第四話 セレンの街
霧を抜けた先、足元は先ほどまでとは違い歩きやすい石畳になっていた。
しっかりとした地面に足をつけると、歩きやすい分疲れもそれほどまでには感じなくなる。全員の足取りは軽いものだった。
出てきた道の先にあるのは、木で組まれた簡易的な城壁。特筆すべきことといったら、入り口があったであろう場所はその横の城壁を巻き込んで崩れ去り瓦礫の山と化していた。煙ったい様子はなく、ずいぶん前に破壊されたようだった。
「そんな……!」
アレンは急いで駆け出し、壊れた城壁へ向かう。が、その眼前に破壊した張本人であろう大量のヴィランたちが立ちはだかる。何も考えず先を急いでいたアレンは、突如現れたヴィランを見て焦り、恐怖、驚き呆然と立ち尽くしてしまった。
追いかけた四人は洞窟の時から常時用意していた栞を使い、アレンの目の前に立ちはだかっていたヴィランたちをなぎ倒していく。それを見たアレンはふと我に返り、いつものように大剣を出現させて加勢した。
「まったく、いつでも戦える準備が出来ているんじゃなかったのかよ」
タオがさっき言われたことの仕返しと言わんばかりに笑ってくる。それに顔を赤らめながら答える。
「別に、ちょっと驚いただけだから」
「怪我はなかった?」
「大丈夫、ありがと。それよりも、街のほうが」
そう言うと、また道を駆けて行った。
城門自体は倒れているだけで、その周囲に組まれている細い丸太や紐と同じものが山積していた。恐らく門ではなくその周りから攻撃を受けたのだろう。支える部分を一か所破壊してしまえば、門の重みで一気に崩れる。門への攻撃を考え、門自体を分厚い大きな板にしたのが返って仇となったようだ。
入り口でたむろしていると、城壁の中を闊歩していたヴィランが三体ほどこちらを向いた。
「……あいつら、絶対に許さない」
アレンの声には怒りが含まれていて、その手にはすでに大剣が握られていた。
「ア、アレン?」
「エクス、絶対に奴らを消し去るわよ」
エクスはその威圧感に、黙って首を縦に振ることしかできなかった。
少し先にいるヴィランはどんどん仲間を集め始め、数十体になって向かってきた。見たところ人型のみで、強力な奴らは幸運にもいなかった。
向かってくるヴィランに、全力で向かっていくアレン。その後をさっきのように急いで追いかける四人。しかし、今回はアレンが先陣を切る形となり、一人でヴィランたちを次々と斬ってゆく。疲れているレイナに至ってはアレン一人に任せていいのではないかと思いたくなるほどの戦いぶりだった。
ほとんどのヴィランを倒し、大剣を握りしめたまま街へ向かっていくアレンの姿を見て、エクスは戸惑っていた。が、その後ろ姿から漂う威圧感から例のごとく何も言えず四人を連れてついていく。
その先でさらにヴィランたちが現れ、集まったが、アレンの大剣の錆となった。勿論四人も戦ったものの、アレンの類を見ない速さと力にかなわなかった。これが怒りの力なのか、エクスはひしひしと感じた。
さらに進んで行ったところで数人の人影が見えてきた。ヴィランかとも思ったそれは、よく見てみると兵隊の格好をしている。次第に影には色が見えてきて、顔がはっきりわかるところまで近づいた時だった。
「アレンさん!」
こちらを見ていた兵の一人がアレンに声をかけてきた。
「そっちは大丈夫?」
「街の者は全員無事です!」
その言葉を聞いた途端、今までの怒りは安堵へと変わった。
全員速足で兵に近寄る。見てみると、普通の服に槍と盾を持っただけの男が複数人道の前に立っていた。
「城壁が崩れる前に中央部に避難できたのが幸いでした、今は道を交代で見張っています。……ところで、そちらの方々は?」
「この人達はあいつらを消すために世界を渡り歩いて、世界を助けに来てくれたの」
「そうでしたか、ありがとうございます」
そこにいた三人は四人に礼を述べると、街へ入るよう促した。
「あそこは任せちゃって大丈夫かなぁ」
「ここまで生き残っているんですし、心配はないかと」
「そうね、一応武器もそれなりのものを使ってたし。何より彼らはこの街の衛兵よ、大勢は対応できないにせよ残党くらいなら防げるはず。もしもの時は私も駆けつけるし」
そう話しながら大通りを歩いていくと、見たことのある人物が声をかけてきた。
「アレンさん! 大丈夫です?」
「あれ、お前アリスじゃないか!?」
「なんでここに!?」
「この世界……不思議だらけですね」
「アレン、どういうこと?」
四人の驚きの声に、アレンは少しびっくりしながら答える。
「この子たちはセレンが作った子たち。この街もね。この街にいる大半の子はセレンが知っている童話の登場人物らしいの」
