第67話:返還 ~無能に仕事なんてない~

 それから数日、辻から音沙汰はなかった。三嶋としては、具体的に話を進められると困るので音沙汰がない方がありがたいのだが、なかったらなかったで不安になってくる。翌日のお話の会に備えて早く寝たいが、その不安のせいで寝つきが悪かった。


 ノルマのなくなったお話の会は、実に気が楽である。ただ迷える子羊の悩みを聞くだけで修業をしたという扱いになる。この教団での他の修行というのは、基本的に精神か肉体のどちらかを削ってくるものなうえ、信者である以上は修行を喜んで行わなくてはならない。

 潜入捜査官にとって最もきついことのひとつである。


「博実」

 消灯時間を過ぎているため暗い部屋の扉が突然開き、その途端に声をかけられた。もちろん亮成だ。亮成はためらいなく電気をつける。

「どうしたの?」

 三嶋はベッドから身を乗り出した。亮成が下段以外から声をかけてくるのは珍しい。


「これ」

 亮成は何かを投げてきた。キャッチしてよく見ると、自分のスマートフォンだった。辻が探してきたのだろう。懐かしい同胞に三嶋は頬ずりをする。

「あとこれも」

 亮成が差し出してきたのはスーツである。辻が探すと言っていたものだ。

「どうして亮成が持ってるの」

「クリーニング」

 つまり、三嶋のスーツのクリーニングを命じられた亮成が、クリーニングを終えたスーツを先ほど受け取ってきたということらしい。


「亮成って薬理部じゃなかった?」

「僕は暇やから。車も出せるしな」

 薬理部が何をやっているか、実は三嶋は詳しくない。富士がわざわざ薬理部という組織を設けているのが不思議でならなかった。しかも、部長の小林修という医師をはじめ、数人の幹部候補生出身者が所属している、教団内でも有数の大きな組織である。


「薬理部って何をしてるの?」

「薬の研究とか」

 亮成はスーツのハンガーを三嶋のベッドの柵に掛ける。

「何を研究してるの」

「さあ、僕は知らん」

 亮成は小さく首を傾げてそっぽを向いた。知らないはずはなかろうと三嶋は思ったが、嘘をつくような男でもないし嘘をついている様子もない。


「知らないって……じゃあ普段何してるの?」

 聞いてはいけない質問な気もしたが、思わず三嶋は口走ってしまった。しかし亮成はのほほんとした態度でこちらの方を見た限りである。

「実験動物の管理とか、研究の雑用とか、車で小林さんとか宮田さんとかを病院まで送迎したり、やな」

 新しく宮田という名前が出てきたが、三嶋はとりあえずスルーしておく。

 教団には人が多い。とにかくややこしいのである。

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