異性厳禁だった僕の部屋が、勇者になったとたん…

つちやおくひと

序章

序章


 この世界は、以前は大地の恵みを人と自然の中に生きるもの達が分け与えて住む、素朴だが平和な世界だった。

 それが何処からか現れた魔族と呼ばれている凶悪な種族によって浸食され大地は荒廃し、食物だけでなく光さえも奪われて行った。

 人々、この世界に生きる全てのもの達は次第に追い詰められ、殺され、そして世界の半分は闇に覆われて行った。


 俺の名はピクサー・グラント。

 俺は、騎士だった父が魔物たちとの戦いで無残に殺されるのを見て、父の意思を継いでヤツらを殲滅しようと決心し剣を取った。8歳の時だった。それから人間達を守るため戦いの中に身を投じた。

 逃げだしたくなるような辛い修業を続けて剣の技を磨き続けた。そして少しずつだが経験値を積んで、力を付けて魔物たちを倒せるようになり、彼等の巣食う魔王城に向けて旅立ったのだ。

 魔王城に近づくにつれて、ヤツらの眷族の中でも強大な化物が次々と俺の前に立ち塞がった。俺は戦いで右腕を骨折し、肋骨を数本やられた。しかし体の回復を待っている暇などない。

 せっかく魔物を倒して作った突破口も俺の傷が癒える頃にはまた堅固な要塞に復元されてしまうだろうから。だから俺は化け物を踏み越えて進み続けた。

 小高い丘の上に立ち、仰ぎ見るともう目前に魔王城エイビルゲイルが迫って来た。

ここは大魔王が住まう天空の魔王城エイビルゲイルへと続く【水晶の谷】。俺はその谷底のクレパスの奥を岩肌に隠れながら少しずつ魔王城に向っている。

 俺の右手にはこの世界【セレンティウス・グランド】で手に入れる事の出来る最強の鉱物ホーリー・クリスタルから精製され、伝説の鍛冶屋ソウイ・G・ナックの手で完璧に鍛え挙げられた聖剣セイクリッド・ライトニングが握られている。

 185センチの長身に実戦で鍛えられた筋肉質の身体には、神聖な色とされる白と青で彩られた衣服アブソリュート・プロヴィデンスと最強の防御力を誇る甲冑ディヴァイン・プロテクションを装備し、額には深紅に染まった《誓いのバンダナ》を巻いて長髪を一つにまとめている。

 僕の対面に20メルトー程の距離で立ち塞がっているのは、見るからにおぞましい顔をした四天王だか八大将軍だかの魔王の眷族『ウルフガング・リガルディ』と呼ばれている魔導士だ。

 ヤツは俺に隙さえあれば、今にも僕に襲いかかろうと言う形相でこちらをガン見して来ている。そのため唯でさえおぞましいヤツの顔は、余計に醜く歪んでいる。

戦いはまさにクライマックスに達しようとしていた。

 此処まで来てこんな化物にむざむざくれてやる命なんぞはない。俺はゆっくりと抜身の剣を隙を見せずにヤツに向けながら、じりじりと間合いを詰めて行った。

 眼を凝らすと『ウルフガング・リガルディ』の背中には、4枚の蝙蝠みたいな翅が生えており、その翅はゆっくり息をしている様に動いている。

 眼光で僕を殺せるのなら、今すぐにでも射(い)殺(ころ)したい様な勢いでこちらを睨み付けるヤツの顔のすぐ下には醜悪に越え太った肢体が釣る下がっている。何を食べてあんなにデブになったのか? 悪魔は生まれつきデブの遺伝子でも持っているのか? ダイエットしろっての、世界を闇に変えている暇あったらな!!

 此処に到達するまで、俺は数え切れない苦難と危機を切り抜けて来た。だから眼の前の悪魔が予想もしない卑劣な不意打ちを仕掛けて来ようともそう簡単には喰れたり、やられたりしない自信はある。

 これまでに強大な魔物と幾度となく死闘を演じた事はあったからだ。 そうして俺は戦いの中で血が滲んだ経験値を掴み取って来た。振り返れば、辛く厳しく凄惨な戦いの日々の繰り返しだった。

 僕は『ウルフガング・リガルディ』を挑発する様に、不敵な薄笑いを唇元に浮かべた。

「来いよリガルディさんよ…………僕を食べるのか、永遠の闇の中に封印するのか、それとも虫けらにでも変えてくれるのかい……やれるものならやってみなって。正面切って受けて立つグラン!!」

 僕はこの谷に入る直前、全身に魔除けの結界結晶を牽いている。いかな上級悪魔と言えど、今この僕に魔法の直接攻撃は不可能だ。それでも時間を掛けて繰り返し俺を取り巻く結界結晶の一点を集中攻撃されれば、肉体にダメージを到達させられなくもない。ただそれまで僕がぼやっと魔法干渉攻撃を受け続けていればと言う話だ。

僕はそんな迂闊な防御態勢を取ったりはしない。此処まで到達出来た事がまさにその証だ。俺の挑発にやっと答える気になったのか、奴が呟いた。

「私と対等に戦うつもりなのか……見ると君は確かに大層立派な装備を持っているようだ。さぞかし魔族との戦闘経験も豊富そうだが……それだけでは私は倒せない。

今まで私の前まで到達した人属の誰も私を倒せなかったからだ。それこそが君達人属の無力の証だよ。見ると、可哀そうに体のあちこちを痛めつけられている様じゃないか。もう立っているのもなんじゃないのかぁ?」

