最終話「SOS団ゴルフ大会」
翌朝。
普段より早い時間に俺を起こしたのは、妹のタックルでも、
最近音に元気が無くなった時計でもなく、全身を包みこむ筋肉痛だった。
とはいえ、そんな事で我が団長が欠席を許してくれる可能性は限りなく0に近く、
俺はこの日曜の朝を布団の中で堪能しているであろう
家族を起こさぬように身支度を済ませ、駅前の集合場所へと向かった。
恒例となったハルヒとの一悶着を済ませると、バスに乗り、
鶴屋さんの知り合いが経営するというゴルフ場へ。
「みくるちゃん。ちゃんと素振りとかイメージトレーニングはやってきた?」
「えぇ、そんなこと・・・・・はい・・それは、もう・・・・」
今日のハルヒは、相変わらず早朝とは思えないテンションで
朝比奈さんに絡んでいる。
俺の目から見れば、昨日閉鎖空間を発生させた様には思えないな。
機嫌も良さそうだし。
「昨晩電話で話したとおり、涼宮さんの不満はほんのわずかなものなんですよ。
本人もそれをストレスと認定するかどうか迷ったんでしょう。
ですから閉鎖空間がいつもと違っていたんですよ」
今日の大会次第では、あいつの不満が確信に変わるかもしれんというわけか。
まったく…。
まぁでも、ここは我らが長門に命運を託すしかないだろう。
そんな俺達の最後の希望、長門有希だが、今日も相変わらず読書に勤しんでいる。
ゴルフ場までは多少距離があるので、長門にとってはいい読書タイムだろう。
これから向かうゴルフ場は当然山の中にあるので、
まわりの景色もだんだん緑が目立ってきた。
俺は、大してすることもないので、流れていく木々をぼーっと眺めていた。
それにしても、せっかくの休日にしかも二日連続で早起きだなんて、
ぐうたらの神様がいたらとんだばちあたりだろう。
それもこれも全部、
「まだ着かないのかしら?みくるちゃん、どうなってんの?」
こいつのせいである。
「もっ、もうすぐだと思います。」
朝比奈さんはさっきからメモ帳みたいなのを何度も読み返している。
おそらく、今日質問することがまとめられているんだろう。
ハルヒの言動を聞いていると、ついついもともとの目的を忘れてしまいそうである。
ようやく、バスが目的の停車地へと着いた。
とは言っても、ゴルフ場までは少し歩かなければいけないらしい。
「歩くなんて、時間がもったいないわ。走っていきましょう!」
ハルヒ、お前はなぜいつも自分を基準にするんだ…。俺の脳はまだ半分冬眠状態だ。
「だからよ。いい眠気覚ましになるわ。ほら、行くわよ!有希、みくるちゃん。」
「ふぇぇ。」
「・・・」
ハルヒは朝比奈さんと長門を後ろから押しながら走り出した。
「仕方ありませんね」
古泉は両手を広げて困った仕草をすると3人の後を追った。
「おいおい、マジかよ…」
急遽執り行われた早朝ジョギングは、俺の体力をほどよく奪ってくれた。
「キョン、古泉くん。早く来なさ~い。」
女性陣は、ハルヒのハイペースのおかげで先に着いていた。
「二人とも団員として日頃の精進がなってないわね。」
お前は普段一体何をしてると言うんだ。
「申し訳ありません」
古泉のいつものスマイルを崩していなかった。
こいつはどんな訓練をうけているんだ。
「古泉君はまだいいとして、キョン!あんたは息切れすぎよ。」
無茶言わないでくれ。
「じゃっ、行くわよ!」
ハルヒと朝比奈さんを先頭に俺達はゴルフ場へと入っていった。
ちなみに本当なら鶴屋さんも同行してくれる予定だったのだが、
急用が入ったらしい。
中へ入り、受付の人に事情を説明すると、40代ぐらいのおじさんが
出迎えてくれた。
「どうも、ここのオーナーです。話は鶴屋お嬢さんから聞いているので、
私が案内しますよ。」
「よろしくお願いします。」
オーナー直々の案内のもと、午前中は中を見せてもらったり、
休憩中のキャディーさんに話を聞いたりした。
「あの、お金とか本当に大丈夫なんですか?それに、俺等ほぼ初心者なんですけど」
俺達は現在、ゴルフ場内のレストランで昼食をとっている。
「大丈夫。安心してくれたまえ。お嬢さんのお友達から料金をとったりなんてとてもできないよ。電話でも言われたしね。」
オーナーのウインクを俺は信じることにしよう。
「それに、午後からの予約が全部キャンセルになってね。今のところコースを回るのは君たちだけだよ。」
俺は一瞬長門を見たが、
長門は2セット目のサンドイッチを食べているところだった。
相変わらず、よく食べるな。
「そへって、はひひりってこと?」
ハルヒ、食うか喋るかどっちかにしろ。
「他に当日のお客さんがこなければ、貸し切りだね。
それで午後だけど、キャディーの方は私が担当することにしよう。
これでも、ゴルフ歴は長い方なんでね。」
「すいません。ご迷惑かけます。」
「気にしないでくれ。で、何ホール回るんだい?ハーフでも結構時間かかるし、
6ホールぐらいがいいかな。それだと、ショートが3でミドルが・・・・」
「オーナーさん!」
ようやくスパゲッティを食い終わったハルヒは、勢いよく立ち上がり・・・。
「回るのは全部。18ホールよ。」
オーナーさんはかなり驚いてる。当然の反応だな。
「えっ、18ホールかい?でも、かなり時間がかかるよ。
自慢じゃないが、うちのコースはそんなに易しくないし、
初心者にはちょっと・・・・」
「問題ないわ。ノープロブレムよ。」
2度手間だ。
「オーナーさんの言う通り、6ホールぐらいでいいんじゃないか?
