第111話:誠意 ~ギャンブルなんか好きじゃない~
初めて出会ってから二週間経った。飯田とは、家族よりも高頻度にメッセージをやり取りしていた。スキーの話、プライベートな話、内容は多岐にわたった。筆不精な諏訪が返事を書くのが全く苦にならないほど、二人は話が合った。同じスポーツを極めようとした者はやはり、どこか気が合うのだろう。
飯田は、諏訪に完全に気を許していた。それは諏訪も同じだったかもしれない。
飯田の自宅に飲みに呼ばれた。潜入中は飲まないと決めている諏訪だが、標的の誘いなら飲むしかあるまい。狭い部屋だけど、と恥ずかしそうに飯田は笑っていたが、その実、部屋は綺麗に整頓されていた。諏訪の自室とはえらい違いである。
「飯田さん。少し話があります」
飲みもたけなわ、諏訪は話を切り出した。いつもヘラヘラしているか笑っているかの二択である諏訪が、急に真顔になったのを見て、飯田は不思議そうな顔をした。
「真剣に聞いてください。俺は、警察官なんです」
飯田の目が丸くなる。諏訪は心の中で謝った。驚くべきことは自分が警察官であるということだけではない。この程度で驚く男だ、この後の話を聞いたら飯田の心臓が止まってしまうのではないかと心配にさえなる。
「……俺を捕まえに来たの?」
やはりカジノのことは負い目なのだろう。
「違います」
諏訪はきっぱりと否定した。ここで飯田には味方であると信じてもらいたい。疑われれば、カジノへの道は絶たれてしまう。
「飯田さん、あのカジノの元客ですよね?」
飯田は諏訪の気迫に怯えながら頷いた。
「俺はカジノを追っています。目的はカジノのオーナーであって客ではありません。そもそも、いくら闇カジノが違法とはいえ、カジノに行っただけの客が重い処罰を受けることはないんです。ですので、俺が飯田さんを捕まえることは決してありません。どうか、俺に協力していただけませんか」
諏訪は章や春日のように口が上手くない。だから、飯田を言いくるめるよりは、まっすぐに気持ちを伝える方が、より誠意が伝わるだろうと思ってのことだ。
だが、こうして全てをぶちまけるのは自分のエゴなのだろうか、と、飯田の泳ぐ目を見ながら諏訪の中に不安な気持ちが湧く。
「諏訪くん、君はヨコハマ……あのカジノをどうしたいんだ」
『ヨコハマ』というのがカジノの呼び名だという。横浜にあるからヨコハマ。安直ではあるが、口にしやすい単語である上、人目をはばからずに言える。客を増やしにくいカジノ側の策なのだろう。
「カジノは潰します。絶対に俺の手で潰してみせます」
「でも、ヨコハマは警察の匂いを嗅ぎつけて姿を消すだろ? だからみんな、安心してヨコハマを使ってるんだ。絶対に客が捕まることはない、って」
カジノの触れ込みはそれか。
「俺は、あのカジノに潜入しろと命じられてるんです。ですが、あのカジノは紹介がないと入れません。飯田さんの協力がないと、俺の首が飛ぶんです」
「だから俺に近づいてきたのか」
諏訪は言葉に詰まる。要するにそういうことだ。だが口が裂けてもそうは言えない。
「でも俺は、仕事のために来てることになってますけど、本当は飯田さんとお近づきになりたくて来たんですよ」
初めて嘘をついた。だが今、諏訪はこの言葉が本心になるように自己暗示を必死にかけている。
「……君が俺と仲良くしたのは、ビジネスじゃないって思っていいのかい?」
「もちろんです」
それは自信を持って頷くことができる。
「でも、ひとつ心配がある。君がヨコハマに行って、悪いハマり方をしないかどうか。俺はスキーをやる、いや、やっていた人間として、スキー界の星を堕とさせるわけにはいかないんだ。……ごめん、おせっかいで」
それをわざわざ諏訪に伝え、謝りさえする彼の善人さに諏訪は心が揺れた。
「ありがとうございます。でも、俺は元々ギャンブルの類が好きではないので」
「……俺だってそう思ってたさ」
ぷちりとテレビを消した飯田がぼそりと呟いた。こちらからは表情が見えない。
「ハマるわけないと思ってたよ。俺はどちらかというと真面目な方だし、付き合いで行っただけのつもりだったんだ」
諏訪は返事が思いつかなくて黙っていた。テレビの音声があれば、どれだけ楽だっただろう。
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