第142話:絡繰 ~カジノは一枚岩じゃない~
「俺が言ってあんたが認めた通り、あんたは情報屋、そして逃し屋。そして、水無瀬怜次郎は今、外国で逃げ続けているのも本当っす。でも、出国したのは先日じゃない。カジノができた二年前、水無瀬が詐欺罪で警察に追われていた時でしょう?」
「どうしてそう思ったんですか」
やはり南雲は否定してこない。南雲は意外と正直者だ。図星を突かれると途端に言い逃れしなくなる。
「警察はずっと水無瀬の行方を追っていました。逃げるならまだしも、出国されるということは考えにくいんすよ。水無瀬怜次郎は、二年前の事件の時に既にあんたの手で出国していた。その時は出国記録がつかない方法で彼を逃したんでしょ? 要するに密出国です。そして、今になって水無瀬のデータを出国させたんだ。逃がし屋としてスキルのある南雲さんなら、データひとつを出国させることは簡単っすよね」
ふふふと上品に笑う声が諏訪の隣からする。南雲が笑っていた。どういう意味で笑っているのかはわからないが、諏訪は意を決して語り続ける。
「水無瀬怜次郎は、ずっと日本にはいなかったんすね。道理で、警察がいくらオーナーを追いかけても捕まえられないわけっすね」
実際には、オーナーが水無瀬怜次郎であることすらも、警察は掴めていなかったわけだが。
「オーナーがずっと日本にいなかったというんですか? それでカジノが成り立つとでも?」
「世の中、経営にほとんど関わっていないオーナーなんていくらでもいます。このカジノも実際に動かしていたのは、えなさんのはずです」
「なんだ、ほとんどお見通しじゃないですか。なんでわざわざ僕に確かめにきたんです?」
「証拠がなかったんで。俺の予想は正しいのか、気になるじゃないっすか。とにかく、これで水無瀬が出国した方法はわかりました。次は、出国した理由っす」
「警察に捕まらないようにするためでしょ?」
「それだけではありません」
諏訪は大きく息を吐いた。
「オーナーを密出国させたのは、南雲さん自身の身を守るためっすね」
「そこまでわかってるんですか」
南雲は眼鏡を押し上げた。全く、追い詰められているはずなのに自信の尽きない男だ。
「重要なのは、南雲さん自身の身を守るには、オーナーが逮捕されない状況が必要だということっす。なぜなら、警察がカジノを潰そうと思ったら、まずオーナーを狙うからです。オーナーが逮捕されない状況にも色々あるっすけど、南雲さんが選んだのはオーナーを海外に逃すことだったんでしょ。でも出国履歴に残したら、警察はオーナーを逮捕するのを諦めて、スタッフの身柄を押さえにかかる。そうしたらカジノは立ち行かないし、南雲さんの身も危ない。この問題を解決するために、あんたは水無瀬怜次郎を密出国させたんっすね」
警察が犯罪組織のトップを逮捕したがるのは当然の話だ。南雲はそれを利用した。警察側は利用されていることに気づかずに、日本にいないオーナー・水無瀬を追い続けた。事件の捜査が進展するわけもない。だからこそ、情報課に回される案件になったのである。
南雲はカジノのスタッフ、だから諏訪が追い詰めたら南雲は必死にカジノを守る。その認識が間違っていた。南雲はあくまでカジノの通訳であり情報屋だ。雇われだ、という彼の言葉は嘘ではなかった。彼はカジノに雇われているだけであり、いざとなったら容赦なくカジノを切る。そのことに諏訪はずっと思い至らなかった。だから、カジノスタッフを逮捕して南雲を泳がせたときに、カジノが消える可能性について全く思い至らなかったのである。
「そして、あんたが俺に対して、こんなに何でもかんでもペラペラ喋ってる理由もここにあります」
「僕、そんなに喋ってますか?」
南雲はすっとぼけたが、その余裕もまた腹立たしい。
「あんたは、オーナーを逃すことで、自分が絶対に逮捕されない絡繰を発動させたんです」
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