「な、なるほど」
言葉では納得できるものの、今まで出会った本人と姿、声が全く同じである以上実感が湧いてこない。
「あの、アリス? 私たちの事、知ってる?」
アリスはレイナたちのほうを見るが、頭の上に疑問符を浮かべたように首を傾げた。
「アレンさん、この人たちは?」
「助けてくれる人たちだよ。いろんな世界を飛び回ってる旅人さんなんだって、食べ物とかあったら持ってきて頂戴。疲れてるみたいだから広場で休んでいるわね」
アリスは元気よく頷くともと来た道を戻っていった。
「あなたたちはあの子の事知ってるの?」
「うん、あの子の世界も僕たちが調律したんだ」
「なるほど、もしかしたら他にも知ってる子がいるかもしれないけれど、その子とあなたたちが知っている子は別人よ。あくまでも模倣、姿かたちはマネできても、中身までは、記憶まではそろえられない」
そういうとアレンは歩きだした。しばらくついていくと、中央に噴水のある小さな広場に出た。
近くのベンチに腰を下ろすと、周りから何やら人が集まってきた。見たことのある顔もちらほら。アリス、赤ずきん、マッチ売りの少女、白雪姫、雪の女王、そしてシンデレラも。
エクスは声をかけたくなったが、ここにいるのは別人なのだということを思い出し、ぐっとこらえた。
来た者は皆々手に食べ物、飲み物を持っている。
アレンはそれを見ると、ベンチの前に手をかざしテーブルを創り上げた。集まってきた街の面々はテーブルに次々と食べ物を置き、軽いお祭り状態になっていた。
「これからのこともあるし、少し休んで行こう。たっぷり食べてくれ」
アレンのその言葉を聞いたレイナは、疲れと当時におなかも減っていたので一番乗りで手を付けた。続いてタオ、シェイン、アレンと手を付ける。
料理はおいしく、洞窟を歩き回った疲れも一気に吹き飛んだ。
その後はシェインが武器屋に釘付けになったり、レイナが街の者から質問攻めにあったり、タオが腕相撲大会を開いたりなど、危機などまるで感じないような時間が過ぎて行った。
エクスはただ茫然としていたが、さっき見たシンデレラの事が気になって探し始めた。
街の角でその姿を見つけたが、その目の前には久しぶりに見るヴィランの姿。
すかさず間に入り栞を挟む。
「早く広場へ逃げるんだ!」
その一声で即座に立ち上がると、慌ててエクスが来たほうへ逃げて行った。
ヴィランはこの間に何体か仲間を呼んだらしく、戦況は不利になっていた。ここで逃げ出すわけにはいかない、この世界の全員が、あのシンデレラが、自分を知らないとはいえシンデレラはシンデレラ。かつてそうだったように、今度も救って見せる。そう意気込んで栞を挟もうとした背後から、聞きなれた三人とこの世界に来てから聞き続けていた一人の声が飛んでくる。
「残党か」
「一人でかっこつけちゃって」
「新人さんもかなりのやり手ですね」
「こういう時は仲間がいるのがお約束だろ」
アレン、レイナ、シェイン、タオがそれぞれ栞と大剣を構えて立っていた。
エクスは少し涙ぐみ、そのまま前を向くと栞を挟んだ。
ここまで来て回復もした一向に、街に残った残党如きがかなうわけもなく、鎮圧はすぐに終わった。
全員用意は終わったらしく、新しい武器なども手に入れ集合し始めていたらしい。そこに丁度シンデレラが来て事の次第を伝えてくれた、と広場へ戻る最中にエクスは聞いた。救うはずが、救われてしまった。恥ずかしいやらうれしいやら、とにかくこの世界を救わなければと思った。
広場に戻ると街の者が見送りに出てくれていた。その人混みの中にエクスは、シンデレラのあの姿を見つけ出した。人を掻き分け近づく。
「シンデレラ、あの……ありがとう」
「あなたはこの世界を救ってくださるんですもの、お礼なんて。頑張ってください」
エクスにはその言葉が、自分の知っているシンデレラが言ったように聞こえた。勿論そんなわけはないが、どうしてもそう聞こえたのだ。そしてそれは、これから敵へ挑む勇気となった。
力強く頷くと、四人の元へ戻り街を出た。
「ところでアレン、さっきヴィランを倒したところの先から霧の場所へ行けないの?」
「残念ながらあそこの外は違う霧になっているの。あなたたちの来た沈黙の霧でしょう」
沈黙の霧、この世界の霧に慣れたせいですっかりその怖さを忘れていた。質問をしたレイナも、その場にいた全員と同じように改めてこの世界のおかしさを実感した。そして、この先に待つ強大な敵を覚悟してこの世界の霧に入った。
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