第63話:急転 ~罪悪感は溶け落ちない~

 関と打ち解けたときのように心が和らぐ時があるとはいえ、一向に結果の出ない三嶋には毎度毎度辻からお叱りが入る。

 理不尽だとは思うが、それが教団では当然の流れだというなら三嶋はそれを受け入れるしかない。


 とにかくストレスが溜まる。

 これを繰り返されるのかと思うと、毎土曜日が絶望だった。

 しかし、チャンスは突然に訪れた。

「こんにちは」

 現れたのは、新婚ながら夫を事故で失った若き妻だった。この回に現れるのは二度目で、以前も三嶋と世間話をした相手である。


 彼女は苦しんでいた。夫を失って悲しみにくれる彼女だが、書類仕事や財産関係の処理に追われるところに、金銭を狙うわ借金を押し付けるわという周囲の悪意がひどくのしかかってくるのだという。


「全く味方がいなかったんですね。僕が味方ですよ。僕のために、あなたに尽くさせてください」

 優しい言葉をかけると、彼女は泣き崩れた。

 三嶋は何十分にも渡って丁寧に話を聞き、具体的なアドバイスも与える。病める彼女には、それだけで頼れる味方として三嶋が映ったようだった。


「僕達の仲間になりませんか? あなたと同じ立場で同じ苦労を重ねてきた人々がいます。味方だらけですよ。あなたに悪意ある人はいません」

 勧誘の声をかけると、今までとは明らかに異なる反応があった。三嶋は早速書類を用意して畳み掛ける。


「あなたの苦労は必ず報われます。ご安心ください」

 迷わず彼女はペンをとり、書類を埋めていく。


「判子がなければ、自筆のサインでもいいですよ」

「わかりました」

 彼女は驚くほどあっさりサインした。

「これでいいのですか?」

 真顔で尋ねる彼女に圧されたのは三嶋の方である。

「え、ええ……」

 三嶋は辻を呼んだ。あとは私に任せて、と辻は三嶋の頭を軽く撫でて彼女を連れていった。富士に会わせるのだろう。三嶋は背中を目で追いながら、事態の急転をようやく飲み込もうとしていた。


 終わった。この勧誘に縛られた生活がようやく終わった。


 もちろん三嶋には、深い悲しみを持つ人間を食い物にする罪悪感はある。しかし、そこで躊躇っては三嶋自身の目的が果たせない。

 これは職務だ、と三嶋は自分に言い聞かせる。罪もない一般人を怪しい道に引きずり込んでも、ほっとする方が大きい自分に三嶋はぼんやり驚いていた。

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