鏡という処刑台について
鏡は処刑台だ。
目の前にいるのは血の通っていない私。
その死に顔に化粧をしていく。
その感覚はとても扇情的で美しい行為だった。
鏡を処刑台だと思ったのは少し化粧を覚え始めてからだった。
母親の真似をして化粧をし始めたあの頃、化粧という行為は実に扇情的で何もない私の顔が色づいていくのがたまらなく好きだった。これは血筋かもしれない。
母は淫らな性格で、四六時中男と遊んでいた。
そんな母は大嫌いだったが、魔法を使ったように綺麗になっていく母は大好きだった。そう、鏡に映った顔が綺麗だったのだ。
「あんな綺麗になれるんだ」そう思って鏡に顔を映した。
でもそんな鏡に映っていたのは、綺麗でも何でもない私の顔だった。
だからこそ私は母を執念深く観察した。
アレを使えば綺麗になれる。これを使えば魅惑的に映る。そんな風に。
最初は母がいない間にこっそりと化粧の真似事をした。
最初に口紅を引いたあの快感を忘れない。
あの頃を思い返せばとても下手だったが、あの快感だけは本物だった。
そうしてしばらくして、なけなしの貯金で化粧道具を買い、練習し始めた。
母は何も教えてくれなかったから、すべてが独学だった。
最初は厚すぎて酷い化粧だったが、次第に薄めていくことを覚えた。
日に日に覚える快感の数々は、鏡の前だけの快感だった。
その頃できた彼氏との肉欲の日々よりも強い快感だった。
そんな日々は突然の転機を迎えた。母の死だった。
母の姿を最後に見たのはいつもと変わらない鏡の前だった。
あの日はやけに入念に化粧をしていたように思う。
もう一度母に会ったときは母は綺麗な顔をしていた。
きっとあれは死に化粧だったに違いない。
その頃からだろう。私が鏡を処刑台だと思い始めたのは。
私もきっと母と何一つ変わってはいない。
処刑台に跪いて、死ぬ瞬間を待っている。
死ぬ瞬間に訪れる絶頂をはしたなく待つ女。
必ず化粧が私に死をくれる。
その絶頂をより強いものにするために私は化粧の腕を磨く。
明日はどんな男に逢いに行こう。
首を絞めて絶頂を迎える男か、喉奥に肉欲をぶつける男か、別の穴を使う男か、私の自由を奪う男か、殴る蹴るで痛めつけてくる男か、あるいは。
私はより刺激的な男を選ぶ。ただ、決して顔に触れない男だ。
いつ絶頂をくれるのだろう。あの快感はいつ訪れるのだろう。
私はそれを心待ちにしている。
処刑台を毎日訪れる。
――いまだギロチンは落ちてこない。
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