか……すぐには決められないけど、どうするか決めたら教えるから待ってて」


 そう言って軽く話題を切り上げる。


 そっか、まだ戻れるか。

 なら最悪、バイトに復帰して家賃を稼ぐことも……


「ナニ言ってんの、トッシ~? いまの情報提供代として、戻ってくることはキョ~セイだかんね」


「なんだよ、それ」


「や、でもホント頼むよ~。トッシ~じゃないとアタシ駄目なんだわ、なんでもするからお願い!」


「えっと、まだどうするか考えてて……」


「それともアタシじゃ、ダメ……? ホントはアタシのことウザくて、それで辞めたとかだった??それだったらしょうがないけどぉっ……」


 華暖は立ち止まって僕の手を握り、上目遣いでこちらを見上げてくる。


 ていうか近い、近いよ。

 なんでそんなに距離詰めて来てんの!?


 ほら周りがチラチラ見てるんだよ気にしてるんだよ、やかましい外見をした華暖がやると余計に目立つんだよ!


 近いところから見下ろしてるからブラがちょっと見えてるんだよ、色まで見えちゃうよ、見えちゃってるよ、黒だよ!!


「わかったわかった! わかったからやめて、離れて!」


「ほんとにほんと? 絶対?」


「あ~!? ……ああわかったよ、いいよ戻るよ」


「よっしゃ! やったね~ありがと~トッシ~! ほんとチョロ~」


「待て、いまなんつった」


 無駄に緊張してしまった、相手はあの華暖なのに。

 いや男を刺激させるパーツ多いから無理はないけど、って自分でフォロー入れること自体が惨めだ。


 ふと周りを見回すと、みんな急にすすっと目線を離す……複雑だ。


 って、レイカにどう説明するんだよ。

 バイトを再開することに反対されたばかりじゃないか。


 レイカに文句を言われることを想像して気持ちが重くなる。

 ……華暖には申し訳ないけど、やっぱり断ろう。


 華暖にそう声を掛けようとし――たが、先に声を掛けられる。


「それとさ、トッシ~」


「……ん?」


 言葉を被せられ、一息遅れて返事をすると。


「さっきは、助けてくれてありがと」


 いつもよりチークの濃い華暖が、ただ笑顔と感謝を返すためだけに、呼び掛けてくれていた。


 そうして華暖は教室に向けて走っていった、僕はその場に立ち尽くす。


 ……断りそびれた。それに礼までしっかり言う念押しっぷり。

 見た目はチャラいが、そんな細かい所に気が届く。


 僕は先ほどの華暖の顔を思い返し、少し気恥ずかしくなる。

 レイカへの言い訳、考えておかないと。


 手慰みにスマホを開くと、そこにはいくつかのLINEメッセージが届いていた。


 ……もしかして、優佳?

 そう思った僕は急いで届いたメッセージを確認すると、メッセージはレイカからだった。


 十五通? 少し眉をひそめ、怪訝な気持ちでメッセージを開くと……

 ぶりぶりしたうんこのスタ爆が、流れているだけであった。

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