『初恋』

凪慧鋭眼

『初恋』

 「宇宙って何なんだろうね?」


 ふと、思い出したようにそう呟いた友人。

 彼女の名は天野光あまのひかりといった。


 「突然どうしたんだ?」

 「いやね、望遠鏡から見てるとさ。突如そんな疑問が湧いて来ました、はい」


 俺達は現在俺の自宅からすぐのところにあるコテージ、その中に備え付けられた望遠鏡でそれぞれ宇宙を観察していた。

 観察、なんてもっともらしく言うけれど実際は目についた星を適当に見ているだけだ。


 「そんな疑問を生み出す前に、課題は終わったのか?」

 「ゆーくんさっきから疑問系ばっかり。そういうゆーくんはどうなの?」


 ゆーくん。

 彼女が呼ぶのは俺こと、柊征勇ひいらぎゆきおに幼い頃につけられたあだ名だ。

 俺はひかり、とちゃんとした名前で呼ぶのだが彼女は頑なに俺の呼び名を変えようとしない。

 最近の悩みの一つだ。

 まあ、そんなことはさておき。

 俺は光に課題が終わったノートを見せつけながら言った。


 「ほれ、ざっとこんなもんだ」

 「ふえぇ~。相変わらずゆーくんは絵が上手いなぁ。……ちょっと見せてっ」


 バッ!


 俺の隙を突いてノートを奪おうとしてきた光の手から逃れるようにしてノートを翻す。

 取れると思っていたのであろう光は盛大に空振りをして頭から床に倒れこんだ。

 幸い床といっても木製のフローリングではなく井草を束ねた昔ながらの畳なので痛みは少ない筈だ。


 「いったたた、避けるなんて酷いなぁ~」


 それでも顔面から突っ込んだら流石に痛かったようで、若干涙目になり赤くなった鼻を擦りながら光が非難がましい目で俺を見てくる。

 体勢から光の視線は俺から見ると上目遣いに見える。本人の小動物のような可愛らしさと相まって大抵の男性ならば理性がぐらつきそうな破壊力、だがしかし俺は違った。


 「ズルしようとしたお前が悪い。自業自得だ」


 バッサリと一刀両断。

 他の男ならいざ知らず、光と隣の家同士で幼い頃からよく遊んだ俺にはある程度耐性がついているのだ。


 「………けち」

 「む…」


 といってもこの手の、今回のような宇宙を観察してそれを写すといった絵画関係の課題は光が特に苦手としているものだ。

 チラッと光が座っていた場所にある用紙に目を落とす。

 ………何やら不気味な毛玉が書いてあった。


 「光、これ何を書いたんだ?」

 「これ? これはね、木星だよ!」

 「もくせい、か」

 「そう、木星ですっ!」

 「………」


 俺の知る木星って、もっと丸くて周りに輪っかが有った筈なんだ。決してこの絵みたいなイカスミスパゲッティを白い床に思いっきりぶちまけたような形ではない。

 このままでは評価する先生が可哀想だな。


 「しょうがない、少し手伝ってやるよ」

 「さっすが~。ゆーくん優し」

 「書くのは光、お前だぞ?」

 「前言撤回、ゆーくん鬼畜」


 手の平を返すとは正にこのことだな。


 「そんなこと言うと教えてやんないぞ」

 「わ~!! ごめんなさい教えて下さい!」


 そんなこんなで結局俺が教えることになった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 「そういえばさっきの質問なんだけどさ」

