第33話:新報 ~解雇を後悔していない~
「……今、思い出しました」
多賀の脳裏に、あの記憶が鋭く湧きたつ。
「言われてみれば、あの日と同じでした。ポケットから完全に引き出された瞬間、ポケットのふちに手が少しだけ触れるあの感触が、全く同じでした……」
「そういや、鞄に残ってるかも。あの時の写真」
裕が、多賀に持たせた鞄を探る。
あの時の写真とは、多賀の犯罪行為の決定的瞬間を押さえた写真だと気づいて、多賀の内心は恥ずかしさと気まずさでいっぱいになった。
……そういえばあの時、裕が手品でわんさか増やしていた気がする。
「あった。顔の半分しか写ってないけど確かにあの男だね」
前回と同様に見るかとすすめた裕だが、さすがに多賀からすると見たくない。
「すみません、気づかなくて」
多賀は、会長の話を聞くふりをしながら小さく頭を下げる。
「いや、俺だって写真を何度も見たけど思い出せなかった。気づいた章の方がおかしいんだよ。こいつ変態だと思うわ、俺」
裕は褒めているのかけなしているのか。聞いた章は口を尖らせた。
「僕が今回のことに気づいたのは記憶力のおかげじゃない。あのおっさんの顔を覚えるくらいなら、地下アイドルの顔でも覚えた方がよっぽど役に立つ」
「じゃあ何で、あの男がすぐ出てきたんだ?」
「それは、来るのが遅れた原因にも繋がるんだけど……」
会長の挨拶が終わり会場の明かりがついたのを見計らって、章は鞄から一枚のクリアファイルを取り出した。
「緊急ニュースが二つ入ってね。一つはこれ。
以前、うちで粉飾決算が見つかった時に、実行犯の一人として、解雇した男のプロフィールだ。証拠を消すために完全に消しきったと思ってたし、その時は顔なんて気にも留めてなかったから随分驚いたけど」
コピーにコピーを重ねたのか、プロフィールは随分読みにくかった。
その右上についた、画像の荒い顔写真に、裕は目が吸い寄せられるのを感じた。
「あの男じゃないか!」
何年か前の写真は、今より若々しく、髪も薄くなってはいない。だがそれは、確実に、多賀から財布とスマートフォンを奪ってみせた、廣田の部下である。
「山尾という苗字、確かに、当時聞いた覚えがある。
やっぱり、廣田の会社に行ってたんだな。そんで、イセ(株)でやったときと同じやり方で、粉飾決算を行って裏帳簿をせっせと作っていたと。話が繋がってきたなぁ」
裕は眼鏡をずり上げた。
「頭が回るのか手先が器用なのかは、僕にはわからないけど、こんなに悪事に向いた男というのも珍しい。うーん、うちから放り出したのがまずかったかなぁ」
「普通、解雇すると思いますよ……」
要は、アライヴ(株)が、悪事に向いた男を悪事に利用したというだけの話だ。
ある意味、適材適所ではある。
「おい章、そんで多賀、解雇した後悔に浸るのもいいけど、今一番大事なのは、うちが廣田の捜査にかかわったとバレたことだからな?」
山尾のクリアファイルを鞄にしまって多賀に持たせた裕が、いつの間にか更なる談笑タイムに突入し、人混みのよく動くパーティー会場を厳しい顔で見渡した。
「早くこちらから手を打つか何か対策を立てないと、こっちの身まで危うくなる」
「いや、それは大丈夫」
章は自信に満ちた表情だった。
「あの次男も山尾も、手ぶらじゃ帰させないよ。
言ったろ、ニュースは二つあるって。とりあえず、もう一つのニュースを聞いてから話を進めても、いいと思わないか?」
「あのさぁ章、情報を一人だけ先に入手して粋がらないでくれよ」
「今共有したもん」
章の精神年齢は多分低い。
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