第96話:管理 ~清貧だって悪くない~

「……薫は警察の手先じゃないのか?」

 今度は、富士が新聞を指差して尋ねる。新聞に名前が載せられている人間は、宮崎のような警察のスパイではないと思っての質問に違いなかった。

「違いますけど、何か?」

「お前、どうやって逃げ出したんだ?」

「どういうことです?」

「亮成が手を貸したとしても、薫が見張っているはずだろう。薫ともグルだったんじゃないのか」


 富士は薫と亮成と三嶋がつるんで逃げたと思っているのだろう。確かに薫が逮捕された時、彼はえらく消耗していた。亮成もそうだ。三嶋とのつながりを責められ、尋問という名の拷問を受けていたに違いない。何せ、薫は三嶋のお目付け役だったのだから。


 ああ、と三嶋は顔をわずかにしかめた。記憶をたぐっているらしい。

「公安警察のスパイが逃げだした方法と同じ方法ですよ」

「何?」


「亮成くんの車のルーフキャリアです。伊織さんも、そして私も、その中に隠れて逃げ出したんですよ。もう二度と乗りたくないですねぇ。とんでもない乗り心地なので。骨折覚悟ですよ」

「それはおかしいだろ。車にもルーフにも普段は鍵がかかってるはずだ」

 確かにそうだ。坂上が総務部のトップになってからというもの、組織内での鍵の管理は非常に厳重になった。それは亮成の車のルーフの鍵ですら例外ではない。


「そうですね。前は亮成くんがルーフに鍵を挿しっぱなしにしていたそうなので、伊織さんがルーフに隠れて逃げるのは容易かったでしょうが、今回は違いますね」

「ルーフの鍵を持ち出すのは、お前も亮成もできなかったはずだ」

「ええ、だから私は合鍵をもらったんですよ。亮成くんから」

「亮成が合鍵なんか持ってるわけが……」

「作ってくれたんですよ。私のためにね」


「鍵を作る? 一体どうやって?」

 大地の光では私有財産の所有を禁じている。いくら洗脳が解けていても、鍵一つとはいえ上部に無断で複製することは出来ないはずだ。


「鍵屋なんかどこでもありますよ。私のスーツのクリーニングで山を降りられる亮成くんなら行けます」

「合鍵を作る金なんて奴が持っているわけがない! どれだけうちの金銭管理が厳しいのかわかってるのか?」

「ええ、だから亮成くんは知恵を絞ったんですよ。どうしたら誰にもバレずに金を浮かせられるか」

「ど、どんな方法があるってんだ」

 

「食券です。山を下りて食べる昼食を、食券制の店にすることで食費を浮かせたんです。降りた先にありますよね? 食券制の牛丼屋が」

「それはおかしいぞ。牛丼屋だって、半券かなにかあるだろう。そもそも、薫が領収書を出させるはずだ」

 厳しい金銭管理に自信があったのだろう。富士は、亮成が金を浮かせたことをまだ信じられていないようだった。


「薫くんは半券さえあれば何も言わなかったようですよ。当然でしょうね、弥恵さんを歩かせよう大作戦の処理で忙しいんですから。亮成くんが領収書はないと言うとすぐ引き下がったそうです」

 富士は納得していなさそうではあるが、三嶋は続ける。


「牛丼屋で、食事を終えた客が半券を残していくことは珍しくありません。別の客に頼んで半券をもらったこともあるそうですよ。そして、その次の外出では食事を我慢して薫くんに半券を提出する、と。コミュニケーションが苦手な彼にしては頑張ったと思いませんか?」

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