 「さっき?」

 「宇宙って何なんだって質問」

 「ああ、あれか」


 俺が指南を初めてから約三十分。

 光にも余裕が出てきてこうして雑談を交わしながら作業をしていた。


 「まだ答え聞いてなかったよね。暇だし教えてよ」

 「教えてって言われてもな。そんな高尚なテーマ考えたこともないからな」

 「別に堅苦しい理論を述べよー! とかいってる訳じゃないよ。アバウトであやふやな答えでもいいからさ」


 そんなにハードル下げられたら答えない訳にはいかないじゃないか。

 でも、宇宙ねえ。


 「例えるなら、『孤独』だな」

 「その心は?」

 「俺さ、こんなちっちゃな頃に親父の大事にしてた骨董品の掛け軸に落書きしちゃってさ。その罰として三日間蔵くらに放り込まれてたんだ」

 「へぇ~。これくらいっていうと小学生の低学年くらいだね。そんな子を三日も蔵に放り込むなんて相当価値がある掛け軸だったんだね」

 「ああ。後から聞いた話だと金銭的価値は三億円は下らないってさ」

 「サマージャンボじゃん!?」


 光が普段でも中々表さないようなリアクションで驚いた。

 そりゃそうだろう。聞いたときの俺なんかショックで気絶したからな。


 「宇宙の星を見るとそん時のことを思い出すんだよな」

 「そん時って蔵の中のこと?」

 「ああ。光が全く入らない蔵の中で独りの俺と、宇宙っていう真っ暗の蔵で独りの星。なんか似てると思ってさ」


 よくよく考えれば星にはすぐ近くに別の星があるし、俺と似たところなんて無いに等しいと思うのだけれど、感情では今言った内容が妙にしっくりとくる感じがしていた。

 それに俺の返答を聞いた光もうんうん、と満足そうに頷いている。


 「中々に見事な解答が返ってきて私正直ひっくりしてるよ。ゆーくんは『宇宙? うーん。なんか黒いよな』とか言うかと思ってた」

 「俺は小学生かよっ!」


 失礼だな、全く。

 真剣に俺の答えを吟味してくれているのかと思ったらこれかよ。必死に考えた俺の苦労を返しやがれ。


 「で、光はどうなんだ?」


 ことと次第によっては遠慮なくディスらせてもらう。


 「私は宇宙って『海』みたいだな~って思うの」

 「海? 宇宙が?」

 「そ、海ってさ別名母なる海って呼ばれるよね。私がイメージしてるのはそんな感じかな」

 「そうか? 俺はどうも宇宙から『母なる』って感じの優しさみたいなものは感じないが」


 感じるとしても暗いから『孤独』とか『絶望』とかの暗い感情だな。

 まあ、多分に俺のトラウマである蔵の件も関係してるんだろうけどな。


 「ん~。海って生き物の故郷でしょ?」

 「そうだな」

 「それで私たちが生まれた場所ってお母さんのお腹の中だよね。ゆーくんはそこは暖かい場所だと思う?」

 「そりゃあ暖かい場所だろ。環境的にも、精神的にも」

 「だよね。でもそこって真っ暗なんだよ。宇宙と同じ、海と同じでね。私はこの三つがとってもよく似てると思うの。海の生き物の故郷なところとか、宇宙の星を優しい暗闇で包んでるとことか」


 言われてみれば確かに、と思うところもある。

 妊婦のお腹も、海の底も、宇宙も。

 命を育む場所という点では確かに似ているな。

 光はそういうところに『優しさ』を見出だしたのかも知れない。

 だが、それでも俺の意見は変わらないな。


 「似てるっちゃ似てるが。それでも俺は宇宙からは『孤独』を強く感じるな。……悪いな」

 「べ、別に謝んなくていいんだよ! ゆーくんにはゆーくんの、私には私なりの価値観があって、今私達が感じている感性っていうのはいわば私達の積み重ねた経験の結果だと私は思うんだ。だからそれは簡単には覆しちゃったり、流されちゃったりしちゃいけないものだと思うんだよ」


 光の言葉に俺は素直に感心した。

 普段はゆる~い感じの光だが、今のように時折凄く芯の通ったことを話すのだ。


 「毎回思うけど」

 「え?」

 「いや、光も色々考えてんだな~ってさ」


 俺の感想を聞いた光は一瞬キョトンとした後吹き出して笑い転げた。

 何か変なことでも言っただろうか?


