第130話:挑発 ~挑発されたら流せない~
「……僕の正体には、いつ気づいたんですか?」
「カジノが移転した時です。一度目に賭場が消えた時、俺は新たな賭場には呼ばれませんでした。ですが、冬野さんがりさ子ちゃんに電話をかけて、俺をカジノに入れてくれと言ったら、すんなり入れたんです」
不思議な話だった。情報課でも散々考えたが結論は出なかった。頭の中でいくつか筋道を立てて新しいカジノに入り、実際にりさ子と会話をして、諏訪は絡繰に気が付いた。
「りさ子ちゃんは『警察の捜査が入ったから移転した』と言っていました。ということは、カジノ側は俺の正体を掴んでいるということで間違いないと思います」
昨日の裕の疑問に、諏訪が導き出した答えはこれだった。
「りさ子ちゃんは俺を客の名簿から外すことを知らず、俺が捜査員だと知りませんでした。つまり、りさ子ちゃん以外の誰かが、俺の正体を知ったものの、それを従業員には伝えていないことがわかります。俺の正体を掴むような能ある鷹が、仲間内にすら爪を隠しているってことです。それが南雲さんっすよね」
カジノから追い出されたのになぜかすんなり新しい賭場に入れてしまった、という不可解な現象の答えだ。
「……先日のカジノであなたの姿を見た時、心底驚きましたよ。誰があなたを賭場に入れたんだろうと思っていたのですが、りさ子ちゃんだったんですね」
納得がいったというふうに、南雲は一人で小さく頷く。
「心底驚いたのは、りさ子ちゃんの方だと思いますよ。客からの電話を取ったら、名簿から客の名前が消えているという、とんでもないミスに気づいたんですから。でもそれはミスではなかった。俺の名前を消したのはあんたです」
南雲は横を向いて大きく息を吐きだした。煙を諏訪の顔にかけるものではないという常識はあるらしい。独特の匂いが諏訪の鼻をくすぐる。
「どうして、この話を僕にするんですか?」
警察官である諏訪がそこまで掴んでいるのなら、警察の仲間に言えばいいだけの話だ。わざわざ南雲にする意味はない。手の内を明かしているようなものだ。
「確固たる証拠はなかったので、どうしても確かめたかったんです」
諏訪は笑った。諏訪と南雲、二人の目が二つの眼鏡を挟んで睨み合う。
南雲はそっと目を伏せて小さく両手を挙げた。敗北を示している。諏訪は嬉しさよりもほっとする気持ちの方が強かった。いくら自信があるとはいえ、この推理を南雲に話す時点で、自分が捜査員だと確実に知られてしまう。そのリスクを冒してでも推理の真偽を確かめたかった。結果は当たりだ。
「僕が嘘をつくとは思わなかったんですか?」
「嘘でも別にいいんです。俺は、質問を一つできたらそれでいいんで。南雲さん、俺をカジノから追い出しますか?」
「……追い出せたら、とうに追い出してますよ」
「追い出せないんっすよね」
諏訪は酒に口をつける。南雲と対峙してから初めてだ。自分が酒を頼んでいたことをすっかり忘れていた。
諏訪の目的は南雲の牽制だった。南雲は自分が情報屋だということをカジノスタッフにすら隠している、自分がお前の正体を握っているぞと脅すことで、玉村えなや白里りさ子に諏訪の正体を知られることを防ぎにきたというわけだ。
カジノ支配人の玉村えなですら諏訪の正体を知らない。これは諏訪にとってかなり有利な点だ。
「彼女には話してるかもしれませんよ。彼女は僕の本職を知ってますし」
「南雲さんは、えなさんに密告なんてしてないでしょ。だって、俺が電話をかけてミスが発覚してから、実際に新しい賭場に行くまでには時間が空いていますから。その間にりさ子ちゃんは、えなさんに必ずそのミスを報告しているはずです。りさ子ちゃんの一存で大量の詫びメダルが出てくるわけがありませんから、絶対にえなさんが指示を出しています」
「そうか、そこまで気づいてたんですね。全く、こっそりあなたの連絡先をお客様名簿から消した僕の手間は何だったんでしょうね」
諏訪の挑発に南雲は乗ってこなかった。だが、南雲は自分からペラペラと喋る。無口なように見えて案外おしゃべりだ。
「オーナーとえなさん以外に僕の本業を知っている人はいないんですが、まさかお客様にまで知られてしまうとは思いもしませんでした。申し訳ないのですが、内緒にしてもらえますか?」
「俺をこのままカジノに入れて、正体をバラさずに捜査させてくれるという条件のもとなら、別にいいっすよ」
「わかりました。捜査は好きなだけしていただいて構いませんよ。カジノヨコハマはあなた程度の捜査官には負けませんから」
実際に腹の中を探られても痛くないということだ。涼しい顔の南雲だが、諏訪に挑発されたら挑発し返すだけの男ではあるらしい。
上等じゃねぇか。諏訪は燃えた。
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