エピローグ
箒専用の滑走路に降り立ったラインとアーチは、そのままの足で担任の元へと向かう。
アーチたちの担任は、もちろん魔女だ。しかも優秀な者達が揃っている。そして大学と同じようにそれぞれが研究室を持ち、それぞれに日々魔法の研究を行っているのだ。
二人は、同じ担任を持っているため、研究室も同じ場所だ。
そこは魔女学校研究室棟の最上階一番奥の部屋。誰も立ち寄らなそうな怪しい雰囲気を放つ部屋だった。
「ライン・リーズ・カティナリオとアーチ・リーズ・カティナリオです。試験結果を聞きに来ました」
ノックをして、名前を付ける。
「はい、入って来てください」
その声は非常に幼い物だ。そしてその声と同時にカチリと部屋の鍵が開く音がする。
それを確認して、ラインとアーチは扉を開き、部屋の中に入った。
その光景はまさしくカオス。
古今東西から集められた呪術品や、オカルトまがいのグッズ。棚には大量のホルマリン漬けが並んでおり、部屋の中央では、怪しく魔法陣が輝いていた。
そしてこの不気味な部屋の主、ラインたちの担任でもある魔女オクテュリアは、そんな魔法陣の中心にちょこんと座っていた。
その擬音はまさしくちょこんがふさわしい。なにせ、オクテュリアの容姿は、明らかに小学生なのだ。
しかし、その容姿とは裏腹に、纏うオーラは魔女そのものだ。そのギャップに、見慣れたはずのラインたちも息を飲む。
「ちょっと待ってくださいね。すぐに終わらせますから」
鈴の鳴るような声でラインたちをその場に待機させると、オクテュリアは魔法陣に手をかざし詠唱を始める。そしてその詠唱が終わった時、オクテュリアの手には一本の瓶が握られていた。
「あ、あのそれは?」
ラインが恐る恐る尋ねる。
オクテュリアはその問いを待っていたと言わんばかりに笑顔になり、ラインにこう答えた。
「コーラです」
「は?」
「ですからこれはコーラですよ。召喚魔法で呼び出したのです」
そう言いながら、オクテュリアはポケットから栓抜きを取り出し瓶の栓を開ける。プシュッと炭酸の抜ける音と共に、甘い香りがした。
そしてその瓶を一気に傾け、オクテュリアは飲んでいく。
「ぷはっ、やはりコーラは美味しいですね――けぷっ」
『はぁ……』
オクテュリア、別名無駄の魔女。彼女の使う魔法は、どれも素晴らしい構成をしており、他者を圧倒するだけの技術を持っている。しかし、その魔法でコーラを召喚したり、室内でバーベキューをしたりと、無意味にもほどがあることを繰り返しているうちに付けられた二つ名だ。
そのオクテュリアはコーラを飲み干すと、奥の席に座る。そしてラインたちにソファーに座るように促した。
ラインたちはそれに従いソファーへと移動する。
「さて、ではお二人の結果を発表しますね」
ラインとアーチの唾を飲み込む音が、オクテュリアにも聞こえてきた。
「お二人とも不合格。追試確定です」
笑顔で言い渡された宣告に、ラインたちは悲鳴を上げた。
◇
「じゃあまずアーチさんから理由を説明していきましょうか」
「お、お願いします」
緊張した面持ちでアーチが頷く。その額からは大量の汗が流れていた。
「まず物語の完成ではアーチさんの行動が評価されました。物語の構成力も素晴らしい物です。おそらくすべての試験が終わっても、この物語以上の構成をする者はいないでしょう。しかし、最後の部分で自分がヒロインになっちゃってますからね。魔女は裏から操るものですから、ヒロインになった時点で論外です。魔法を簡単に妨害されちゃうのもやっぱり問題ですよね。魔女なのに魔法が苦手って……」
そう言ってオクテュリアはプッと小さく吹き出す。
「うわぁーん!」
圧倒的なまでのダメだしに、アーチが溜まらず部屋を飛び出して行ってしまった。そして残されたラインは、オクテュリアに尋ねる。
「わ、わたしは……?」
「魔法の能力に関しては相変わらず申し分なしですね。けど、物語の構成の時点で、対象者の恋人選定に間違う、その後の立て直しに時間がかかりすぎる、最終的には対象者と恋仲になるとか、何考えてるんですか? いや、まあアーチさんの策略にまんまとハマったのは分かっていますけどね」
最後の部分を読み上げている時点で、オクテュリアは呆れ顔でラインに尋ねる。
しかし、ラインに反論の余地はなく、逆に恋仲と言われたことで顔を真っ赤にしてしまっていた。
「魔女が王子様と恋仲って……色々破談し過ぎでしょ。と、いう訳で二人とも追試確定です。まあ、普通なら速落第になるところですが、ラインさんは魔法がずば抜けていますし、アーチさんの物語の構成力は教師達の中でも讃頌の声が多かったですからね。なので追試と言う形になりました」
「じゃあ、私たちはどうなるんですか?」
今までの魔女試験の中で、追試になった魔女など見たことが無い。それは今までが確実に合格か落第かの二択だったからだ。
