第68話:不憫 ~睡眠不足は隠せない~
「病院に送迎って、通院でもしてるの?」
亮成が寝転がったので、三嶋はベッドの下に質問を投げかける。亮成は一瞬黙って、不思議そうな声で返した。
「博実、病院のこと知らんの?」
三嶋は首を振る。が、それでは亮成に見えないことに気づいて慌てて声に出した。
「教団直営の病院で働いてるねん、あの人ら」
聞くところによると、薬理部部長兼医師の小林は、ふもとの直営病院で院長としての業務も行っているという。先ほど名前が出た宮田も薬剤師として勤務しているらしい。
「……研究は?」
「それは午後からや」
「忙しいんだね」
「僕はそうでもないけどな」
亮成は少し寂しそうな声色になった。
三嶋はそこから先に突っ込めなかった。幹部候補生でありながら、亮成はどの部の部長でもない。薬理部でも重要な職にあるわけでもなく、やっていることは一般信者と変わらない。お話の会でも、現地での仕事はろくになく、会場の準備と片付け以外は暇そうだ。
ほぼ同時に入ってきた関と比較すると大きく立場は異なる。
「なあ亮成」
「何?」
「いや……」
三嶋はうまく言葉にできなかった。亮成はのんびりした声でふうんと言ったきりで三嶋が言葉を作るのを待っていた。三嶋が言いよどんでいる理由など、亮成は考えもしないだろう。
「あ、一時過ぎてる……」
結局それしか言えなかった。
「嘘やん」
ばたばたと亮成が布団に潜り込む。コミュニケーション能力に欠けている亮成には挨拶という概念がない。急に静かになり、まだ喉の奥にあった言いたいことを渋々飲み込んで三嶋も布団を頭からかぶった。
当然、翌日のお話の会はかなり眠くなった。その日、やはり仕事らしい仕事のなかった亮成は、会場まで信者を輸送するどさくさに紛れて教団に帰って寝ていたらしい。
……亮成は意外と神経が図太いのだとこのときはじめて知った。
* * *
「夜遅くまで起きてたん?」
眠そうな三嶋を見て、辻が笑いながら話しかけてきた。
「つい、夜更かししちゃって……」
亮成から受け取った自分のスマートフォンで、なんとかして情報が送れないものかと画策していたら夜が明けてしまった。
結局、モバイル通信の方は圏外にしかならず、教団のWi-Fiを使うと携帯で何をしているか教団に情報が筒抜けだ。
モバイル通信の方を使おうと思ったら下界に行くしかないのだが、そのような時にはどこからか信者がやってきて携帯を取り上げられる。正確には、兄に電話をするときだけしか携帯をもらえないというのが正しい。
「ほんと、私物に厳しいんだね」
情報課に情報を流せないということもきついが、いちいち信者を介して携帯をやり取りしなければならないのが面倒でしょうがない。
「……教育部の部長が私物を使ってたら示しがつかへんからしょうがないよ」
辻が慰めてくれた。
「下手に反抗して弥恵さんに目をつけられたら大変やし、大人しくしときな」
「まあ、そうだけどさ」
言いながら三嶋は一つ欠伸をした。
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