言葉使いは持って回って厳かだが、明かに俺を威嚇しようとしている。裏を返せばそんな事をわざわざ聞いて来るっていうのは、ヤツは自分の内面の動揺を隠そうとしているんじゃないのか……。

「それじゃあお前を倒す人属の記念すべき一人目にさせていただきましょうか、このグラントがね」

「それはそれは……私に面と向かって減らず口が叩けるだけでも、君の蛮勇は賞讃に価すると思うね。さぞや剣の腕も立つんだろうね」

魔導士は腹の底から絞り出してくるような厭らしい低い声で呟いて来た。不愉快だぁこのデカイ蝿みたいな怪物は近くに行ったらさぞや息も臭いんじゃないのか。

「試して見るかいリガルディさんよ」

魔王は言葉を続けた。


「お前は全身何処を見ても一分の隙もないように見える。察する所恐らくは何かの魔法具を使って魔法防壁を敷き防御は完璧なのではないのか?」

ううーん、そこは……見抜かれたか。

僕は思った。まあ良い、それならそれで話が早い。

「このレベルまで来て魔王に立ち向かうのに、魔法防壁を牽かない戦士も珍しいだろう」

 俺はそうヤツに答えてやった。

「なるほど……物理的にも魔法的にも隙はないと言う訳か……。

それはまいったな……、それではどうしたものかなぁ」

 ヤツは芝居がかった仕草で顎に手を当てて、思考を巡らしている様に両眼を宙に泳がせた。そして思い付いたように口を開いた。

「……そう、こうしよう。君には私と同様の美しい強靭な姿態を進呈しよう、傷だらけじゃないか。体がガタが来てたら先々不便だろう。今後は君とは同盟関係を結ぶ。君の眷属には手出しはしない。それで大人しく此処から引きあげていただけないだろうか」

 魔王は僕に敵わないと思ったのか、手のひらを返したように低姿勢になり、急に拍子抜けする条件を投げ掛けて来た。無論この後に及んでそんな戯言に惑わされる気など毛頭ない。

「おいリガルディ、頭おかしいんじゃないのか?!誰が好き好んでお前の様な糞デブの体に成りたがるかよ!」

この腕も体も今は傷ついているがそれは俺の勇者としての勝利の証だ。俺は改めて気を引き締め、嘗ての実戦で鍛え上げた贅肉のない腹筋と胸筋に力を入れて剣を構え直した。

「おかしいなあ……さっきから君の後ろに、体を隠す衣装も無く恥ずかしそうに佇んでいる美しい姫君も、今の君より私の方が好みと言っている様に見えるのだが……気のせいか」

 俺の後ろに女? しかも半裸? 何を言ってるんだ。

「でたらめを言うな……こんな荒野の果てに人など来られるものか……」

 俺はそう答えたが、ヤツは何故か一向に動じる様子はない。ヤツは僕を促す様に顎をしゃくって、俺のすぐ後ろに視線を移してほくそ笑んだ。

それに吊られて僕も反射的に後ろを一瞬だけ振り返った。

「?…何処に半裸の姫だって……?」

 そう言って、つい振り返ってしまったのだ……。


 全く残念なことに……。

 

 振り返って見た僕の視界には当然の様に半裸の美女などいるはずもない。そこには生きとし

生ける何物もいない荒涼とした山肌が続く荒れ果てた大地が広がっていた……。


「修業が足りなかったかぁ―――――――」


 俺はヤツにまんまと嵌められたのだ。カっと頭に血が昇って行くのが分かった。

その一瞬の隙をリガルディが見逃すはずはなかった。俺が後方に視線を逸らした瞬間、ヤツの右手が微かに文字を書く様に動き、唇は声のない呪文を詠唱していた。

「愚か者、結晶結界もろとも、この世界から消え失せるが良い。お前をを空間ごと切り取って何処かの闇の中に吹き飛ばしてあげよう」

しまった!

此処まで来て……此処まで来て,こんなくだらないヤツの戯言に惑わされてしまった。

 俺の魔法防壁は結界結晶と呼ばれる方法で自分の周囲の空間に魔法断層を一定期間形成する術式だ。その干渉空間がどんな魔力も中和する為、魔族のあらゆる攻撃魔法は俺に届かない。しかしヤツは短い会話の間に、無言の術式で俺の魔法防壁を周りの空間ごと切り取り、異世界に吹き飛ばす穴を開けやがった。ヤツとの無駄話が過ぎたのだ。勝ち誇ったリガルディは俺を指差して高笑いを挙げた。

 

 「人の事を指差すな、失礼だろうが!!」


 歯を食いしばって悔しさをかみ殺している俺にヤツは言葉を投げつけた。

「君が結界結晶で守られているようなので、止めを刺して挙げられないのがなんとも残念だよ。その代わりと言ってはなんなのだが、可愛そうな満身創痍の勇者殿に私からのささやかなお土産をあげよう。

 「カーマナイト・スピリッツ【KS】と私が呼んでいる魔法の術式を進呈しよう。遥か彼方、飛ばされた最果ての世界、万が一キミの意識がそこで覚醒し、地の果てで目覚めたとしても、そこでも到底起こりそうもない不幸が君に襲いかかり続けることだろう……はっはっはっ羨ましいなあ」

 俺は空間が閉じる一瞬、悪魔の下品な高笑いを最後に聞いた気がした。

 薄れゆく意識の中で俺はもがきながら絶叫をあげた。

「そんな分けわからないお土産はいるかぁぁぁぁーーーーー!!」


 それが、俺の生まれ育った暗い悪魔の眷族達に人属が支配された【セレンティウス・グランド】での最後の記憶だった。

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