しかし、ここに来て突然二人ともに追試の言い渡し。ラインには先が全く予想できなかった。
「追試では、対象者と協力して物語を作ってもらうことになります。一人最大半年、二人で一年間対象者と共に協力して、新しい物語を一から作ってください。この物語に、特に縛りはありません」
追試の内容を聞いて、ラインは自分の頬が緩んでいくのを感じた。
「と、言うことは――」
「また対象者の所に行って来てくださいね。以上です」
話しは終わったとばかりに、ラインも部屋から追い出された。
◇
アーチとラインの帰った翌日。遊びに行く約束は急遽変更され、ラインたちの事の報告を兼ねた勉強会が開かれることになった。
巧実の家に集まったのは三人。由美、裕也、彩音と、いつものメンバーだ。
今は朝からの勉強を終え、宅配ピザを四人で囲んでつついている所だ。
「叔父さんはそろそろ休みもらえそう?」
由美の何気ない一言に、巧実はうなずく。
「ああ、昨日工業地区で捕まったらしいからな」
アーチを突然襲った犯人。それは最近巧実の父がずっと追っていた暴漢だった。ウッドプレディエータとの戦闘後、崩れた工場の中から奇跡的に無事で見つかった犯人は、そのまま警察に逮捕された。
工場の爆発や、周囲の被害も、犯人が廃工場の設備を勝手に使い、何らかの残っていた燃料が爆発したものとして、処理された。
かなり無茶な筋書きだが、魔法の力を使うと簡単に押し通せてしまうらしい。
現在は、意識を取り戻した犯人の事情聴取が行われており、それを行っているのがどういう訳か管轄違いの巧実の父と言うわけだ。
巧実の中では、きっと暴力的指導が行われていると予想している。後を残さない痛みを与えることに置いて、自分の父の右に出る物はいないと思っているからだ。
その巧実の父は、事情聴取が終われば休みを貰えると言うことで、今朝は意気込んで出て行った。今頃、強烈な取り調べが行われていることだろう。
「お父さんと言えば、ラインさん、大丈夫かな?」
「まさか急に帰ることになるとはな」
「しょうがないだろ。お父さんが倒れたなんて言ったら」
「まあそうだけどさ」
留学生であるラインが、突然いなくなればパニックになる。そんなことが許されるはずも無く、魔女学校はしっかりと裏から手を廻していた。そのシナリオは、ラインの父が突然倒れたため緊急帰国すると言うものだった。
金曜の午後に倒れ、その連絡が入ったのが夜。最終の便でイギリスに急遽帰ったと言うことになっている。
そして真実を知っているのは、一般人では俺だけと言うことになっている。由美も知っているはずなのだが、その記憶は魔女学校から派遣された魔女によって封印されてしまっていた。完全に無関係な人間に対する処置なのだ。対象者には、さすがに説明責任があると言うことで、記憶は残されることになっている。
「せめてお別れ会ぐらいはしたかったよな。まあ、お父さんが無事ならまた戻ってくるよな?」
裕也の言葉に、巧実はうなずく。
「ああ、きっとな」
巧実はそう信じている。昨日の夜、ラインたちが空へと飛び立つ間際に約束したことだからだ。
(また必ず戻ってくるわ。今度は立派な魔女としてね)
(ああ、待ってるよ。そん時はお前の好物作ってやる)
(私の好物は、竜田揚げよ)
(姉妹揃って似たもんが好きなんだな)
(姉妹だもの。じゃあ、また会いましょう)
(ああ、またな)
そう言ってラインたちは空へと消えて行った。
だから必ず帰ってくると信じている。
再びベランダの手すりに、カツンと音を立てて降り立つ魔女の姿を幻視しながら、巧実は身近に迫ったテストの為に、勉強を再開するのだった。
◇
夜。勉強会も終わり、巧実はベランダから空を見ていた。
「俺も案外未練たらたらだよな」
ラインたちと分かれてからまだ一日しか経っていないというのにもかかわらず、巧
実は心に寂しさを覚えていた。
「メールしてみようかな?」
手元の携帯には、しっかりとラインのメールアドレスが登録されている。そのアドレス帳を見ながら、メールしようかと考えていると、不意に巧実の体が影に覆われた。
「え?」
見上げれば、そこには悠然とマントがなびいている。そしてそれを付けている人物に、巧実は心辺りが一人しかいない。
「巧実、宣言通り帰ってきてあげたわ!」
「追試になっただけですけどね」
箒の上に器用に立ち、堂々と胸を張るラインと、その横で自分の箒に座っているアーチ。
その姿を見て、巧実の表情に笑みが漏れる。
「はは、意外と早かったな。お帰り」
「ええ、ただいま」
巧実と魔女達の物語は、まだプロローグを終えたところだった。
了
物語になりたい魔女たちの物語 凛乃 初 @rino-hajime
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