サンテグジュペリは嘘つきだ

 サンテグジュペリは嘘つきだ。

「ほんとうに大切なものは目に見えない」だなんて彼は言ったけれど、私はそもそもほんとうに大切でないものを知らない。だって目が見えないのだから。


 この身体を呪ったことも一時期あった。何も見えない世界で外からの視覚以外のみを頼りにして生きていくことの絶望をきっと誰もわかりえないだろう。

 空の青さを知らないという悲しみを誰も知らないだろう。

 周りに何があるかわからない恐怖を誰も知らないだろう。

 すべてのもののカタチを目で確かめられないことはどれほど空虚なものか。


 誰も私の手を取ってくれない。

 今私がどこにいるかわからないと表現しても、誰も私に近づかない。

 誰もが人と関わることを避けている。「面倒事」を避けている。

 私を見ても見ないふりをして過ぎていく。私は目が見えないから。

 私の世界は何も見えない世界だ。

 だからこそ誰かの手がなければ難しいことばかりだ。

 だが私はこうして一人なのだ。

 一人で生きていこうと懸命に過ごしていても、得体のしれない外へ出てみても、やはり誰かの助けが必要なときがあるのだ。


 やはりサンテグジュペリは嘘つきだ。

「ほんとうに大切なものは目に見えない」という文句は名言として語られても、誰もそれを実践しようとしない。私の「助けて」という声に反応してくれない。

「ほんとうに大切なものは目に見えない」のではなく「ほんとうに大切なものなんてどこにもない」のだ。優しさも慈しみも愛もない。希望も鮮やかな景色も何もない。ただ眼前に広がるのは真っ黒な絶望だ。

 だって、目には見えないものがほんとうに大切なら、私は大切なものばかりを知っているからだ。だが、そんなものはない。


 今ここで銃を持ち出して乱射してみようか。

 今ここで爆弾を腹に巻いて爆発させようか。

 今ここでナイフを振り回してみようか。


「ほんとうに大切なものは目に見えない」のだから、きっと彼らには見えない。私だって見えないのだ。彼らが見えていたらすでに行動しているだろう。

 そんな彼らに「ほんとうに大切なものを目で見れない」私が教えてやろうか。

 まあ、そんな人でなしな「彼ら」はどこにいるのかわからないが。

 

 もしかしたら誰もいないのかもしれない。

 そうだったらどれだけ幸せな世界だろうか。

 そうしたら、嘘つきの「ほんとうに大切なものは目に見えない」という言葉は真実になるかもしれないな。

 だって、そんな世界で大事なのは「自分ひとり」じゃないか。

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首吊りのメソッド 星野 驟雨 @Tetsu

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