芸術家

 ストーカーとかそういう部類のものは総じて否定され続けている。

 勿論私だって否定したいものだ。そんな風な倒錯した人間には理解を示すことができないから。さらには人殺しになるような人間というのはさらに悪い。

 そんなことを言う私だが、美しいモノには目がない。星や月といった自然のものも好きだが、やはり一瞬の煌めきを体現するような人間や動物にこそ惹かれる。美しさというものは罪なもので私の心を弄ぶ。


 たとえばある時、私はある女性を目にした。それはピクニックできるような少し広い公園、草原で桜が程よく散り始めていた。

 花冠を抱いた大木の指先から色づいていく空を見上げて、ふと新緑と薄桃色に染まる境界線へと目線を下げる。そこには見目麗しい女性がいた。桜色をまとい、あたかも色づいた空が彼女に吸い込まれていくようだった。それ以来私は目を離せなくなってしまったのだ。

 勿論そのようなことをしていれば目が合うこともあったが、だからと言って私の心は留まることを知らなかった。彼女が立ち去ってからも私はその場所を見つめていた。彼女の残り香があるように思えたのだ。私は日が暮れるまでその場所に留まり続けた。

 翌日も私はその場所を訪れ、彼女の残り香を探した。その翌日も、またその翌日も。桜色の彼女が訪れないであろうことを知っていながらも、私はそこを訪れた。ただ自身の眼のうちに焼き付けられた一瞬を色褪せぬように、と。気が付けば桜は散っていたと思う。

 夏になっていたが、私はそこを訪れた。彼女に似ている女性は何度か見かけたが、どれも彼女ではなかった。蝉しぐれの中にあっても、私の彼女は色褪せることはなかった。かえってその深緑に抱かれた残り香の色合いが艶めかしく思われてしかたなかった。


 結局、私は今もそこを訪れ続けている。まだ春は訪れない。彼女の残り香も少し薄くなってきたようだ。彼女は、またここを訪れるだろうか。

 数多が眠る冬の最中に私は立っている。指先の感覚はもはやない。春を求めて私は今日もその場所へと訪れるのだ。

 ストーカーやそれらとの類とは別なのだ、私は。

 ただ心をとらえられてしかたのないモノとの再会を求めているだけだ。

 あと一度だけでいい。ただそれだけのことだ。

 ただ、おそらく彼女は戻っては来ないだろう。

 代わりに彼女の色香を放つ大木を眺めようか。

 私は爆発しそうになる檸檬の爆弾を色香のない空で満たす。

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