第123話:着信 ~個別逮捕じゃ意味がない~

「はい、伊勢ですが」

 着信音に叩き起こされた章は、何が何かもわからないまま、電話を耳に当てた。時計を見ると午前二時だ。隣の部屋からももぞもぞと音がする。章の着信音で裕も起こしてしまったようだ。


「ミナセっす」

 電話の向こうで割れんばかりの声で諏訪が叫ぶ。章は咄嗟にスマートフォンを耳から離した。

「何、どうしたの」


「ミナセというのがオーナーの名前です。喫煙所で聞き出しました」

「喫煙所? おいおい、本当に行ったのか」

「だって、あんなに実験やったじゃないすか。行かないわけにはいかないっす」

 あれは春日を動員して二日間かけた壮大なおふざけだったとは、今更章は言えなかった。諏訪にも言えないし、春日にも言えない。


「まあ、情報が得られたのならそれでよかったけど、なんで僕に電話してきたの?」

「だってこんな時間に千羽さんに電話したら怒られるっしょ。章さんならこの喜びをわかってくれるじゃないですか」

 伊勢兄弟を舐めていると暗に言われているのだが、眠すぎて全く腹が立たない。



「ミナセって誰だろうな」

 翌日、情報課の会議室で、カジノの表の顔である不知火貴金属商会についての資料を伊勢兄弟が広げた。三嶋が宗教団体に潜入する前に作っていたものだ。全く、三嶋には頭が下がる。


「そんな名前の人物は、不知火貴金属商会にはいないけど」

 不知火貴金属商会は、それなりの数の従業員を抱えている。表の貴金属買取店の経営にも特に問題は見られないことから、表の店にのみ関わる社員もいれば、裏のカジノに関わる社員もいるだろうというのが潜入前から立てていた予想だ。

「わかんないっすけど、えなさんがミナセさんって呼んでたんで、えなさんよりは歳上だろうと思います」


「……諏訪、お前、喫煙所で何て聞いてきたん? 再現してみてや」

「その喫煙所にはボーイの田中さんと、えなさんがいました。残りは客だと思います。何かトラブルがあったというようなことを田中さんが伝えて、えなさんが『そのこと、ミナセさんに伝えておいて』って言ったんすよ」

「え、客の前で?」

「違います。盗聴器を仕込んだんっすよ」

 諏訪はその録音を、五日分聞き、ついにスタッフがオーナーの話題を出す瞬間を捉えたというわけだ。


「いやぁ、大変っすよ。交通課行って、カジノに顔出して、盗聴器の録音聞いて、ほんと死ぬほど忙しいっす」

 諏訪はいつ寝てるんだろう、という五度目の疑問が多賀の脳裏に浮かぶ。早死にしないか、それが心配だ。


「しかし、ミナセという名前だけじゃ話が進まないんじゃ……」

「そこでこの、先日ボロカスにけなされていたこのリストっす」

 諏訪がにやりと笑って見覚えのあるリストを取り出した。


「でもそれ、南雲の名前すら無かった、当てにならないリストじゃなかったか」

「逆に言えば、このリストに載ってる名前は関係者で間違いないっす」

「諏訪のその顔を見るに、そのリストにミナセという人間はいたんだな?」

 裕の問いに諏訪は頷く。


水無瀬みなせれいろう。今は倒産している、不知火貴金属商会の関連企業の元社員っす」

「本当にミナセって奴がいるんだ……」

「珍しい苗字だし、偶然とは言い難いな」

 伊勢兄弟が両手を挙げた。諏訪の勝利である。


「ただ、水無瀬怜次郎がオーナーだったとしても、ゾンビのように蘇ってくるカジノを潰そうと思ったら、オーナーそのものを逮捕して、従業員の方も逮捕していかないといけない。問題はそこだな」

「でも従業員は全員源氏名だろ。本名も調べておかないと、逮捕できないな」

「そこなんだよな」

「まあそこらへんは、俺らが後方支援したるわ。諏訪は自分にしかできひんことやっとき」

「頼む」

 諏訪は左手で春日を拝む。春日も親指を立て、ウインクで返した。

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