6. 教団の真実
第93話:富士 ~富士は誤算に気付かない~
「三嶋を呼べ」
富士がそう言い出したのは、逮捕されて四日後のことだった。それまで全くの黙秘を貫いていた富士に、捜査員たちがいらだち始めた頃である。
「それまでは、絶対に何も話さない」
対峙していた刑事は迷った。この数日間、全く話さなかった男がそう言うのだから、三嶋を呼ばない限り本当に話さないだろう。しかし、
苦渋の選択だったが、三嶋は呼ばれた。嫌ならいい、と何度も念押しされたが、三嶋は断る気などさらさらなかった。
「私をお呼びだと聞きました」
三嶋は机を挟んで、優雅に富士と向き合った。たとえ殴りかかられようと、三嶋には富士など余裕たっぷりにかわす自信があった。富士はきつく三嶋を睨みつけたが、三嶋には全く効かない。
「何か、話したいことでも?」
「全てを話せ」
富士はこちらに噛み付くような目線を向ける。組織内では全く見せなかった類の顔だ。別室で取り調べを受けている辻が見たら、一体どんな反応をするだろうか。
「全てってなんですか?」
「……お前がどうやって逃げたのか、どうして警察がお前の流した情報に引っかからなかったのか」
やはり富士にはわかっていなかったか。三嶋は笑みを浮かべる。まあ、数年前の脱出方法が通用した時点で、向こうが脱出方法を知らないのは自明ではあったが。
「そんなに知りたいのなら教えてあげますよ、私が何を言おうと、あなたの負けには変わりありませんからね」
意地悪い笑みに富士のこめかみがぴくりと動く。
「さて――」
「はじめにどうやって逃げたか教えてあげましょう」
優越感を噛み締めながら、三嶋は鞄から新聞を取り出した。今日の日付だった。一面には、もちろんこの事件が取り上げられている。なにぶん、日本から独立したがっていた新興宗教団体だ。今ならY計画も付いてくる。メディアが食いつかないわけがない。
「この事件の記事がありますね?」
富士は嫌そうな顔をした。
「逮捕者の名前も出ています。ここに一人、あるべきなのにいない人物がいるでしょう?」
富士ははっとした顔で記事を目で追い始める。坂上、辻、関、小林、小田切……。よく見知った名前が、全て逮捕された人間の名前として、山ほど並んでいた。幹部候補生以上は、全員その名前が並んでいる。
「気づきませんか? 私と同室だった人ですよ」
「宮崎亮成……」
ハイレベルな自白剤を完成させ、攪乱剤までも開発しようとし、そのために教団の人間を人体実験に使っていた薬理部もまた、メディアに大きく注目されていた。そのメンバーであるうえ、仮にも幹部である亮成の名前が載らないわけがない。
「正解です」
おめでとうございます、と三嶋がわざとらしい拍手を投げかけると、富士は苦虫を噛み潰したような顔になった。三嶋は最高に気分がいい。
「嘘だ……。お前に自白剤を打った時、奴の名前は全く出なかったじゃないか。亮成に自白剤を打った時も出なかったはずだ」
三嶋が捕まった時、現場にいなかった薫を除いて幹部は順に自白剤にかけられている。誰も三嶋の名前を出さなかったし、三嶋から誰の名前も出なかった。三嶋は単独のスパイだと誰もが思っていた。
「そりゃそうですよ。私が自白剤を打たれた時には、まだ亮成くんとは何の繋がりもありませんでした。第一私はその時、辻さんを協力者にしようと思っていたんですよ。それが失敗したからあなたに捕まったんです。あの時点で亮成くんに手を出してるわけないじゃないですか」
それもそうだ。富士は半笑いの三嶋から、ぷいと顔をそらした。
「しかし、あのバカが、三嶋に近づくわけが……」
宮崎はバカではあるが真面目な男だった。富士が三嶋に近づくなと言って近づく男ではないはずだ。もちろん、三嶋のようなスパイではない。
「それがあなたの一番の誤算です」
三嶋のにやにやが加速する。
「私に近づいてきたのは亮成くんの方ですよ」
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