勇者になった男
「あー、つまんね。これもクソゲーじゃん」
そうつぶやき、ゲームのコントローラーを投げ出した男はニートだ。高校を卒業しても働こうとせず、日がな一日、家にこもってダラダラとゲームばかりして過ごしていた。
「やっぱオークションで買った詰め合わせなんて、ロクなんがねーな……次の探すか……」
ぶつぶつと独りごち、乱雑に積まれたゲームを探している時、玄関のインターホンが鳴った。
「チッ、誰だよメンドくせーな……」
男が働いていないため、彼の両親は共働きをしており、日中家にいるのは彼一人だった。
自室を出、玄関の扉を開けると、そこにはニコニコと笑った中年の女が立っていた。
「おめでとうございます。この度あなたと同位並列の"エマタ・エナカ・ミゾノ"キャンペーンに当籤しました」
開口一番に女は言った。しかし、男は一瞥するなり、ドアを乱暴に閉めた。
「なんだありゃ。新手のサギかなんかかよ……」
男が自室に戻ろうとすると、またインターホンが鳴らされた。
が、男はそれを無視し、自室に戻って再びゲームをしに戻ろうとした。
「うるせーなあ……ほっときゃ帰るだろ……」
しかし、それでもインターホンは鳴らされ続けた。
最初の数回こそ無視しようと思っていたが、こうもしつこく鳴らされるとそうもいかない。男はドタドタと玄関まで走り、ドアを乱暴に開けた。
「うるっせえんだよババア! さっきからピンポンピンポン鳴らしやがって! サギならよそでやれ!!」
怒鳴る男をなんともせず、ニコニコと笑みを浮かべたままの女は、両手を前に出し静止しながら言った。
「いえいえ、とんでもない。あなたはこの度、何か願いが一つだけ叶うキャンペーンに当籤したのです。何かおっしゃってください。できる限りのことでしたら、なんでも叶えられますよ」
男は再び怒鳴り、追い返してやろうかと思ったが、そこに一つのいたずら心が芽生えた。
「へへっ、じゃあよ、俺をゲームの主人公にしてくれよ。何でもできるんだろ? そうだな、RPGの勇者がいい。あれなら何でもできるし、許されるからな」
「わかりました」
「えっ!?」
あまりに平然と言ってのけた女に、男は呆気にとられた。そして、次の瞬間……
「うーん……なんだったんだ、あのばばあ。あれっ!?」
男がいたのは、見知らぬ場所だった。いや、それは場所と言っていいのかもわからない。
男の目の前に広がっていたのは、単調なドット絵で描かれた、とてもシンプルな世界だったのだから。
「な、なんだ!? なんだよ、これっ!? どうしたってんだよおっ!?」
おうさま「おお、ゆうしゃよ! それでは、まおうをたおすたびにいってくるのじゃ!」
「えっ!? なんだよ、いったいなんなんだよ!? うわ、からだが、かってにうごく……」
男の体は、まるで何かに動かされるように勝手に進んでいき、やがて街のような所から、外へと出た。
「ま、まってくれ! だれか! だれかたすけてくれっ!」
ドラゴンが 1ひき あらわれた!
ドラゴンは いきなりおそいかかってきた!
「うわ、あれ、ドラゴンじゃ……」
ドラゴンは はげしいほのおをはいた!
ゆうしゃに 56のダメージ!
「ぎゃあーっ! あちいっ! あちいよおーっ! しぬうーっ!!」
ゆうしゃは しんでしまった……
……
おうさま「おお、ゆうしゃよ! しんでしまうとはなさけない! さあ、もういちどまおうをたおすたびへいってくるのじゃ!」
「やだ、やだ、いやだよお。おれは、こんな、こんなことがしたかったんじゃない。たすけてくれよ。だれか、たすけてくれよお!!」
男が言った望みは、確かに叶えられた。
ただし、彼に相応な程度の――わずか8ビットほどの――漢字も使えない、古い、単純なものだったが……
「あー、つまんね。これもクソゲーじゃん」
【短編集】エマタ・エナカ・ミゾノ 三月兎@明神みつき @Akitsumikami_Mitsuki
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