第131話:借入 ~負ける試合は挑まない~
「なるほどねぇ。諏訪がカジノに入れたのはそういうわけだったのか」
諏訪と南雲の対話が会議室で報告されている。昼には情報課や交通課で仕事、夜にはカジノ。アラサーと呼ばれる歳の諏訪だが、並大抵の体力ではない。
「少なくとも、俺がカジノから追い出されることはなくなりました。一安心っすよ」
諏訪は親指を立てる。
「しかし、確証もないのに、よく南雲を牽制に行ったもんだ」
半分賞賛、半分呆れの言葉を裕が投げかける。
「予想が外れたらどうするつもりやったん?」
「カジノから追い出されたつもりで、外から捜査しようと思ってた」
諏訪は澄ました顔で答える。
「……あんなに外から捜査するのを嫌がってたじゃないか」
裕は唖然としている。
「俺は勝てると思って行ったんです。負けたら外から捜査すればいいってだけの話で、負けに行ったんじゃありません」
諏訪に章と同じ匂いを感じて、裕は反論を諦めた。
「それにしてもすごい自信だな、南雲とかいうやつ。実はこいつがオーナーなんじゃないの? 南雲は別名、本名は水無瀬。だからカジノで平気で名乗れるんだよ。本名じゃないからな」
章は自分の思い付きをぽんぽん並べ立てる。情報課のブレインの一人の章だが、暴れ馬の彼を統制する三嶋はここにはいない。放置半分、手に負えない半分で見守っている。
「いや、いくらなんでも、南雲が六十歳っていうのはありえないっすよ。それに、南雲の身元はちゃんと明らかっすし」
「明らかにしたのは僕です」
多賀が得意顔になる。春日がすかさず、えらいと褒めた。
「カジノの重鎮であるのは確かっすけど、オーナーではないと思いますよ。だって『オーナー以外に情報屋だってことを知る人間は、えなさんと自分だけだ』って言ってたんすよ。なので、えなさんもオーナーではないと思います」
「本当かなぁ」
「本当っすよ」
「いや、南雲が本当のことを言ってるかってことだよ」
諏訪の直感では南雲の言葉は真実だが、それは伊勢兄弟には伝わらない。
「南雲がオーナーだったら手っ取り早いんだけどなぁ」
だが、現実はそう甘くない。
「オーナーの居場所って、実際問題どうやって探せばいいんだろうな」
「それと同時に、スタッフの本名だな」
両方必要だ、というのが面倒なところである。
「……カジノ、ほんとに潰せるかなぁ」
裕の嘆きは、情報課の皆が思っていることである。誰からも返事はない。何を答えればいいのかわからないからだ。
「オーナーとは関係ないけどさ。あのカジノって何で儲けてるんだろうな」
「……そりゃ、カジノでしょ」
間ができているうちに、また章が意味不明なことを考え出した。諏訪は目を細めて返事する。これから何が始まるのだ、という不安も織り交ざっている。
「いや、パチンコを一日やってみればわかると思うんだけどさ」
「嫌っす」
「じゃなくて、客から搾り取れる額には限界があると思うんだよね」
「そりゃそうでしょ」
「諏訪は、裕福なアスリートはそうそういないと言っていただろ。つまりカジノ客は大半が一般人と言っていい。なのに、少数精鋭でどうやってやっていくんだろうと思ってさ」
「借金でもさせるのでは?」
「借金だって限界があるだろ。飯田の話だっておかしいし」
飯田の話に違和感はなかった。諏訪は章に尋ねる。
「何かおかしかったですか?」
「飯田はカジノに二回行って数百万負けたんだろ。それっておかしくないか? だって、飯田はカジノに行く前に数百万の借り入れをして、その金を全部メダルに変えて賭けたってことになる。付き合いでカジノに行ってた飯田がそんなことをするわけがない」
「あ……」
諏訪が間抜けな声を上げた。
「僕が思うに、カジノは負けが込んでくると金を簡単に貸してくるんだと思う。無い金を賭けさせるわけだ。それをどうやって返させるかはわからないけど」
「でも、それを調べてどうなるんですか?」
多賀が手を挙げた。章の事件なら彼の自由にさせるしかないが、できれば余計な回り道はしたくないというのが多賀の本音である。
「金を貸す方法にもよるが、出資法か貸金業法に触れるかもしれない。僕は法律には詳しくないけど、もし違反してたらそっちから潰せるはずだ」
「どうだ多賀、お前法学部だろ」
振られた多賀は一瞬顔をしかめる。
「詳細は忘れましたけど、口実としては十分だと思います」
「忘れたのかよ」
多賀が予想した通りのツッコミが来た。だが実際、忘れたものはしょうがない。
「僕は不真面目な学生だったので」
多賀はぷいと顔をそむける。情報課の中ではかなり真面目な方の多賀だが、法学部当時はやる気がなかったらしい。
「となると、向こうが金を貸してくるのを待つしかないか?」
「そうだな。まだそんなに負けてない諏訪が、いきなり行っても不審がられるだけだろうし」
「こりゃ、客へ聞き取りが一番早いな」
「……じゃ、次カジノ行ってきたときに聞いてきます」
冬村のほかにも元アスリートの友人はできている。カジノに行くのが仕事なのだから、嫌がってなどいられない。
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