コンビニオーナーの話
男は、疲れきっていた。
幾分か前、知人から大手コンビニチェーンのフランチャイズ店のオーナーにならないか、と話をもちかけられた。
当初は乗り気ではなかったが、話を聞くにつれ、「オーナー店長」という響きに心が動かされ、だんだんと乗り気になっていった。
しかし、それにあたっては、今の仕事を辞めなければならない。男は、知人に少し考える時間をくれ、と、その時は適当に返事を先延ばしにしてもらった。
だが考えてみれば、どうせ小さな会社で、朝も早くから夜も遅くまで、毎日決まりきったように働く毎日で、40才を過ぎてなお「万年ヒラ社員の昼行灯」と陰口を叩かれてもいた。給料も決して多いとは言えなかった。さすがに少しは考えもしたが、鶏口牛後という言葉もある。年齢を考えると大冒険ではあったが、どうせこのままでもつまらない勤め人のまま終わるばかりだ。どうせなら、小さくとも一国一城の主になりたいという想いはむくむくと大きくなり、数日の後、どうせいつも自分を無視する家族に相談せず、男は知人に電話をした。
そこまでは良かった。しかしそれを後悔することになったのはすぐだった。
普段何気なく利用していたコンビニ。それは激務だった。
まず、働き手がいないことには話にならない。まずは妻に頼み込み、パートを辞めてもらって店についてもらった。職安に募集をかけ、数人かのアルバイトも雇った。
だが、人はいればいい、というわけでもなかった。
妻と言えば、前出しや商品管理・補充といった基本的な仕事はせず、レジに突っ立っているだけだった。そこは自分が勝手に始めたことだからと自らに言い聞かせ、人がいない時も男はそれに忙殺された。
アルバイトのほうも、どういうつもりなのか、来てもどうにもやる気が無い。
彼らのシフトが終わり、引き継いだ男が前のシフトのチェックをしていると、あらゆる仕事がずさんなことは日常茶飯事だった。
最初の頃はそれを厳しく注意していたが、そうするとすぐにやる気を無くすか、酷い者は連絡も無く辞めてしまった。勤勉だけが取り柄だった男からすれば、それはとても信じられないことだった。
やる気の無い従業員。そんな奴らに支払わねばならない給料。足りない人手。
職務は、一国一城の主。オーナー店長である男の肩にのしかかってきた。
そればかりではない。問題は他にもあった。
まずは万引き。この被害がバカにならなかった。たとえ見つけたとしても、する者はごまんといる。いつまで経っても終わらないイタチごっこだ。
次にクレーマーや酔っ払い。商品が汚れていた、アルバイトの態度が悪かったという店側の落ち度ならばまだ良かった。この商品はまずかった、こんな商品はいらないという、理不尽なクレームは驚くほど多く、店長として対応しなければならない立場としては、文字通り心身がすり減る思いだ。酔っ払いもタチが悪い。暴言を吐くだけならばまだしも、店内でゲロを吐く者までいる始末だ。当然、掃除をするのはその時にいる店員――男がいた時は、いつも――である。暴行にあったことや、商品を引っくり返されたことも何度もあったが、いずれも泣き寝入りになる。二度と来るな。
他にも色々あるが、一番の悩みは本社からのノルマだった。
普段の売上や、新商品の売り出しは当然だが、何かのイベントやシーズンになると、それに応じた商品をさばかなければならない。
ケーキやおせち、恵方巻き等。そんなものは他でも売っている。わずか一日やそこらしかないイベントの度に、できっこないノルマを課せられる。売れ残れば処分。当然本社からはお叱りを受けるので、全て自分が買い取るか、アルバイトに露骨に嫌な顔をされながらも押し付けるしかない。それがフランチャイズ店の地獄だった。
オーナー店長。そんな甘言に乗った自分の愚かさを、男は呪う毎日だった。
そしていつしか、疲れきった男は、かつてのように死んでいないだけのように生き、日々の仕事を機械的にこなすようになっていた。
アルバイトの中にも、やる気がひと月ももたずに辞めた者もいれば、痴話喧嘩だかで彼氏を殺した者もいた。あの時は、店にまで警察が来て大変だった……
そんなある日だった。
男が半日以上に渡る仕事を終え、帰路に着いている途中、高校生風の少年が声をかけてきた。
「おめでとうございます! この度あなたと同位並列の"エマタ・エナカ・ミゾノ"キャンペーンに当籤しました!」
「……は……?」
突然現れ、ニコニコと笑いながら言う少年に、男はあっけにとられていた。
「簡単に説明しますとですね、あなたの望みを何か一つ叶えられるんです。もっとも、あまり贅沢な望みは無理なんですが……」
男は少年を一瞥すると、何も言わずノコノコと歩き去っていった。
くだらない、バカらしい。たまに来る客だろうか。俺をコケにして、ひっかけてバカにするんだろう。ひっかかってたまるものか。
「あ! ちょっと待ってください! せっかくのチャンスなんですよ? 何か一つ、願いを言ってみてください! できることなら叶えられますから!」
走ってきて先回りしてきた少年に舌打ちをし、男は言った。
「……どうせイタズラなんだろう? 疲れてるんだ。帰ってくれ……」
「わかりました!」
男の言葉に、少年はどこかへと歩き去っていった。
「……やっぱりイタズラだったのか……」
男は、再びノコノコと歩き出した。
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