第五話 標の城
霧を抜けた先、そこはこの想区に初めて来たときと同じ夜だった。
大きな満月が妖艶に夜空へ浮かび、その真下に大きな洋風の城が浮かび上がる。
「ここが君の居た……いや、居るべき城だね」
アレンはゆっくりと、静かに頷くと城へ向かって歩き出した。
岩だらけの地面に平らな場所がまっすぐ城へ向かって伸びている。この道だけが城へ通ずる。が、すでにヴィランたちが占拠しておりそうやすやすとは通らせてくれない。
各々の栞、武器を手に取り道をまっすぐ突き進んでいく。迫りくるヴィランを薙ぎ払い、気づいていないヴィランを蹴り飛ばし、どんどん前へ。目指すは城の頂上部分、アレンの居るべき場所。
城の目の前までくると、城壁の周りにはすでに強力なヴィランが数体配置され、それを取り巻くように人型のヴィランたちが待っていた。
「今度こそ、返してもらうわよ」
アレンはそう呟くと、一気に間を詰めて斬りかかった。続いてエクス、タオ、レイナ、シェインと斬りこんでくる。右側のヴィランを倒しては左側を倒し、上から来るのを避けつつ背後にいるのを倒す、縦横無尽に城壁門の前を駆けまわり門を押し開ける場所まで近づいた。
「みんなこっち!」
門の前でアレンが手をかざすと、人ひとりが通れるほどの穴が開いた。勿論その奥にもヴィランたちは待っていた。
穴を抜けながら城壁内にいるヴィランを倒していく。最後に穴を通ったアレンはもう一度右手をかざし穴を塞いだ。
「城壁門はそのうち開かれる、外のやつらが入ってくる前に城の中に入るよ!」
そう言ったアレンは城の扉へ走っていった。目の前のヴィランを次々と倒していくが、横に隙があった。そこを突いてくるヴィランを、栞と空白の書を持つ四人が蹴散らしていく。そうして全員で扉の前までくると、再び一人分の穴をあけて入った。玄関ホールには灯が燈っているもののヴィランの姿はない。後方では城壁の門が開けられたらしく、外にいたヴィランが大量に流れ込んできている。
急いで城の中へ入り穴を塞ぐ。壁越しにヴィランたちの騒がしい声が聞こえるが、城内部は静まり返っていた。
「気味悪いわね」
一度栞を外し、レイナが声を出す。
「ヴィランたちの罠でしょうか」
「外で倒しちまうこと考えて、中にいる奴らも外に出てたとか?」
「……とにかく最上階へ進むしかないわね。階段しかないけれど、一気に登るわよ」
四人はアレンの言葉に力強く頷き、目の前にあった階段を駆け上る。
階段の途中にもヴィランの姿はなく、シェインも何も感じなかった。違和感を感じながらもついに最上階、カオステラーのセレンがいるであろう場所へと到着した。
「ここまで敵の姿はなかったけど……本当に大丈夫なのかな」
「なんだエクス、ここまで来て逃げるのか? 確かに私は最初逃げていた、だが君たちが立ち向かうと聞いたからここまで来た。ここまで来て逃げるなんて私は許さないぞ」
アレンのその表情には、少しの笑みが含まれていた。恐怖を前に笑っているのか、励まそうと笑っているのか、それはエクスにはわからない。だが、罠であれ何であれ、世界を調律して回っているのだから、こんな困難はいつも立ち向かってきた。それなのに、初めてヴィランたちと対峙するアレンに助けられてどうする。
アレンの言葉はエクスを励まし、エクスが扉を開くと申し出た。
観音開きの扉を開けると、長細い空間が現れた。扉からまっすぐに赤地に黄色の線が両脇に入った絨毯が伸び、一番奥に玉座が二つ、その前に今四人と行動を共にしているアレンと同じ姿の女の子がいた。
「え……アレン……?」
いつも見てきた後ろ姿、そのものだった。
「セレン……!」
エクスの後ろにいたアレンが声をかける。その声に応えるがごとく女の子が振り返る。後ろ姿だけでなく、顔も体格も服も、まるっきり同じで、双子を通り越してクローンのようにも見えた。
「セレン……なんで」
「アレン、なんで戻ってきたの?」
「それは、あなたを救うために」
「ニーモックと同じようにするの? 私を現実の世界に戻すの?」
「それが運命の書に書かれたことでしょ! 私が捕らえようとする、あなたはニーモックに守られる、そしてあなたは『帰りたい』と願う!」
「……やっぱりね、そうだよね。あんなのは嘘よ、本当は帰りたくなんかない。私の好きなこの世界から、離れたいわけないじゃない!」
全く同じ二人の声が部屋にこだまし、真実を語りだす。
この世界はセレンが作り出したセレンの世界、つまり自分の理想であり、夢に見た世界だ。帰りたいというのは本心ではなく、良い子を装うためのもの。
そう、本当は帰そうとする登場人物が、帰らなければと思う心が嫌だった。そこに付けこまれ、カオステラーにされてしまった。
「なんだよ、結局わがままかよ」
タオは笑って話しかける。
「……なんですって?」
「自分のわがままだろ? 俺だってそうやって世界を壊した。……もう嫌なんだよ、そういうの」
