第83話:査問 ~やはりすぐには見限れない~
「情報課ってなんなのかしら」
富士の部屋で、弥恵はノートパソコンの画面と向かい合っている。
「奴が所属していたという部署か?」
「ええ。でも、いくら調べても出てこないのよ、情報課なんて」
「スパイを送ってくるような組織なんだから、そんなもんじゃないのか」
「公安だってある程度の組織構造はわかるのに」
「それは警視庁だからだろ。地方県警だとわからなくても不思議じゃない」
富士の返答は冷たい。弥恵は納得していない一方で、富士を説得できるような論を展開することもできず黙り込んだ。
「不審でしょう?」
「不審だろうがなんだろうが、あいつはスパイだ。殺すのが慣例だろ」
「ちょっとやめてよ、殺すだなんて言い方……」
弥恵は眉をひそめる。
「じゃあなんだ、自己解析と言えばいいのか?」
教団では、裏切り者を処罰することを影でそう呼んでいる。標的の信者を尋問等で追い詰め自己解析を促す、というわけだ。その実態は、住吉志穂の死亡例から明らかである。
富士はふんと鼻を鳴らす。言い方にいちいちケチを付ける意味が富士にはわからない。同時に、ものの言い方ひとつで簡単に騙される信者の馬鹿さ加減も、富士にはわからなかった。
「あの時教団にいた幹部には全員、自白剤を打った。そこで何も出なかったんだろ?」
一度、スパイで痛い目を見ている教団の動きは早かった。三嶋に自白剤を打った直後から、順番に弥恵と辻と富士を除く幹部全員に自白剤を投与し、三嶋と手を組んでいるものがいないか、そして他にスパイがいないかを調べている。
そして、その結果はシロだった。亮成も小林も関も、その他幹部も協力者ではありえない。東京に行っていた薫は、あの場にいなかったので協力者ではない。
「今、この教団には奴以外にスパイがいないのは確実だと思う。でも、自白剤には限界があるのよ」
実際、三嶋からは情報課の詳細を十分に聞き出せなかった。富士はそれを厳密にわかっていない。
自白剤がうまく機能する時間は、あまり長くない。麻酔薬ベースで作られた薬なこともあり、投与をやめると意識が冴えてしまうし、投与を続けると眠りに入ってしまう。意識が冴えて嘘を喋られるのが最も危惧するところなので、できれば投与は多めにしたいのである。
三年前に公安からのスパイが発覚した時にも、富士は一度すべての出家信者と幹部に自白剤を打った。だから薬理部に人体実験としてのデータはある程度揃っているし、自白剤でスパイでないことが確認された今の信者たちに富士は絶大なる信頼を置いている。富士のその判断は正しい。
だが実際には、自白剤の機能時間は富士が思っているほど長くない。効果は確かだが、こと時間においては万能ではない。
それを弥恵は説明したが、富士は話半分にしか聞いていなかった。
「ねぇ、聞いてるの?」
「うるさいな。裏切り者とはいえ、大臣の息子かつ大臣秘書の弟という立場の人間をそうやすやすと殺せるわけがないだろう? 県議会選まで時間がない。これを逃したら次は四年後だぞ。だが、奴がスパイである以上、教団から逃がすわけにはいかない」
それは弥恵もわかっている。富士の目的を達成するためには、やはり三嶋は必要だ。だから、新たに幹部候補生を迎えることに若干の不安はあったものの、最終的には加入を認めたのである。三嶋を逃せば、しばらくは夢をあきらめなければならないだろう。
「俺に案がある」
富士は微笑んで話し始める。渋々聞いていた弥恵の表情がだんだんと明るくなり、そして尊敬の念があらわれた。
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