三嶋の実家
そして、家族の仲が悪いと周囲に正直に言うことに、そもそも躊躇があった。みんな三嶋の特殊な家庭環境を知って興味津々に首を突っ込んでくるが、家族の闇は彼らの予想よりはるかに深い。しかし、父や兄と違う進路を進んだ理由を説明しようと思ったら、家族仲の悪さへの言及を避けては通れない。何をどう選んでも気まずくなるのは分かっている。
だから家族仲が良いふりをして過ごし続けた。都合のいい家族を適当にでっちあげて、あたかも家族の進路に寛容な家だから、三嶋だけ進路が違うのだというスタンスを保ち続けた。四年生になる頃には、取り繕うのがかなり上手くなっていた。誰にもバレなかった。その取り繕う能力は、皮肉なことに今とても役立っている。
大学卒業後の進路も、全て自分だけで決めた。当時の国家公務員Ⅱ種を受けて合格した三嶋は、警察官になった。何故警察官を選んだか、それは父が警察嫌いなのを知っていたからだった。当てつけも当然自己満足だが、後悔はしていない。実家に就職した報告などしていないが、家族は三嶋が警察官だと知っているだろう。そして、怒るなり軽蔑するなりしているだろう。それでよかった。自分が家族に何か負の感情を与えているに違いないと確信するだけで、三嶋は満足していた。
いや、それすらも正直自信はなかった。四年前、三嶋が東大に落ちた時、父は烈火のごとく怒っていた。しかし兄は憐れむような目を三嶋に向けはしたものの、怒ることも罵ることもなかった。その時には既に、弟に対する、全ての期待および興味がなくなっていたからである。
元々成績は足りなかったが、だからといって東大以外の大学を受けるのは許されなかった。後期だけは好きな大学に出願できたのは、家族の誰も後期に興味がなかったからだった。彼らにとって、大学というものは国立入試の前期で落ちた時点で無価値である。確か兄は、前期一本勝負をしていたはずだ。
それで合格してしまうのだから、兄は本当に優秀なのだろう。そして父も同様なのだろう。自分が嫌いな相手だからといって、無能だと罵ることはしたくなかった。それこそ幼いころからずっと兄と比べられてきたから、兄の優秀さは知っている。
じゃあ兄の性格が悪いかといえば、そうでもなかった。兄は誰に対しても非常に優しく誠実だった。そしてそれは弟に対しても例外ではなく、優しくて誠実だった。直接殴られたことも悪口を言われたこともない。そして、弟を憐れむ感情を隠し切れずに本人にぶつけてきた。皮肉なまでに誠実な男だ。
父も兄も、三嶋を憎みなどしない。自分との間に線を引き、同じ遺伝子のはずなのに、なぜ自分たちのようになれないのかと素直に首をかしげる。名字が同じで、顔も名前も似ているのに、なぜここまで違うのかと心底疑問に思っている。
いわゆる血筋もよければ金もある人間は、結局最低限の性格は備わっているのだ。そんな彼らに愛想をつかされるという事実がまた、三嶋を傷つける一因となることには誰も気付いていない。
自分は優秀じゃなかったのがいけないのだろう。地元の私立小から中学受験して名門校に入り、大学受験では後期でそれなりに名の通った大学に入った。世間的にはかなり優秀な方だと自覚しているが、それでも三嶋家の水準には足りない。どうしたら三嶋を基準に持って行けるのか、父も兄も自分の為に苦悩したに違いない。おそらく母も。母というより父の妻と呼ぶほうが近い女性だが。
家族の為に苦悩しているのか、家族が無能なのは満足いかないというプライドの為に苦悩したのか。三嶋にはどちらかわからないが、どちらにせよ父と兄を苦悩させたのは確かで、申し訳ないと形だけ思っている。
母の遺伝子のせい、塾のせい、学校のせい。何のせいにするにしても、結局は三嶋の不出来のせいで家族の仲が悪くなる。でもそれを嫌がったところで自分の能力は一切伸びない。運動はできないし、バイオリンも下手くそで、肝心の勉強はイマイチだ。
結局、三嶋は彼らの期待に沿えないまま十八年生きてきた。彼らが三嶋のために尽力した分、いざ期待が尽きた時の反動は予想通りだった。
でも自分が全く愛されていないかというとそれも違う。だって仕送りは送られてくる。食事の時も、旅行の時も、写真館で家族写真を撮るときも、家族の一員として扱ってもらえる。自分たちが意地悪な人間であるとは全く思っていないから、直接的な意地悪はしてこない。家族仲を疑ったことすらないに違いない。
自分は家族の一員だ。至らなくてポンコツで、腫れ物に触るように扱わないとふとしたことで家族仲がぎくしゃくする、家族の中の火種だ。しかし、もしも今自分が突然実家に帰っても、彼らは自然に三嶋を受け入れるだろう。だって家族だから。
世間には、子供を無条件で愛す親もいるらしい。そして、父も母もそんな親のつもりでいる。出来が悪い次男に金をかけてやったし、大学も就職先も口出ししていない。事実なのだが、一生その根底にあるものを両親は無視し続けるのだろう。
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