第100話:哀悼 ~私は実家を選ばない~

「画像などの証拠もなく教団幹部を一網打尽にするのは難しかったのですが、私が信者の立場で告訴しましたし、警察も検察も頑張ってくれました。結局は、まず過労死した信者の業務上過失致死で押さえることになりましたけどね」


 一度、強制捜査の令状が出てしまえば後は簡単だった。踏み込めば証拠は山ほどある。多賀から令状が出たと報告があった時、三嶋は心底ほっとし、達成感が湧いたのだった。


「まさかこんなやり方とはな……」

 富士はがっくりうなだれる。

「あなたは、志穂さんと亮成くんの掌の上で転がされていたんですよ」


 富士は黙ってうつむいたままだった。膝に乗った手は強く握り締められ、口元からはぐっと噛み締められた白い歯が見えている。

「嘘だ。ずっと前に死んだ女と、運転しかできない無能のバカに俺が負けたなんて」

「そうやって、負けたことを認められないから負けるんですよ」

 三嶋の目は冷たかった。


「だが、教団を潰したことを本当に正しいと思ってるのか?」

「どういうことですか?」

「俺は経済を回していたんだぞ。それで何百人もの雇用が生まれているじゃないか。それを潰して全く罪悪感がないのなら、お前こそがサイコパスだろ」

「信者の財産は信者が使うべきでしょう。結局は同じように経済が回るだけです。都合のいいことを言わないでください」


「なにも、俺はただ金をまきあげたわけじゃない。悲しみにくれる信者に救いを与えて、経済を回す。信者だって喜んでいたさ。なあ、信教の自由ってわかる? お前らは自由を侵しているんだぞ。俺は悪くない」

 富士がそういった瞬間、スッと音がする。三嶋が息を吸った音だ。


「人を殺しておいて、まだそれを言うか!」


 取調室が静まり返る。富士の監視をする捜査員も目を剥いた。温厚な三嶋の怒鳴り声を聞いたのは初めてだ。驚きのあまり、口を大きく開けている。

「私をここまで怒らせないでください」

 三嶋が元のトーンに戻って呟いたほかは、誰も何も言わない。


「自分の手を汚さず幹部に殺人をさせておいてその言い草だなんて、人間失格です。法の問題じゃないですよ、モラルの問題です。手を汚した信者本人たちの前でそれ言ってもらいましょうか、自分は悪くないって」

 怒鳴るわけでもない、ただ静かだが、記録を取る周囲の捜査員の手が震えている。普段の三嶋を知っている人間ほど恐怖が増す声だ。つまり、富士よりも捜査員の方にダメージが入ってしまっている。


「罪のない人間を何人巻き込んだのか、数えてください。さあ。ほら!」

 怒りに熱が入る三嶋だが、罪のない人間を巻き込んだのはなにも富士だけではない。三嶋も、業務のためとはいえ新しい信者を作ってしまっている。それは忘れてはならないことだと三嶋は思っている。


「あなたの馬鹿げた夢のために一体何人が犠牲になったんでしょう?」

 三嶋がふっと笑った。物音はない。静かだ。

「宣言しておきます。辻さんと関さんには殺人罪をつけてみせますよ。他の幹部や信者にも、死体遺棄や死体損壊、業務上過失致死、医師法違反、麻薬及び向精神薬取締法違反……。信者もいない教団に未来はありますか?」

 東京支部にも捜査が入ったことは知っている。出家信者はほぼ全員が逮捕されている今の状況では、全く身動きが取れない。


「建国計画も、弥恵さんを健常者にする計画も、全て終わりです。人生を食って夢を叶えようとしたことを、刑務所で反省してもらいたいですね」

「もういい、出ていけ」

 富士は三嶋の声を遮る。相変わらずの心の強さだが、その声は随分と意気消沈しているように思えた。

「……また会いましょう」


 三嶋は肩を軽くすくめて部屋を出る。扉を閉めた直後、中から何かを強く蹴る音がした。富士を哀れみながら大きく息を吐いて、三嶋はスラックスのポケットにそっと手を入れた。


 廊下を歩いていると、スマートフォンが鳴った。兄からの着信だ。そういえば今日は水曜だ。食事場所に姿を見せない弟に、念のため連絡を入れたのだろう。おそらく、自分を心配しているわけではない。弱みを作らないためだ。兄はそんな男である。

 結局、父や兄との仲は改善していない。あわよくばこの事件をきっかけに家族関係が良くならないか、と潜入前は思っていたが、結局その夢は泡となって消えた。


 三嶋は少し迷って応答せずに電話を切った。突然に電話が切れたことで、兄もおおよそ察するだろう。これでまた数年は没交渉になりそうだ。実家の敷居はまた高くなった。だがそれでいい。無理してしがみつくのはもうやめよう。

 スマートフォンの待受には家族が写っている。三嶋の愛しい、妻と子だ。


*Mission3:大地に光を・完*

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