第50話:納得 ~単身赴任は短くない~
三嶋が「大地の光」へ潜入すると明らかになってから、三嶋だけでなく、どこか情報課全体の雰囲気が堅くなったような気がする。しょうがない、という空気が流れている気もする。もうすでに決まったことだし、奴に対しての絶好の餌は三嶋にしかできない。
三嶋は納得しているように見える。一方で諦めているようにも。
多賀はどこか割り切れないように感じていた。そして、その思いは情報課のメンバー全員に共通するようにも思えていた。
「三嶋、愛しの嫁さんには何て伝えてんの?」
章はあえて明るく尋ねた。
まさか、情報課の活動で長期間家を開けます、などとは言えない。
「単身赴任でって言うしかないですよね。ていうか、実際そう言いました」
「期間はどう誤魔化したんだ?」
場合によってはいくらでも長くなる可能性はある。それこそ、一生帰れない可能性すらある。殉職だって。
「期待を込めて、でも保険も掛けて十ヶ月と言いました」
「まあ妥当な線っすね」
一瞬間を空けて、諏訪が同意する。
「俺でも多分そう言うと思うっす」
「そこまでいけば、一年って言ってええような気もするけど」
春日が呟いた言葉には誰も答えを返さない。短い時間だが、会議室が静まり返る。
「一年かぁ」
「やっぱ長いかなぁ」
「長いだろ」
諏訪が頷く。
「一浪と同じじゃん」
浪人を経験している諏訪の言葉を自虐ネタととっていいのか春日は迷う。
「どちらかというと、一留の方ちゃう?」
「確かにそうかも」
諏訪はゲラゲラ笑った。それを横目で確認しながら春日は心中でガッツポーズである。うまく自虐を笑いに落とし込めた。関西人としての喜びだ。
「章さん、三嶋さんの送別会みたいなのってしないんですか」
「しないね」
「でも、きつい事案になるのは分かりきったことじゃないですか。どうして……」
途中から、声を潜め忘れた多賀を落ち着かせるべく、ゆったりと章は答えた。
「帰ってきたくなるような職場の記憶と共に送り出す、それが僕らの役目だろ。送別会なんか必要ない」
はっと気づいた多賀は感動した。だが、
「送り出すのが面倒くさいだけのくせに、何を言ってるんです?」
三嶋の冷たい声に、章は下唇を出して肩をすくめる。
「送別会みたいなもんを開くのは面倒だと思ってるのは確かだけど、別に送り出すのは面倒じゃないぞ。なあ、裕」
「本社に帰るついでに、ついでに滋賀の『大地の光』本部まで送ってくよ」
「いいんですか?」
三嶋は嬉しそうだ。
そして、裕が隠れたスピード狂で、深夜の高速道路をまさか150km/hで爆走することになるとは、この時の三嶋はまだ知らない。
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