第61話:信頼 ~目の前にして、情けない~

 何度目のお話の会だろう。三嶋にはもうわからなくなっていた。いや、厳密に数えると六回目なのだが、事態の進展のなさに数えるのが嫌になったというのが正しい。


 こんなことを言うのもなんだが、読者の方々も正直飽きているだろう。そりゃそうだ。三嶋本人が飽きているのに。


「次の人は相談相手に博実を指定してる。なんでも、年が近い人がいいんだそうだ。チャンスだぞ。頑張れ」

 ぼうっとしていたら、関が三嶋に耳打ちをしてきた。自分を指定しているということは、何度かやってきた一般人だろう。つまり、それだけ自分に心を許し、入信に近づいているということだ。三嶋は背筋を伸ばして太ももを叩き、気合を入れなおした。


「こんにちは。三嶋博実と申します」

「やあ」

 聞き覚えのある声がした。だが、お話の会で会った一般人ではない。これに気づいた三嶋ははじめて頭を上げて相談者の顔をしっかり見た。あっと声が出そうになる口を慌てて手で押さえる。

 きっちり整髪料で整えられた七三分けの髪、細めの体躯、いつも笑っている細い目、地味だがよく見ると高そうな服。久しぶりに合わせる顔だが間違いない。


 伊勢章だ。


「お名前は?」

「渡辺慶太です」

 章は鷹揚に椅子に腰かけ、いけしゃあしゃあと偽名を名乗る。


「……渡辺さんですね」

「うん」

 この余裕っぷり、悩みがあるようには見えないが。

「今日はどのような悩みで来られたのですか?」


 隣との席は近く、下手すれば声も聞こえるので、三嶋はあくまで見知らぬ人と同じ対応を取るしかない。


「僕の同僚と連絡が取れないんだ」

 人が必死で潜入捜査しているのに茶化しに来たのか、と刹那三嶋は腹が立ったが、よく聞くと違う。

「滋賀に行った同僚なんだが、いつになっても連絡が取れない。連絡するって約束したのに、困ったもんだ」

 章は相談者の氏名を記録するための鉛筆をくるくると器用に回す。


 三嶋のことだ。確かに、辻、というか教団に情報機器類はすべて奪われているから、三嶋は今現在、全く情報を警察に送っていない。警察側もさぞかし困っているだろうと思っていたが、まさかこのような手段に出るとは思わなかった。


「連絡がしたいんですか?」

「そりゃね。奴にしか分からないことは多いから、情報がなかったら困るんだよ」

「連絡をしたくてもできないんでしょうね。例えば、自前の通信機器を取り上げられた、とか」


 私有財産の所有を認めていなかったのは以前からだが、最低限の持ち物すら認められず、取り上げられるという情報は以前にはなかった。公安のスパイたちの存在が知れてから新しく出来たルールだろう。


 そう、そんなことも章たちは知らないのだ。三嶋は大きくショックを受けた。

 自分が情報を渡せないのが悔しい。もちろん、この教団を潰すには足りないが、最低限の組織構造、特に以前のスパイが摘発されてから大きく変化した事情ならわかる。それすら伝えられないとは。


「すみません」

 何を謝ってるんだ、と章は不思議そうな顔をするが、おそらく三嶋の気持ちは伝わっているだろう。三嶋にはわかる。なぜなら、章の表情が少し同情的になっているからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る