第121話:喫煙 ~焚火はさすがに食べられない~

「で、結局、その喫煙所には行ってきたの?」

 諏訪が報告がてら昨日の話をしていると、急に章が割り込んできた。

「俺、煙草は吸わないっすよ。あのカジノでも、割と煙を我慢してるんすから」

「へぇ、諏訪は吸わないんだ。すごいねぇ」

 諏訪は大きく頷く。煙草を吸わないのはアスリートとしてのプライドだ。実際には喫煙者の選手などいくらでもいるが。


「すごいと言いつつ、僕も吸わないんだけどね」

 裕は、章の低俗なボケにわざわざツッコみたくなどない。誰も何も言わないので、章は寂しそうな顔である。


「まあ喫煙所なんか行かなくてもいいんすけど、スタッフがそれなりに雑談してるって冬野さんが言ってたんすよね。盗聴器のひとつでも仕掛けることができたら、もしかしたら情報収集できるんじゃないかと思って……」

 ここしばらくは、新しい情報を得られていない。このままではただの娯楽、いや、カジノに情報課の予算、すなわち税金を差し出しているだけになってしまう。諏訪は少々焦っていた。


「別にいいけどね、カジノに金差し出してるだけでも」

 章は軽く首をひねる。

「うん、金を使うってことはカジノのお得意様になるってことだからね。無駄遣いじゃないよ」

 伊勢兄弟は優しいが、諏訪は納得がいっていない。やはり情報は効率よく集めたい。


「それに、カジノに潜入するのはあんなにスムーズに進んだんだから、ここで足踏みしてたって別にいいじゃん」

「でも、冬野さんが俺に教えてくれる情報は、喫煙所で集まったものだって言ってました。喫煙所が情報のたまり場なら、俺はそこを攻めてみたいっす」

「諏訪が喫煙所に行きたいのはわかったけど、どうしても煙草を吸いたくないの?」

「吸わなくて済む方法があるなら、それがいいっすけど」

「いやいや、喫煙所で煙草吸わんかったら浮くやろ」

 春日は半笑いである。やはり贅沢は言えないか、と諏訪は覚悟を決めた。


「あれ、うちって誰も喫煙者いなかったっけ?」

 章が見渡す。互いにキョロキョロするばかりで、誰も手を上げない。この部屋の清浄な空気は、誰も煙草と縁がないことで保たれている。


「……昔吸ってたで」

 春日が恥ずかしそうに手を上げた。

「警察学校に入る頃までは」

「なんでやめたの?」

「警察学校がキツすぎてな」

 伊勢兄弟を除く者はそこで察した。雰囲気で伊勢兄弟も察する。

「結局配属されても禁煙のところ多いし、辞めてよかったわ」


「でもそれだと、裏口の喫煙所には行けませんね。どうします?」

 多賀が手を口元に寄せて考え込む。

「咥えてるだけじゃダメなの?」

「それはすぐにバレるわ」

 春日が首を振る。


「そうだ! お茶の葉で煙草作ろうよ。煙草って、手作りできるんでしょ? それ吸ってたら無害じゃん」

 章がとんでもない案を出してきた。

「えぇ……、大丈夫かなぁ」

 あの春日ですら及び腰という異常な光景だが、こうなった章を止められる者はいない。ほかにいい代案もない。いや、代案を思いつかねばならない状況だが、誰もが呆気にとられてそれどころではないというのが正しい。


「しゃーないなァ、昔使ってた手巻きセット、明日出してくるわ」

「へえ、そんなの使ってたんだ。話が早くて助かるよ」

 章は興味津々である。

「吸いすぎて金欠やったからな、自分で巻いててん」

 どれだけ吸ってたんだ?


「コピー用紙で巻くんじゃダメなんですか?」

 多賀が真顔で手を挙げる。

 ダメだろ、と諏訪が言おうとしたのを遮ったのは春日だった。

「実はな、やったことあるねん」

 どれだけ金欠だったんだ?

「……どうでした?」

「焚き火みたいな味がしたわ」

 春日は色気たっぷりに目を細める。

「焚き火って食べられるんですか?」

「実際やってみたらよくわかるで。やるか?」

 遠い目の春日が多賀の方を向く。多賀は首と手を振って激しく遠慮する。

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