第51話:邂逅 ~他人行儀は許さない~

 指定された待ち合わせ時間には随分と早いつもりだったが、そこには既に女がいた。全身真っ白の服、確かに腕を組むように二の腕をさすり、ずいぶん寒そうにしていた。きっと長い時間待っていたのだろう。


 待ち合わせ場所からずらした場所に降ろしてもらってよかった、と三嶋は女に近づきながら心底ほっとした。万一、伊勢兄弟の姿を見られ、兄弟と三嶋のつながりが発覚したらえらいことである。


「三嶋くんですね」

 先に話しかけてきたのは女の方だった。

「私、宗教法人『大地の光』の信者、つじ真理絵まりえと申します」

「……辻さん」

「教団の仲間からはつじまちゃんって呼ばれてるので、そう呼んでください」

 辻は微笑む。年齢は三十路といったところか。


「あの、つじま……さん」

「申し訳ないんやけど、急がなあかんのよ。今から移動させてもらうね」

 急にフランクな口調になった辻のペースに三嶋は完全に乗せられていた。


 辻は言葉を遮り、三嶋の手から荷物を奪い取って勝手に歩き出す。彼女は、近隣に路駐した自動車のトランクに三嶋の荷物を放り込んで自らは乗り込み、助手席の座席をぽんぽんと叩いた。

「乗って乗って」

 辻は窓を開けて笑顔で言った。礼を言って乗り込むやいなや、自動車は走り出す。


「自分で来てもらうには、ちょっと遠すぎるんよね。だからこうして送り迎えしてるんよ」

「つじまさんは、幹部候補生なんですか?」

「ちゃうよ。私は一般の信者。親の代からやから、生まれたときからずっと」

 一瞬の間ができて、三嶋が返答に困っていることを察したのか、辻は続けて言う。

「最近は、幹部補佐っていう役職貰ってるけど」

「はあ、なるほど……」


「敬語やなくてええよ。むしろ、敬語はやめとき。うちの団体はアットホームなところやし、みんな敬語使ってないし……」

 アットホームというところしか売りがないんじゃなかろうな、と三嶋は勘ぐったが、全くそれは表に出さずに笑顔のまま同意しておいた。


「他人行儀な人間関係って、現世と変わらんでしょ。現世でのゴタゴタっていうのは、そういう人間関係から生まれるわけやしね。とはいえ、近い距離になるのって初めは慣れへんよね。でも、すぐ慣れるから大丈夫よ」


 この教団では、一般社会を現世と呼んでいるらしい。恐らく、教義が「生」と「死」をテーマとしているからであろう。要するに、この教団は生きながら死後の世界と関係したい者の集まりである。じゃあ死ねばいいじゃんと三嶋は思うが、口に出したら叩き出されるのは確実だ。


「ありがとうござ……じゃなくて、ありがとう」

「そうそう」

 ちらりと三嶋の方を見た辻はウィンクをしてみせる。三嶋は苦笑である。

 普段、丁寧に話してばかりいるからか、自分の中でも違和感が拭えない。


 自動車はトランク内の荷物を振り混ぜながら山道へ入り、獣道とたいして変わらないような道を突き進む。こんな道をわざわざ舗装する意味があるのか?

「ごめんねぇ。ほんまに山の中にあるんよ」

 なんでもないことで謝るのは他人行儀じゃないのか、と三嶋は心中で疑問を投げかける。変な女だ。

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