 「あはははは!」

 「変なことでも言ったか?」

 「あははっ! いや、そういうんじゃなくて。ただゆーくんは変わらないなぁって思ったら何か無性に嬉しくなって笑えてきちゃった」

 「何だそれ。変わらないってそんな筈ないだろ? 背も伸びたし」

 「確かにゆーくんは背も高くなって格好よくなったよね」

 「うっ」


 光の直球な褒め言葉に普段から褒められることに馴れていない俺は赤くなってしまう。


 「そういうとこなんか、ほんと昔のまんまだよね~」


 それを光はニヤニヤしながら弄ってくる。

 こういう時だけSっ気が出てくるんだよなこいつ。


 「うるせえ」

 「ふふ。さーて、ゆーくんの楽しい反応も見れたし。さっきの話。何で私が笑ったかが気になるんでしょ?」

 「まぁな。笑われた理由くらいは気になるな」

 「まぁ、気になってること申し訳ないけどそんな大したことでもないんだけどね」

 「そうなのか?」

 「うん。……恥ずかしい話だけどね、ゆーくんは身体とか大きくなっててさ。正直私ちょっと戸惑ってたんだよね。昔みたいに接して良いのかな~ってさ」


 確かに、俺達は小学校までは同じだったが中学校で離ればなれになってしまった。

 お互い運動部に入ったことで顔を会わせる機会も極端に減ってしまったし。

 だからこそ俺は高校に入ってほぼ三年ぶりに顔を会わせた光を見て驚いた。

 身体は、その、なんというか。女性らしさに溢れる姿になっており。小学生の時には同じくらいの身長だったにも関わらず今では二十センチ程の開きがある。

 率直に述べて、可愛くなってて驚いたのだ。

 当然向こうも俺と同じような感情を抱いていたのかも知れない。

 俺が光を可愛いと思ったから向こうも俺を格好いいと思ってくれたかはいざ知らず、戸惑いくらいは感じていただろう。


 「だからね。身体は変わっても昔みたいな反応のゆーくんを見てたら安心しちゃったんだ~。ああ、別に緊張しなくても良かったんだなって。そしたら今までの自分が笑えて来ちゃって面白くなっちゃった」

