[4] 序章
ソ連軍のスターリングラードにおける総反攻計画は前年の冬にモスクワの前面でスターリンが示した短兵急な計画に比べると、異常なほど長く温められた計画だった。
その計画が初めて議題に上がったのは、9月12日のことだった。この日はパウルスがヴィンニッツァでヒトラーと会見した日であり、スターリングラードに到達した第6軍の北翼に対するドン正面軍の反撃が失敗に帰した日であった。
スターリングラードの郊外でドン正面軍による反撃の指揮を執ったのは最高司令官代理ジューコフ上級大将だった。苦い敗北を噛みしめたまま、ジューコフは参謀総長ヴァシレフスキー大将とともにスターリンの執務室に入った。
ジューコフは失敗の要因をひとしきり説明させられ、兵力不足の3個軍が戦車や火砲の援護もないまま攻撃を命じられた事実を淡々と述べた。ジューコフの説明を聞いた後、スターリンは口を開いた。
「反撃には何が必要なのか?」
「完全編成の1個軍、それを援護する1個戦車軍団、3個戦車旅団、少なくとも400門の火砲、これらすべてを援護する1個航空軍が必要です」
ヴァシレフスキーもジューコフの意見に賛成した。
スターリンは黙ったまま、机に地図を広げて1人で検討し始めた。ジューコフとヴァシレフスキーは部屋の片隅に移って小声で相談を始めた。その内、ジューコフは「他の解決策を考えなければならない」と小声で漏らした。
耳聡いスターリンは2人の将軍に顔を向けた。
「他の解決策とはどういうことかね?」
驚いた2人の将軍を尻目に、スターリンは続けて言った。
「参謀本部へ行きたまえ。スターリングラードで何をすべきか、慎重に考えてほしい」
翌日の午後10時ごろ、ジューコフとヴァシレフスキーは立案を完了した作戦計画書を携えて再びスターリンの執務室に入った。2人の将軍が驚いたことに、スターリンは2人の手を硬く握った。
「それで、どういう結論を持ってきたのかね?どちらが報告する?」
「どちらでも。我々は同じ意見ですから」
ヴァシレフスキーがそう答えると、反攻計画を描き込んだ地図を見せた。
「これは何かね?」
スターリンは、スターリングラードから150キロも離れたドン河流域の湾曲部に書き込まれた兵力を見つけて質問した。
「それは新しい正面軍です。スターリングラードの敵兵力に大打撃を与えるには、これを編成する必要があります」
ジューコフがスターリングラードの枢軸国軍に対する反撃計画を説明した。それはドイツ軍が市の占領に専念している間に、敵陣の最前線よりはるか後方に集結させた3個正面軍でドイツ軍の1個軍を包囲するという大胆かつ野心的な作戦だった。
スターリンは最初、その壮大な内容を受けてあまり乗り気ではなかった。今すぐに手を打たなければ、スターリングラードを失ってさらなる屈辱的な打撃を被るのではないか。それが心配だった。スターリンは妥協案を提示する。
「こんな大きな作戦を行うのに、現有兵力だけで充分なのかね?とりあえず、ドン河の東岸で攻撃に留めておいた方が、良くないだろうか?」
ヴァシレフスキーが答える。
「その点は大丈夫です。11月中旬までには、必要な兵力と燃料、弾薬を用意できます。それに、反攻をドン河の東岸に実施すれば、スターリングラードにいるドイツ軍の装甲部隊がすぐに対応できるので、十分な効果が望めません」
報告を聞き終わったスターリンはこの反攻計画を承認し、計画の実現に向けた準備に取りかかるよう2人に命じた。
「ただし、この反攻計画については当分の間、われわれ3人以外には知らせるな」
この反攻作戦は秘匿名称として「
巨人たちの戦争 第4部:極限編 伊藤 薫 @tayki
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