第134話:桑港 ~砂漠の中は性に合わない~

 章が調べられるかどうかに関わらず、諏訪にはやらねばならないことがある。

 VIPルームに入り、借金回収の仕組みを知らねばならないということだ。


 カジノヨコハマから借金を行う方法を考えている間に、眠りに落ちていた。深夜、諏訪の携帯電話が鳴った。眠りの浅い諏訪ははっと目を覚ます。枕元に置いていた眼鏡をかけて画面を見ると、知らない番号である。電話に出るか迷ったが、意を決して諏訪は携帯を耳に当てた。

「僕だよ、章だ」

 背後の雑踏がうるさくて声ははっきりしないが、よく知っている声だ。


「玉村えなの本名がわかったぞ」

 章から急にそう言われて諏訪は一瞬何事かと思った。

「エリナ・ムラタ。漢字は知らん。その名前を持つ三十代半ばの女は日本にはそんなにいないだろうし、片っ端から調べたら当たるだろう」

 章は早口でそう言って電話を切った。

 ぶつりと音がした携帯電話を耳に当てたまま、諏訪はその名前を反芻した。


「どうやって、彼女の本名を知ったんすか?」

 翌朝、諏訪はまた章に電話をかける。今度は章の声がクリアに響いている。

「調べたんだよ」

 そりゃそうだろうと思ったが諏訪は黙っていた。


「アメリカ出張があったから、ついでにラスベガスに寄って見に行ってきたんだ」

「会社の金でね」

 裕がさりげなく付け加える。

「大変だったよ。僕はそもそも英語が苦手だし。でも、彼女が所属していたカジノでは有名人だったみたいだね。単なるアジア系ならまだしも、日本人の女だから。一日で名前は出てきたよ」

 章が短く電話をかけてきたのはそれだ。背後がうるさかったのは、場所がラスベガスだったからである。


「英語が苦手でも、海外出張には行かされるんですか」

 春日は丸い目をさらに丸くさせる。章が英語が苦手だということも、英語が苦手なのに海外に行かされるということも、意外だった。

「会社の命令だからねぇ」

 裕が苦笑を返す。

「都合のいい重役をやってると、好き放題使われるんだよ。サンフランシスコでまだよかったよ、ラスベガスには近いしね。近いと言っても数百キロあるけど」

 章はため息をついた。


「ラスベガスで聞いたその名前、それは本名なんですか?」

「向こうのディーラーは登録制だよ」

 章はそれを知っていた。だが、玉村えながラスベガスに勤めていたのは数年以上前だ。諏訪と違い、章は顔すらわからない。あるのは、絵心のない諏訪が描いた、かろうじて女だとわかる似顔絵と、芸能人なら誰に似ているか、という弱い情報だけだ。調べられるかわからない、と弱腰だったのはそのせいだ。


「なんにせよ、章さんが本名を調べてくれて助かりました」

「この僕が頑張ったんだ、ちゃんと情報生かしてくれよ」

「もちろんっすよ」

「しかし、ラスベガスは派手だけど、どうも僕には合わないな。日本のパチンコの方が僕は好きだね」

 いや、どちらもクソである。

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