時間かかるみたいだし」
一応、提案してみる。
「キョン。この権威ある大会に6ホールなんて短すぎるわ。
こういうものは長ければ長いほど実力が反映されるのよ!」
いつからハルヒの思いつきで開催されるこの大会に権威がついたのかは、
この際聞くだけ無駄だろう。
とまぁハルヒのゴリ押しもあって、というかそれが全てだが、
SOS団ゴルフ大会は18ホール、つまり1ラウンドで勝負することとなった。
古泉、あいつはやっぱり自分の事しか考えてないぞ。
昼食を終えた俺達は、道具を揃えて、1番ホールへと向かった。
午前中は少し曇り模様だった空も今は快晴と、
天気までもがこの大会を後押しているのかとさえ思えてきた。
ハルヒは相変わらずの上機嫌で、先頭を切っている。
あの上機嫌が大会終了後まで続いていることを祈ろう。
「ここが1番ホールだよ。」
当たり前だが、昨日のショートコースとは
比べ物にならないほど遠いところにピンが見える。
PAR4、距離は320ヤードの様だ。
「さぁ、今ここに栄えある第1回SOS団ゴルフ大会の開催を宣言するわ!」
ハルヒの気合いの入った宣言にパラパラと拍手が巻き起こる。
いろいろ間違っていることは、もはやつっこむまい。
さて、いよいよ始まった大会だが、
初っぱなから到底ど素人の集団とは思えないような、
言うなればマンガ的アニメ的展開が待っていた。
ハルヒのやつは第1打をフェアエイど真ん中にのせると、
次の第2打が直接カップイン・・・・。
長門は手堅く第2打をピンそば3メートルにつけてバーディー。
とまぁここまでは昨日と同じ様な感じだが、驚くべきは残り3人だろう。
朝比奈さんは林の中に打ったかとおもいきや木に当たってグリーンにのるし。
古泉もグリーン外から打ったパターが決まったり、
俺は俺で中途半端な距離しかでなかった第1打の後の2打目が
風にのったのか思わぬ距離が出てグリーンを捕らえたりと、まあそんな感じだ。
まぁ全て後ろの方でかすかに聞き取れるぐらいの声で
呪文の様なものを唱えている我らが長門さんのおかげであり
「みんな、上達したわね。やっぱり昨日の打ちっ放しが効いたのかしら♪」
何はともあれ、ハルヒも楽しそうである。
ちなみに約1名、先ほどからずっと口を開けている方がおられるのだが、
残念ながらその口はあともう少し開いたままになるだろう。
コロンコロンコロン。朝比奈さんが約1メートルのパーパットを決め、
SOS団5人は無事、全18ホールを終えることができた。
結果は、なんとハルヒと長門のW優勝である。
スコアはトータル9アンダー。
オーナーによれば、コースレコードタイ記録らしく、
おいおい本当に取材が来かねないぞ。
ちなみにその他の結果を言うと、3位がオレで4アンダー、
4位の古泉が2アンダーで、朝比奈さんがイーブンパー。
もちろん、長門の強力補正がかかったおかげである。
「本当ならプレーオフやりたいんだけど、
まぁ今回はあたしと有希の優勝ってことでいいわ」
18ホール回ってまだ余力があるとは、
その無駄な体力を何かもっとこう他の事に使えばいいのに。
「何はともあれ、涼宮さんも満足したようですし、めでたしめでたしですかね」
あぁ、だろうな。それはいいとして、古泉、あまり身体を近づけるな。
「いやぁ、ビックリだな。初心者だなんて冗談言わないでよ。
君たちゴルフ部とかなの?」
どうやら、オーナーは俺達をかなりの上級者だと思ったらしい。
まぁ、説明もできないし、それでいいか。
「さぁて、今日はあたしと有希の優勝を記念して、どっかの店に食べに行きましょ!ほら、有希、みくるちゃん。あぁ、もう古泉君、キョン。
ぐずぐずしてないで行くわよ」
というわけでオーナーさんにお礼を言うとその後は、
市内のファミレスで優勝パーティーが行われた。
ちなみにバスに乗ったのが一番遅かったという理由で支払いは俺になった。
あぁ、遠のく今月発売のゲーム・・・。
「明日もSOS団の活動はあるから忘れないように。じゃあ、今日は解散!」
ようやく、ハルヒの解散宣言によって俺は解放されることとなった。
「今日は、お前も大満足のようだな」
俺はなんとなく残ったハルヒに話しかける。
「もちろん、楽しかったわ。でも、なんか引っかかるのよねぇ」
「ホールインワンが出なかったからか?」
「それもあるんだけど・・・」
一瞬間を置いて、ハルヒがおもむろに手をたたく。
「そうだわ。観客がいなかったのよ!!」
さっさと帰ればよかったな。
「打ちっ放しでもゴルフ場でもなんか調子がのらないと思ってたんだけど
これだったんだわ。やっぱり、歓声とかないとね。
今度ゴルフ大会を開く時は、絶対観客をいれましょう。
あっ、観戦料とるのもいいわよね。
そうすれば、トロフィーなんかも作れるし。ねっ、キョン!」
俺に向けられた笑顔は、見る人から見れば天使のようなんだろうが、
俺には悪魔の微笑みにしか見えなかった。
やれやれ、勘弁してくれ。
涼宮ハルヒの葛藤 wade @wade
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