 「緊張してたか? 昔と同じような感じだったと思うけどな」

 「これでもかな~り緊張してました。今のゆーくんが何やってるか~とか共通の話題とかも全っ然思いつかなくて、もー内心ひやひやだったんだよ?」


 そうだったのか。

 確かに再開してからの一週間、光は何かよそよそしかったというか、落ち着きがなかった気がするな。

 あくまで今思い返せば程度だが。

 まあ、それでも人見知りを全くといっていいほどしない彼女にとっては前代未聞な事態だったのだろう。俺でも思い返せば気付けることがそれを如実に表している。


 「逆にゆーくんは何で緊張しなかったのか、それが私には不思議でたまらないんだよ。さぁ、私も恥ずかしいの我慢して話してあげたんだから白状しろー!」

 「白状するもなにも、俺も緊張してたぞ」

 「え?」


 光が意外! みたいな顔をしているがこれは本当のことだ。

 緊張は光と一緒に居る時なら何時でもしている。今だって心臓はバクバクだ。


 「現に今だって緊張してるぞ?」

 「え~? そんな風には全然見えないけど?」

 「元がぶっきらぼうだから変化が余り無いんだろ。それにわざとそういう風に装ってるんだ、すぐに見破られちゃ困る」

 「へー。で、何で緊張してるの? 私と同じような感じ?」

 「あー、これホントに言わなきゃ駄目か?」

 「駄目です。言うまで家には帰さないからね~、ふふふふ……!」

 「それ普通言う立場逆じゃね?」


 そんな突っ込みを入れるが光は素早くコテージの唯一の出入口の前を陣取ってしまった。

 どうやら本気で言うまで俺を帰さないつもりらしい。

 ……まあ、よく考えたらこの状況は俺にとってありがたいことなのかもな。

 俺はこんな状況にでもならない限り、光に伝えられそうにないしな。


 「さあ、理由を話すのだー!」

 「はあ、わかったよ」


 覚悟を決めたといっても、こんな成り行きで伝えるのは不本意だ。

 だけれど、ずっと伝えられないよりは、ずっとマシなことなのだろう。


 「可愛く、思ったんだよ」

 「え? 誰を?」

 「お前だよ、光」

 「え、えええぇ!! わた、私!? だって私可愛くなんかないよ? だって男子とか私のこと然り気無く避けてるし……」


 本気で驚いている様子の光に俺は顔を横に振って否定する。


 「それは違う。光、お前は可愛いよ。綺麗だよ。ずっと昔、俺が一目惚れしてしまうくらいにはな」

 「う、あぅ」

 「それにな、光は男子が避けてるっていうがそれが嫌いで避けているってことには必ずしも成らないんじゃないか?」

 「……えっと、どうゆうこと?」

 「俺とお前、お互いのことを思い返してみればすぐ分かることだろ? ま、俺達はお互いを避けるとこまではしなかったけどな」

 「……それって」


 ここまでヒントをやれば流石に自分のことには鈍い光も気づいたようだ。

 その証拠に顔を真っ赤にしていた。


 「皆、光が可愛いから、可愛い過ぎるから緊張して喋りかけられなかったんだよ。俺も光と話してたことで羨ましいがられたしな。まあ、俺が言いたいことはお前は自分が思ってるより何万倍も可愛いってことだよ。それは幼馴染の俺が保証する。何だって俺の現在進行形の初恋だからな」

 「あ……うぅ……」


 光の顔は茹でタコのように真っ赤だ。

 かくいう俺もそれ以上に顔は赤くなっているのだろう。

 顔が焼けるように熱く、心臓はロックのようなリズムを刻み続けている。

 その癖、熱の原因である光からは全くもって目が離せない。

 恥ずかしがる彼女がとてつもなく愛しく感じ、何時までもこと幸せな時間が続けばいいと思ってしまう。

 けれど、俺は現状維持じゃ満足出来ない。

 俺はたとえ後悔する答えが返ってきたとしても、答えを聞かないで後悔するよりは答えを聞いて後悔したい。

 妥協点は既に過ぎた。


 「それが俺の理由だ。そして俺も光に一つ、聞きたいことが出来た」

 「……なに?」


 姿勢を整える。それにつられて光も姿勢を整えた。

 光は未だ恥ずかしがりながらも俺の顔をしっかりと見ている。

 そのことを確認し、荒くなった呼吸を整え緊張を抑える。

 御膳立ては既に整ってある。後は俺の、覚悟だ。

 俺は決意を固めて言葉を紡ぎ始める。


 「俺は、光が好きだ。

  小学生で好きになって、中学生で恋になって、高校生で一生側に居たい、そう思うようになった。

  だけど俺はただの高校生だ。何も持たないただの高校生だ。

  だから、俺から光にあげられるものは一つだけ。柊征勇という人生だ。俺は光のものになりたい。光を隣で一生支えてあげたい」

 「………」


 光は黙って俺の告白を聞いてくれている。

 真っ直ぐに俺を見て、真剣に聞いてくれている。

 こんな場面なのに緊張よりも光と見つめ合えていることの喜びの方が勝ってしまう。

 本当の俺は光に心の芯まで惚れてんだなぁ。

 そんな、場違いな感想を思ってしまう。

 でも、だからこそ、この気持ちは一滴残らず伝えたい。

 俺は瞳を閉じ、息を少し吐き、光に再び向かい合う。

 そして最後へ踏み切った。


 「光、俺を君の隣に居させて下さい」


 頭を下げた。

 手を差し出した。

 答えを聞く覚悟は出来ているけれど、やっぱり少し怖かったから。


 俺は光の返答をじっと待つ。

 最早俺にはそれが一瞬なのか、一秒なのか、一分なのか。

 それすらも分からない。

 ただ酷く、心臓の音が煩さかった。

 けれども、遂に口は開かれる。俺の待ち時間は呆気なく終わりを迎える。

 

