第2話 大地に立つ

 日本––––

 成田空港に一人の少女が降り立った。

 入国審査で彼女は問われる。

「Are you here for sightseeing ? (観光ですか?)」

「Nein ! (いいえ!)」

 それは英語ではなく、ドイツ語だった。

 長いブロンドの髪をなびかせ、青い瞳でまっすぐに言う。

「戦争よ!」

 彼女、15歳のリリー・フォン・クラウゼヴィッツはすらりと審査をパス––––

––––できるわけもなく、戦争などと物騒なことを言うリリーは連れて行かれてしまう。

「なによ、離しなさいよ! 私はリリー・フォン・クラウゼヴィッツなんだからー!!」

 空港にこだまするその叫びも虚しく、リリーは取り押さえられるのだった。



 東京、郊外にある高校の校舎に授業終了のチャイムが鳴る。

 生徒たちは訪れる昼休みとともに騒ぎ始める。廊下は賑やかになって、教室の中では各々机をくっつけてお弁当を開く。

 そん中、教室の席に座ってあたりをキョロキョロしてる女子生徒がいた。

 名前は杉原杏菜すぎはらあんな、高校1年の彼女は自らの教室で昼食を一緒にとろうと思った相手が見当たらない。その手に二つのお弁当箱を持っていた。

「あれー?」

 そんな彼女に友達と机を囲んでいるクラスメイトの女子が尋ねる。

「どったの?」

「あっくんが見当たらないんだー」

 どこか気が抜けた杏菜はそう答えながらお弁当を持って教室から出て行く。

「甲斐甲斐しいねー」

「でも、なんで司馬くんなんだろ?」

「幼馴染って言うベタな関係らしいよ。まあ、彼女とか嫁って言うより母親って感じだけどね」

「あー、それはなんとなく分かるわ」


 校舎の屋上にて、少年司馬秋雪しばあきゆきが購買で買ってきた焼きそばパンをかじっていた。

 そうして空を眺めていると、校舎の頭上を飛行機が通っていく。通ったあとで屋上は強い風見舞われた。

「わー、すごい風」

 秋雪がその声が聞こえた出入り口を見ると、強い風が吹く中を幼馴染の杏菜が歩いてきていた。強い風のせいでスカートの中身は丸見えだった。

「もー、なんでなにも言わずにどっか言っちゃうの!?」

「その前に隠せよ」

 秋雪はスカートを指差す。杏菜はそれで初めて丸見えであることに気づき、急いで隠す。

「へんたーい」

「生まれたときから一緒に風呂入ってるお前のパンツを見たところで何も嬉しくない」

「お見苦しいものをお見せしました」

 杏菜はだらしない笑みを浮かべる。どこか抜けていて、全体的にやんわりしているのが秋雪の幼馴染である杉原杏菜だった。

「ところで、なにしに来たんだよ」

 あ、そうだ! と言って杏菜は手に持っていた弁当箱を秋雪に差し出す。それを受け取りながら、秋雪はため息をつく。

「だから毎日毎日作ってくれなくていいんだってば」

「ダメだよー。おばさんからあっくんのことはよろしくって言われてるんだから」

 杏菜は高校に入学してから3ヶ月間、学校のある日は毎日秋雪の分のお弁当も作っていた。幼馴染だからといってそんなことを他人にさせていることを秋雪は後ろめたいと思い、その行為を拒んでいる。

「母さんもそこまでして欲しいなんて思ってないだろ。最低限でいいんだよ」

「えー。それじゃあ、あっくんは植物人間だよー」

「待て、俺は最低限生きることすらしないのか」

 そう言いながら、秋雪は弁当箱を受け取る。

「そう言いながら毎日食べてくれるよね」

 そんな言葉に気恥ずかしさを感じてしまう。それも含めて二人の毎日だった。


 放課後、ホームルームを終えて秋雪は一目散に教室を後にする。

「あっくん、待ってよ!」

 その後を必死に追いかけるのは杏菜。

「無理してついてこなくていいって。おまえは別に用事ないだろ?」

 息を切らしながら杏菜は反論する。

「でも、あっくんがピアノ弾くかもしれないでしょ」

「弾かないよ」

 秋雪はきっぱりと言い切る。おはようといったらおはようと返す。それくらいの反射だった。

 そして、杏菜を振り切るように再び走り始める。

「ま、待っててば!」


 やってきたのは住宅街。

 杏菜も必死に秋雪を追ってきた。

 その内の一軒家にベルも鳴らさず、玄関を開ける。

 開けた先に一人の男性、朝井英春あさいひではるがマグカップを持って立っていた。

 英春はきょとんとしていた。

「あれ、もうそんな時間だっけ?」

「さては寝起きだな?」

 英春はバツが悪そうに笑った。

「二人ともいらっしゃい」

 英春は二人を迎え入れた。

 「お、お邪魔しまーす」

 肩を上下させて入ってくる杏菜を見て英春はおかしそうに笑う。

「杏菜ちゃんは大変だね」

「いえ、私はおばさんからあっくんを任されているので」

 なんども聞くその言葉にため息をつく秋雪。

 杏菜がドアを閉めようとしたとき、狭くなっていく隙間に外側から人の手が入りこむ。

 杏菜は短く悲鳴をあげながら、力でドアを無理やりこじ開けられる。

 再び開け放たれたドアの向こう側には長いブロンドの髪を煌めかせ、無敵の笑みを浮かべる少女、リリー・フォン・クラウゼヴィッツがそこに立っていた。

「やってきたわ、英春!」

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キミとならんで 成田ゆう @u_narita

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