第15話 反撃
永禄十一年(1568年)十二月六日、武田信玄は駿河攻略のために甲府を出発した。
今川氏真は駿府防御のために井伊谷城の小野但馬守も呼び寄せた。
「ふん、信玄ごときが何だ」
小野但馬守は端から信玄を甘く見ていた。それは井伊谷を手中に収めた余韻からまだ覚めていない証拠なのかもしれない。
小野但馬守は今川勢の一翼を担って薩埵峠に出陣した。
だが、十二月十二日、信玄の甲州勢は今川勢を打ち破った。その翌日には駿府に乱入し、氏真は駿府を捨てて朝比奈氏のいる掛川城へと逃げ込んだのである。
小野但馬守も戦場から何とか脱出し、ボロボロになりながら井伊谷に帰ってきた。
その姿を見て生き残った井伊家の忠臣たちは苦笑した。このような者に井伊家を乗っ取られたのか、と情けない気持ちになったのだ。
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一方、三河の徳川家康も動いた。家康は信玄の動きを察知し、遠州を攻略しようと岡崎城から出馬した。
その第一の目標は、井伊谷であった。
三河野田城の城主、菅沼新八郎は家康に
「井伊谷には菅沼忠久、近藤康用、鈴木重時という人物がいます。いずれも井伊谷の豪傑。この三人を味方につければ城は戦わずとも手に入りましょう」
と言った。
家康はもっとも、として菅沼新八郎の意見を受け入れた。
直虎はこの報告を聞き、家康に味方することに決めた。家康を使って井伊谷を取り戻そうとしたのだ。
「今こそ、今川家と決別するときです」
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直虎は使いのものを出し、家康に協力を申し出た。家康はこれ以上の協力者はない、として直虎の申し出を受け入れた。
家康は直虎に先ほどの井伊谷三人衆(菅沼忠久、近藤康用、鈴木重時)を道案内に出して欲しいと要請した。
直虎はすぐにこの要請を受け入れ、井伊谷三人衆を家康のもとに送ったのだ。
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家康は方広寺に軍を進めた。このときの兵数、約八千。
直虎はこの方広寺で家康を待っていた。夕暮れ時であった。方広寺に向かって甲冑の音が聞こえてきた。
(来ましたね)
直虎は立ち上がった。
方広寺の中に徳川の兵が入ってくる。その中心に、徳川家康がいた。
「はじめまして、私が井伊家の、井伊直虎です」
直虎は武人として家康の前に跪いた。家康はその凛とした姿に目を見張った。
「そなたが井伊家の当主、直虎殿か。噂はかねがね聞いている。このたびは井伊谷に平和をもたらすため、ぜひとも協力して欲しい」
「願ってもないことです」
直虎と家康の会見は短時間で終わった。しかし、その短時間の間に二人には百万遍の言葉を交わしたような信頼感が出来上がっていた。
(家康殿は、信用できる)
直虎は家康に井伊家の全てを託す覚悟をした。これは、小野但馬守を井伊谷から追い出すだけではない。井伊家の未来をも託す覚悟をしたのだ。
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十二月十五日未明、小野但馬守がいる井伊谷城を徳川軍が攻めた。
小野但馬守はろくに戦いもせずに三岳山に隠れた。
井伊谷城はほぼ無傷のまま直虎の元に戻ってきたのだ。
(信じられない)
直虎は呆然として井伊谷城を見上げた。まさか再びこの美しい井伊谷城を見ることができるとは思っていなかったのだ。
徳川軍はその後も今川家を攻め、氏真は北条氏政を頼って小田原に逃げた。家康は遠江を制圧し、今川家は滅亡した。
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