第135話:麻痺 ~絞ったところで終わらない~
「章さんが調べるのと並行して、俺も作ってきたっすよ。借金」
あっけらかんと諏訪は報告した。唐突であること、その内容の意外性に、一瞬諏訪が何を言っているのか、誰もわからなかったほどである。
「えっ、VIPルームに入れたの?」
「いえ、時間がかかると思ったので入ってません。冬野さんですら入れない場所ですよ。こっちは時間もないっすし」
こちらがカジノの口座を調べていることなど、すでに南雲には知られているだろう。対策を打たれる前に動かなければならないという焦りがこちらにはある。
「えなさんを呼んで、『飯田さんに、このカジノでは借金ができることを聞いた。だから俺にも金を貸してくれ』と」
「俺には絶対にできない方法だね」
裕は思わず出そうになった辛辣な言葉をオブラートに包む。
「実際に借りられたのもすごい話ですね」
さりげなく失礼な物言いを多賀はしているが、アホの諏訪は気づいていない。
「えなさんも、割と迷っていたっすけどね。俺をこのカジノに誘ったのは飯田さんということになってますし、向こうにとってデメリットでもないですし」
「借金、いくら作ってきたんや?」
「五〇〇万円っす。下限がそれだったので、とりあえずそれで。で、ある程度遊ばないとマズいので二百万くらい溶かしてきて今に至ります」
金銭感覚が麻痺しつつあるのを多賀は感じていた。自分だけではない。この場にいる全員の感覚が狂っているのが多賀は怖かった。
つい先日まで、三十万でガヤガヤ言っていた男が。二百万はそう簡単に溶ける金額でもないし、三十万も多賀にとっては大金である。夕方七時のスーパーに行って、半額の総菜を漁る多賀には。
「この借りた金、返せなくなったらどうしたらいいかと尋ねたんです」
「まさか、玉村えな相手に?」
「違いますよ。りさ子ちゃんです。俺がカジノから借金を作ることができたのを知って意外そうでしたけど、すんなりこれをくれました。詳細は中を見てくれ、と」
諏訪が会議机にバサリと封筒を置く。早速、章が手を伸ばした。中を見て、ふんふんと何度か頷く。
「よくやったな、諏訪」
満面の笑みを浮かべた章が乱暴に諏訪の頭を撫でる。諏訪はさりげなく章の手を振り払った。
「何がっすか?」
「これを手に入れたことさ」
章がクリアファイルを振ってみせた。中身は諏訪がもらった書類である。諏訪は中身すらろくに見ずに章に渡していた。世情に疎い自分が調べるよりも章たちに任せた方がよほど事態が進むからである。諏訪は章の手元を覗き込む。
「カジノの絡繰がわかったんだよ」
「カジノの、絡繰?」
諏訪はただ目を白黒させて章のオウム返しをするだけの存在になっていた。
「客が少ない、おまけにカジノから金を借りられる人間はほんの一部のはずなのに、なぜカジノが儲けられているのか、の理由だ」
「これで、っすか?」
章は頷いてファイルの中身を丁寧に出した。
「これ……保険の申込書類ですよね」
諏訪の横から多賀が顔を出す。
「うん、傷害保険の書類だね。ここで傷害保険を使ってくるとは、本当に諏訪を舐め腐っているとしか言いようがない」
「舐め……え?」
章の鋭い眼光に、諏訪は追いつけていない。舐め腐るという言葉にも心当たりがない。
「この書類が示すのは、カジノの財源は保険金だってことさ」
「ど、どういうことですか」
保健の書類が出てきて薄々気づいてはいたが、信じられない多賀の口から思わず質問が出る。
「借金まみれになった客からどうやって金を回収するか。重要なのは、カジノで負けただけでは客の経歴に傷がつくわけではないということだ」
諏訪の説明に多賀は神妙な顔で頷く。よく考えたらそうだ。裏カジノで負けて借金ができても、表向きには借金を背負っていることにはならない。
「ただ借金させてもいいが、それだと客は最終的に多重債務者になるだけだろ。一人の客から搾り取れる額には限界がある。それだとカジノ側は困るわけだ。秘密のカジノである以上、客の数は限られているからね」
章が説明を加える。アスリートから金を搾り取り、さらに多重債務者になるまでに、カジノ側は相当金を絞れるはずだが、それでもまだ足りないとは。多賀の背中に冷たい汗が流れる。
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