「野球の世界」後編
明け方、球児はようやく眠りにつく。勉強の後が見える机に広がる教本の数々。その全てが、野球技術のイロハが記載されているものだ。それらにはマーカーなどで下線が引かれ、
刹那、スマートフォンのアラームが起床時刻を告げた。球児はそのアラームをそっと止め、ほんの一瞬きの睡眠を噛み締める。多少の疲れが残る体を無理矢理に起こし、自室を後にした。
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猛烈なスイングが
あの頃に比べ、球児は成長していた。今までブレブレだったスイングも綺麗に振れるようになった。マメも潰れなくなった。今はカーペットも綺麗な状態が継続されている。しかし、これまでのクラス対抗試合ではいい成績を残せていない。実は打率が2割ほどしかないのだ。これは野球経験者からするとかなり低いものとなる。そのため、球児の成績は下位をキープしてしまっているのだ。
ただ、それでも球児は諦めなかった。素振りだけは毎日続けた。野球知識も頭に詰め込んだ。
あとは明日に賭けるだけだ。
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クラス対抗試合当日、学校は異様な緊張感に支配されていた。
グラウンドでは既に試合が始まっており、終盤を迎えている。電子掲示板に記されている球児のクラスと対戦相手のクラス。その下にはスコアボードが映し出されており、一番右端の点数が記載されている欄に「7」と「9」の数字が見えた。
疲弊しきっている選手達。しかし、球児が所属するクラスでは疲れとはまた別の、辛そうな雰囲気が目立つ。対して対戦相手のクラスは、どこか余裕な素振りを見せつけていた。
「8番 村間球児くん。」
アナウンスで球児の名前が流れる。その瞬間、グラウンドが凍りついたかのような緊張感が走った。彼が最後のバッターなのだ。ツーアウト1・2塁の逆転が狙えるこの場面。勝ち越せば逆転サヨナラ勝ち、追いつけなければサヨナラ負け。球児のクラスにとって、まさに背水の陣。両チーム全員の視線が球児に向いた。
バッターボックスに入る球児。バットを軽く振り、ミート部分の確認を行い、バットを構えた。静まり返るグラウンド。響く風の声。それに合わせ、ピッチャー、第1球を投げた。
「ストライク!」
審判のその声が球場全体に響き渡る。球児はこの球を見送った。外角低めのストレートだった。球児は再びミート部分の確認を行い、バットを構える。静寂の再来、選手たちの息遣いが聞こえてくるほどに静まり返っている。そんな静けさをぶち壊すかのように、ピッチャーは振りかぶって投げた。
「ストライク!」
球児は2球目も見送った。微動だにしなかった。まるで何かを待っているかのように。
球児は再度ミート確認を行い、構える。最後の1球。これがストライクになれば、試合が瞬間に終結する。重い1球だ。バットを握る手に力が
放たれるボール。ピッチャーの決め球であるフォークだ。通常ならこれで打者は打ち取られるが、今回は違った。球が落ちる度合い。スイングの軌道。適切な力の配分。インパクトの位置。全てが、素振りの時にイメージしていたものに当てはまったのだ。
愚直なまでに素振りを続けた結果が、実を結んだ瞬間だった。その時の感覚を、球児は忘れる事はないだろう。ボールは快音を響かせながら、彼方に飛んだ。
スタンドに入ったボールを見た瞬間、父の声援が聞こえた気がした。
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この試合結果により、球児さんは見事卒業し、大学へ進学。そこでも野球を用いた、成績などの採点方式が取られたそうです。ですが、大学では真ん中程度の成績で卒業し、その後製薬会社へ就職したらしいです。
「……おや? 野球選手になっていないのか? そう聞きたそうな顔をしておりますね。」
ペーパートレイルを閉じたパラレルが、そっと語りかける。
「考えてみてください。あなたが学校で数学を勉強したとして、数学者になりますか? 歴史を勉強したとして、歴史研究家になりますか? まぁ、一部の方はなるかもしれませんが、ほとんどの方はなりませんよね? つまりはそういう事です。」
「さて、それでは代金を頂きましょうか……」
このペーパートレイルをお聞きになり、少しでも何かを感じたあなたの心——
——頂きます。
Paper Trail さいどばーん @Side_burn
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