第136話:保険 ~俺はカジノを許せない~

「あの、保険金、というのはどういうことですか?」

「客に借金させるだけやったら、いくら多重債務者といえど、せいぜい数百万程度しか集められへん。けど、保険を使えば、一千万は堅い。この違いわかるやろ」

 口を挟んだのは商学部卒の春日だ。……商学部だからといってそんな知識を得られるのか?

「まあ最終的には多重債務者行きだろうけどね。保険と合わせて一千五百万か。ぼろい商売だな」


「まあ、これを見たら、飯田がカジノから消費者金融に借り換えをした理由もわかる。いや、飯田は保険を使うということを知らなかったはずだから、恐怖で借り換えをしたのかもしれないけどな。諏訪が書いた契約書もそうだが、全体的に穴が多すぎる。後から見返したら、素人でもヤバい契約書だとわかるさ」

「まあそうですね。カジノが用意してきた契約書がこれやのに、向こうは金を回収する気満々なんやったら、どんな手を使ってくるか不安でしゃーないです」


「でも、こんなの、保険金詐欺じゃないですか!」

「保険金詐欺だよ」

 書類を机に叩きつけ、思わず叫んだ多賀とは対照的に、冷めた声で裕が答える。

「じゃあ、事故に見せかけて殺されたりするんすか?」

 真面目な顔で震える諏訪は、どこまで行ってもピントがずれている。


「そんなわけないだろ。おそらく盗難保険やら自動車保険だな。この書類は傷害保険だし、いろいろ保険は使ってるんだろうね。あの店、表向きは高級品買取店なんだろ? 保険については詳しいんだろうな」

 優しく教える章の言葉に、諏訪は追いつけていないながらも頷いた。


「そして、このやり方はリスクが非常に低い」

 章は薄ら笑みを浮かべてコーヒーカップを口につける。え、と意外そうな顔をしたのは裕だ。

「そうなの?」

「よく考えろ。保険金詐欺ってのは、同じ人間が何度も詐欺をするから疑われるわけだ。けど、今回の場合、ひとりのアスリートが行う詐欺は一度だけ。カジノは何十回も詐欺の指示をしてるわけだから一見ハイリスクだけど、表舞台に上がることは一度もない」

「そうか……」

 裕が息をのむ音がする。


「あのう、俺を舐め腐ってるていうのは何なんすか?」

「これが傷害保険だってことから察してみな」

「章、そういうのはやめよう。言いたくないのは分かるけどさ」

 裕が首を振る。章は返事をしなかった。諏訪の思考が停止した。


「傷害保険は、加入者が怪我をした時に支払われる保険やろ? これで稼ごうと思ったらやり方は一つや。。怪我で引退した諏訪にこの書類渡すとはな。相当度胸がある奴やな」

 代わりに教えてくれたのは春日だった。伊勢兄弟がそっと諏訪の顔色をうかがう。


「……あのクソ野郎ッ」

 諏訪は机を叩いた。諏訪の唇が震えている。その横顔をじっと見つめながら、誰も諏訪に声をかけることはできなかった。


 章が黙って立ち上がり、保険の書類をシュレッダーにかける。その音を聞きながら、諏訪は体の震えが止まるのを俯きながら待っていた。

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