 「お断りします」


 ただ一言。

 俺が最も恐れていた答えで、幕は開けた。

 俺は顔を上げられなかった。

 今上げたら涙が流れそうだったから。恋する相手に無様な顔は見せたくなかったから。

 俺は辛うじて明るい声で悲しみを誤魔化すようにいった。


 「ははっ、盛大に失恋したな~」

 「え? ゆーくんは失恋なんかしてないよ?」

 「……は?」

 「え?」


 俺が涙目にも関わらず顔を上げて光の顔を見ると、光もきょとんとした表情をしていた。


 「だってお断りしますって言っただろ?」

 「だからそれは、ゆーくんのお願いは聞けないってことだよ」

 「……ごめん、何が違うのか俺には分からないな」


 そう俺が答えると光はうーん、と唸りながら考えている素振りをし始めた。

 それを見ながら俺は考えていた。光が先程言った言葉の意味について。


 『だからそれを、ゆーくんのお願いを聞けないってことだよ』


 状況的にいくら鈍感な光といっても俺の言葉が告白(という名のプロポーズ)以外の何物でもないことは察している筈だ。

 俺は光に隣に居させてくれと頼んだ。

 もしかして光はそれを拒んだことは間違いない、そしてそれは俺の勘違いということもまず無いだろう。

 だって俺はそれ以外に断られるようなことを光に言っていないのだから。

 だけれど光は俺のお願い、すなわち隣に居させてくれないかという告白を拒んだ。それにも関わらず俺は失恋していないと言う。

 そのことを考慮すると光は俺を隣に居させられないが告白はOKということになる。

 でもそれは明らかに矛盾している。隣に居られないならそれは付き合っているとは言えないと俺は思う。

 勿論、世の中には遠距離恋愛というものも有るけれどそれは俺達のケースには当てはまらないだろう。

 そもそも、学校で会うような間柄なのに隣は駄目ですとか失恋以外の何物でもないだろう。


 俺がそこまで考えてやっぱり違いが分からずに居るとようやく光は納得出来る考えが浮かんだようで顔を上げて此方を見ていた。


 「流石に分かりにくかったよね」

 「まあな。じゃあ俺でも分かるように説明頼めるか?」

 「まっかせなさい!」


 光はそういって胸を張った。

 俺は気まずく視線を逸らした。まあ、好きな相手が胸を張れば自ずと視線が行ってしまうのである。

 惚れた男の性だ。

 それにすぐに気付いた光も顔を赤くして胸を張るのを止めた。


 「「………」」


 そして広がる沈黙。


 「んんっ! じゃ説明するね」

 「お、おう」


 その微妙な空気に耐えかねた光が一つ咳払いをしてやっと説明が開始された。

 正直情けないとも思うが如何せん長年の初恋相手と二人きりの空間で微妙な空気とか俺には対処出来る術がない。

 光が仕切り直しをしてくれて本当にほっとしている。

 ………ホント、情けないな。


 「私が言いたいことはね。ゆーくんがずっと隣に居るのが嫌だって意味じゃないの。寧ろ逆だよ」

 「逆って、光は俺と一緒に居たいのか?」

 「そ、そんな面と向かってハッキリ言わないでよ! ……恥ずかしいよ」


 光は顔を赤くして照れながらもじもじしている。

 小動物みたいで、本当に可愛い。


 「確かに私はゆーくんに隣に居て貰いたい。だって私もゆーくんのことがずっと好きだったから」

 「……」

 「たけどね、ゆーくんが言う隣に居るってずっと私を守りたいってことだよね?」

 「まぁ、そうだな」


 俺は光のことを守りたい。

 幼馴染だから、そして何より好きだからこそ守りたい。


 「だけどそれは私も同じなんだよ?」

 「同じ……」

 「そ、私もゆーくんと同じくらい、それ以上にゆーくんのことが好き。だからこそ大切な人を守りたいって思うの。守られるだけじゃなく私もゆーくんを守りたいって思うの」


 光も俺を守りたい。

 その言葉は俺にとって衝撃的だった。

 何故なら俺はそのことに一度も思い至っていなかったからだ。

 相手の気持ちも考えず、自分の理想を押し付けるだけ。

 そんな一方のエゴにまみれた告白、そりゃ断りたくもなるだろう。


 「もしかしたらゆーくんは私を守りたいと思ったことが自分の独りよがりだと思うかも知れない。だけどそれは間違いだよ。ゆーくんは悪いことはしてない。だってそれは自己満足じゃなくて自己犠牲だもん。そんな『思いやり』を私には無下に出来ない」

