第62話:心和 ~笑顔はなかなか隠せない~

「へぇ、そんなことあるんだね。てことは、君は全く通信機器を持ってないの? スマホとかさ」

「ありますよ」

 三嶋はポケットからスマートフォンを取り出した。章が触ろうとするが、そっと手で制止する。


「うちは私有財産を持たないので、共用のものなんですよ。誰が何を見たか全て記録に残ってますからね」

 怪しいソフトウェアを章は入れるつもりらしいが、そんなことをされては上にバレる。章の方も察したらしく、手を直ぐに引っ込めた。


「……万事休すだね」

「まあそうですね」

 三嶋は肩をすくめるしかない。


「方法はひとつ考えてあります。あまりにも原始的な方法ですけど」

「じゃあそれでいいよ。君に任せる」

 章は手遊びしながら答える。小声で三嶋は計画の全貌を伝えた。


「……ほんとに原始的な方法だね」

「でも、確実なのはそれしかないと思いますよ。同僚たちに直接連絡するのはリスキーすぎるでしょう?」

「そりゃそうだ。僕は賛成しない。でも大事なのは本人の意見だよね。僕は最終的に帳尻が合えばそれでいいや」

 この言葉だけだと優しく見えるが、実際は三嶋に丸投げしたいだけだ。長い付き合いの三嶋にはよくわかる。


「これに名前と相談内容を書けばいいの?」

 章の字は実に汚い。人間が読める字でお願いしますと言うと多少はマシになったが、後々三嶋が丁寧に書き直すことになりそうだ。名前欄の「慶」の字が間違っていたので点を書き足して字を直しておいた。書けない漢字を含む偽名を名乗るな。


「あれ、さっきの博実を指定してた人、結局入信はしてくれなかったの? せっかくのチャンスだったのに」

 相談カードを見て関が同情の目を三嶋に向ける。


「僕のあまり経験したことの無いケースだったから、あまり的確なアドバイスは出来なかったんだよね。僕の話し方がダメだったのかも。あはは……」

「笑い事じゃないよ。早く信者作らないと」

 関の言葉は厳しい。前回の会の後で説教された苦い思い出が蘇る。

「確かにそうだね……」


「まあつらいのはわかるけどさ。やっぱり、自分をきっかけに現世の人が入信するっていうのは幹部候補生として大事なんじゃない?」

「確かにそうだね……」


「五週目となると、そろそろ入信してくれそうな人の一人や二人いてもいいものだと思うけど」

「確かにそうだね……」

「実際どうなの?いるの?」

「いるよ、数人くらいは」

「博実、やっと『そうだね』って言わなくなったね」


 関はけらけらと笑う。嫌味っぽくはない。本当に面白がっているのだろう。

だって実際、確かにそうだと思っているのだから、そう言うしかないじゃないか。

三嶋もつられて笑った。教団に入って初めて、心から笑えた気がした。

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