第82話:後悔 ~覆水、盆に返らない~
「おはよう」
辻の声で、はっと目が覚めた。両手にじんと痛みが走る。椅子に後ろ手に縛られていた。自分はいつの間に寝てしまっていたのだろう。亮成が打ち込んだ点滴のせいだろうか。あれはきっと、薬理部の用意した睡眠薬に違いない。医師を擁する薬理部だ、麻酔や睡眠薬の類は容易に手に入るだろう。
「体調はどう? 情報課の三嶋博実くん」
「……え?」
一瞬、聞き間違いかと思った。
「あれ、違うん? 確かにそう話してくれたんやけどなぁ。私は情報課課長、三嶋博実、って」
三嶋は声を失った。自分が喋った? そんなはずはなかった。全く記憶にない。自分は寝ていただけのはずだ。
「公安かと思ったけど、違ったねぇ」
辻は微笑んでいた。今までに見たこともないような冷たい笑顔だった。
「私……いや僕は、そんな課は知りませんよ。警察官ではありますが、捜査二課であって……そんな課ではありません」
「嘘つかんといて」
ぴしゃりと辻は言う。自信満々だ。
「富士さんが言うてはったよ。三嶋くんの家は警察とは縁遠いはず。まさか警察のスパイとして潜り込んだ裏切り者だなんて、ってな。私も残念やったわ」
辻はわざとらしく首を振った。
そこで三嶋は気がついた。
自白剤だ。
だが、それはありえない。三嶋は即座に否定する。
自白剤とは、一言でいうと酒だ。酒のようなものに酔わせて酩酊状態になったところに質問を投げかけ、嘘を考える気力もない状態では真実を答えるだろうというシステムである。寝起きでうとうとしている夫が、つい妻の名前と浮気相手の名前を間違えるのを待つというレベルの話だ。有効な自白剤の存在など、聞いたことがない。
実用に足る自白剤を薬理部が完成させていた、ということだろうか?
そういえば、辻が言っていたじゃないか。攪乱剤の開発過程で、副産物も生まれたと。もしや、それが自白剤なのではないか?
考えにくいが、もしそうであれば、あの
わかるのが遅かった。罠にかかってから罠の仕組みを知るだなんて、自分はなんと馬鹿なのだろう。
保安部の男性信者が睨みつけるのを避けるように三嶋はうつむいた。悔しい、だがどうにもならない。
その思いが頭に渦巻く中、三嶋は教団の措置をただ待っていた。
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