 「………」

 「だから私も、ゆーくんにちゃんと伝える」


 そこで一息、光は深い深呼吸をする。

 まるでこれが自分の分岐点とでもいうように、緊張を落ち着かせていた。

 そして俺には光がこれから何をしようとしているのかがまるで自分のことのように分かった。

 何故なら今光が抱いているであろう気持ちは、胸の高鳴りは、耳がおかしくなるほどの心臓の音は。

 全て俺が感じたばかりのものだったから。


  「私が柊征勇くんが好きです」


 そして、光の告白が始まった。


 「だけれど私はゆーくんに守られてるだけじゃ嫌、私もゆーくんを守りたい。

  ゆーくんの役に立ちたいし、守っても貰いたい。

  とっても欲張りだけど、でもそれが私の求めるゆーくんとの理想なの」

 「………」

 「小学生で一目惚れして、中学生でそれに気付いて、高校生で会うたびに幸せな気持ちを感じるようになりました。

  けれど私はただの高校生です。何も持たないただの高校生です。

  だから私が征勇くんにあげられるのは一つだけ。天野光という人生です。

  私は征勇くんを支えてあげたい。征勇くんに守って貰いたい」


 光の告白は俺の告白に非常に似たものだった。

 だけれどその中には光の意思もしっかりと混ぜ込まれていて、


 「征勇くん、私と一緒に歩んではくれませんか?」

 「っ!」

 「うわわ」


 お互いの理想を補完しあう、俺達二人が求める理想を現しているように俺には感じられた。 それと同時にどれ程光が考えてくれていたかを感じられて、胸が一杯になって、嬉しくなって、気付くと俺は光に抱きついていた。


 「ありがとう」


 そう光に囁いた。

 俺の全ての気持ちを込めて、ただ一言呟いた。


 「ふふ、どういたしまして。嬉しいな」


 そう言うや光は俺の背中へと腕を伸ばしてその小さな体で精一杯抱き締めるのだ。

 俺の気持ちは伝わった、そう感じた。


 俺達はしばらくそのまま抱き合っていた。

 お互いの気持ちを慈しみあうように、確かめあうように。

 お互いの気持ちに気付いた中学という三年を取り戻すかのように、ずっとお互いの体温を感じていた。


 それはとても暖かい時間で、俺はこの時初めて嬉しくて涙を流した。

 嬉しくて、幸せで、ぬくもりで胸が一杯だった。

 俺も、光も。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 「いや~、寝ちゃいましたね」

 「そうだな」


 現在俺達はコテージの中でぐったりとしていた。

 あの後俺達は二人して寝てしまった。

 勿論変な意味とかではなく普通に寝てしまったのだ。

 それから暫くして様子を見に来た俺と光のご両親に宿題はどうしたんだ! ってこってりと絞られたのだ。

 勿論俺は終わらせていたが光が途中だったのが俺にも飛び火した結果、二人ともぐったりとしているのだ。


 「でもま、そんなに悪い気分じゃないかもな」

 「ゆーくんも?」

 「ああ、だって片付けって名目で光とまた二人っきりになれたからな。怒られた甲斐が合ったってもんだ」

 「ふふ、全然反省してないね」

 「反省って、元はと言えば光が終わらせてなかったせいなんだからな。寧ろお前が反省しろ」

 「まぁまぁ、そこは、ほら、支えて支えて。なんたってゆーくんは私の彼氏なんだから」

 「むう、それを言われると返す言葉もないな」


 片付けながらそんな会話をする。

 一見前と変わらないようだが、俺には全く違って見える。

 だって、こんなにも幸せな気持ちになっているのだから。

 こんなにも光が愛しく思えるのだから。

 光に愛しく思って貰えているのだから。


 「ゆーくん」

 「何? ん!?」


 急に光に呼ばれて振り向くと両手を首に掛けられて口を塞がれた。

 光の顔を眼前にあった。

 その事実に今更ながら俺は光と口付けをしているのだと理解する。

 直後光の顔が離れて行くと同時に口の拘束も解放された。


 「ふふ、愛してるよ。ゆーくん♪」


 タッタッタッ


 そう言い残し一人コテージから小走りで出ていった光を俺は唖然として見つめていた。

 熟れた林檎のように耳まで真っ赤な横顔が、俺の目から暫く離れなかった。


 「ん?」


 

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『初恋』 凪慧鋭眼 @hiyokunorenre

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