わなわなと震えるタオの体に、シェインは落ち着かせようと手をかける。
「運命の書を持つが故の苦悩、ですか」
それを聞いていたセレンは、少しうつむいたまま話し始める。
「いつもそうだ、こうなんだから、ああなんだから、もう嫌よ。誰の言うことも聞きたくない、誰にも従いたくない、この世界は私の世界! 私が創り、私が守ってきたの!」
大きく大の字になると、部屋のあちこちにヴィランたちが創られていく。
「ええ、セレン。この世界を、この私を創り、守ってきたのはあなたよ。あなたはいつも助けてくれた。だからこそ、今度は私が助けるわ」
アレンはセレンを見据えながらそう言い放ち、手に持った大剣を構えた。
「僕たちも、助けるよ」
「わがままな奴は放っておけないからな」
「シェインもお手伝いしますよ、夢から醒めるの」
「あなた達の好きなようにはさせないわ」
四人も栞を挟む。
アレンを先頭に、四人のヒーローたちがヴィランと対峙する。
一番槍はアレン、その後を四人が追う。目の前のヴィランに斬りかかり、それを襲うヴィランを四人で倒していく。
セレンは次々とヴィランを召喚し、下で見たものよりも強力なヴィランまで出してきた。
しかし、誰も怯まない。怖がることもせず、ただ一点を見据えて立ち向かう。この世界を、あのセレンを闇から救い出す。唯それだけを胸に、玉座へと歩み寄る。
そして最後のヴィランとともに、セレンに剣が届いた。とどめを刺したのはアレン。立場が逆転した瞬間でもあった。
その場に倒れたセレンはアレンに抱きかかえられ、ヴィランを召喚することをやめた。
「……なんで、なんで帰らなきゃいけないの……」
力なくアレンの胸でなくセレン。声は怒りよりも悲しみに包まれていた。
「大丈夫、いつでもあなたはこの世界と近い場所にいるから。目を閉じればいつでも帰ってこれる、みんなと話もできる」
「あなたは? あなたには会えるの、アレン?」
それを聞いたアレンは、少し沈黙したのち声を震わせて答える。
「あなたは私、私はあなた。わたしはいつでもあなたと一緒よ」
玉座の前で抱き合う二人の少女は、共に涙を流していた。
アレンはセレンを抱いた状態で話しかける。
「……みなさん、お願いします」
それは、まるで覚悟を決めたかのような声だった。
レイナは静かに頷くと、いつものように調律を始めた。
「混沌の渦に吞まれし語り部よ」
レイナが続けようとした一瞬の間、アレンとセレンはエクスのほうを向いてこう言い放った。
「エクス――」
「――ありがとう」
双子のような二人の笑顔は、涙できらめいて見えた。
「我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし……」
間もなく世界は調律され、本来の姿、本来の筋書きを描き始めた。
タオ・ファミリーことレイナ一行こと、世界を調律して回っている四人は、想区の外れまでやってきた。
そこに広がるのは紛れもなく沈黙の霧。この世界にある混沌としたあのどこか温かみもある霧ではなく、すべてのものを消し去り、飲み込む冷酷な霧。
「なんかこの霧も久しぶりっていうか、見飽きてっていうか……」
タオがそう感じるのも無理はない。実際、混沌の霧とエクスが思ったこの世界の霧も、想区をわけ隔てている沈黙の霧も見た目は同じだ。
「本当に合ってるのか? 方向間違えたらまたどっかの世界に行っちまいそうだし」
「合ってるわよ、アレンに聞いた通りに来たんだから」
全てが終わった後、城の最上階にいるアレンから想区の端の場所を聞きここまでやってきた。アレンの話だと、僕たちが端に着くころにはセレンがやってくるのだそうだ。今頃はセレンがアレンを倒して、家に帰るころだろうか。
エクスは今まで来た道を振り返る。遠くに先ほどまでいた城がうっすらと見える。
もう大丈夫だ、そう改めて思い三人のほうを向く。
「なによ、いっつもいっつも偉そうなことばかり言って!」
「実際偉いしな、ポンコツ姫みたいに方向も戦術も間違えないしな」
相変わらずこちらの戦いは終わっていないようだった。
「もう、タオ兄やめてくださいよ」
「そうだよ二人とも、せっかく想区を出るのにケンカなんかしたらみっともないよ。アレンとセレンに笑われるよ」
珍しく二人の耳に届いたようで、ケンカはぴたりと止んだ。
「さ、気を取り直して次、行くわよ」
そのレイナの一言で、一行は霧の中へと進んで行った。
久しぶりに訪れる何もない感触、感覚、霧の中を進むことに慣れていた全員の気を引き締めるのには十分だった。
どこかで物語は書き創られる、そしてどこかで消えてゆく。しかし、どんな物語であったとしても、書き手はその世界を、住人を愛してやまない。
僕も、愛されていたのかな。
おとぎの国のセレン 哲翁霊思 @Hydrogen1921
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