第112話:信用 ~スキーの良さは忘れない~
「けど、カジノってのはパチンコや麻雀とは違う。簡単に負けることができるんだ。一晩で大負けすることだって珍しいことじゃない。俺が五〇〇万の借金を作ったのは二回目に行った時だよ。それ以降、俺はあの場所に出入りしていない。人生で二度だけだ、ヨコハマに行ったのは」
「…………」
「俺はギャンブルに狂ったわけじゃない。パチンコだってやらないし、あの時できた借金以上のものを作ったこともない。けれど、その返済にずっと追われてる」
「俺の裏には警察がいます。方法はまだ考えていませんけど、なんとかなるはずっす。飯田さんに教えていただいたことを肝に銘じて、頑張ります」
「わかった。俺は諏訪くんを信じる。君ならできる。潰してくれよ、ヨコハマを」
飯田は丁寧に頭を下げた。その悲しげな背中には、後悔と惨めさ、そして男らしさが滲んでいる。センスを持ち、また努力の才能を持ち、結果を出してきた彼が、ここまで堕ちてしまった姿を直視することが諏訪にはできなかった。
「お願いです。俺に協力してください」
諏訪はしっかりと頭を下げ返す。飯田は頭をあげるように静かに言って立ち上がった。
「ヨコハマにはいつ行きたい?」
メモに何やら書きながら、飯田が尋ねてきた。
「俺はいつでも構いませんが……」
「営業日は、水曜日と金曜土曜の夕方から夜明けまで。俺がヨコハマの人に電話を入れるから、その日に店に行って、店の人に、俺の名前と諏訪くんの名前、そして予約があると伝えたら通される。初めて行くときは、午後七時に行くのが条件だ。店の客に紛れることができるからね」
「店、というのは?」
「ヨコハマはカジノだけの場所じゃないんだ。昼は貴金属買取店をやってて、夜にカジノをやっている。不知火貴金属商会っていうんだけど、ある電話番号に電話をかけて、俺が名前を名乗って会員だと言ったら、カジノ担当者に電話が通される。そこで、俺は諏訪君を紹介したいと言うんだ。俺ができるのはそこまでだけど」
飯田はメモをよこしてきた。メモに書かれていたのはヨコハマの電話番号だ。誰かの携帯電話の番号らしい。さすがに固定電話にはできないのだろう。
「ありがとうございます」
諏訪が頭を下げると同時に、飯田は携帯電話を取る。
「俺は、こういうことは早く済ませたい性質なんだ」
諏訪は嫌なことは後回しにするタイプである。諏訪より飯田の方が、よほど真面目できちんとしているじゃないか。
飯田が電話を一本入れたおかげで、諏訪はヨコハマに来週の土曜、十九時から入れることになっている。諏訪は心の底から感謝していた。
「今日は本当にありがとうございました」
「諏訪くん」
飯田家を後にするべく、立ち上がった諏訪を飯田が呼び止めた。
「今度、滑りに行かないか?」
飯田は恥ずかしそうに部屋の奥に置かれた段ボールを開ける。丁寧にビニールに包まれたスキー板が出てきた。飯田の部屋には荷物が少ないから、夜逃げのために相当の荷物を捨てたはずである。スキー板も邪魔な荷物のはずだが、どうしても捨てきれなかったのだろう。諏訪は靴を履きながらニヤリと笑う。
「いいですけど、俺、速いっすよ」
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